夢か幻か、初めての魔法発動2
何これ?なんでうちの廊下に虎がいるの?
後ずさりしながら考える。よく見ると、ただの虎じゃない。
いくらなんでも頭や背中が天井に着くくらい大きな虎は
いないはずだし、第一、目は金色で背中には翼が生えて、
尻尾はよく見ると蛇でこちらをにらむように
鎌首をもたげている。
グルウウウウ~虎のような怪物は唸りながら近づいてくる。
「あ、あああ」走って逃げたいけど足が震えて動けない。
「やだ、やだやだ。パパ、ママ、誰か!助けて!」
こっちに向かってジャンプして襲いかかってきた瞬間、
目をつぶって座り込んでしまった。もうだめ、
死んじゃう、死ぬ、死ぬ?ん?何も起こらない?
恐る恐る目を開けると、怪物はヘンリーを飛び越して
二階へと続く階段を登ろうとしている。助かったのか?
いや、ちょっと待って。だめ、だめだ!
「二階にはママと妹がいる!」
怪物は二階へと駆け上がって行った。
「待て、待てってば!」
ヘンリーは震える足でその後を追う。
ママと妹がいるのは、廊下の突き当たりの部屋だ。
二階の長い廊下を怪物は足早に進み、あっという間に
部屋の前までたどり着いた。
「ま、待て!」ヘンリーが叫ぶとこちらを向いて、
ニヤリと笑うかのように口を開くとドアを突き破って
部屋に飛び込んだ。
「きゃあああー!」ママの悲鳴が響き渡る。
「!」遅れて部屋に飛び込んだヘンリーが見たのは、
巨大な爪でぐったりとしているママを踏みつけて
妹のベビーベッドに覆いかぶさっている怪物の姿だった。
「やめろー!」ヘンリーは叫ぶと怪物に飛びかかったが、
尻尾のような蛇になぎ払われて、床に叩きつけられた。
「くうっ、うう~」
衝撃で息ができない。なんとか顔を上げると怪物は大きく
口を開いて妹をひと飲みにしようとしている。
「いやだ、いやだ、いやだ、やめろおおお!」
手を伸ばして叫び続けるが、怪物は目の前で妹をくわえて
持ち上げると、ゴクリと飲み込んだ。
ああああああいやだいやだいやだいやだいやだいやだ
だれかだれかだれかだれかたすけてたすけてたすけて
その時だ。誰かの声、いや意識が頭の中に響きわたる。
『あなたがやるのです。愛するものを助けることが
できるのはあなただけです。』
「だれ?だれなの?無理だよそんなの!」
ヘンリーが叫ぶと再び声が響く。
『強く念じなさい。あなたにはその力があります!
倒すべき相手を念じるのです。』
ヘンリーは目の前の怪物を睨みつけた。
「絶、対、に、許さない!」
絶叫が響き渡ると同時に、ヘンリーの身体から光があふれ、
怪物の全身を包み、壁まで吹き飛ばした。
「グオオオオウウ」怪物の喉から苦しそうな声が
絞り出された。やっつけたのか?
『まだです、ガウンのポケットの中の箱を取り出しなさい。』
ポケットの中にはさっきまで触っていた組み木細工の箱が
入っている。
『それを握りしめて、強く念じなさい。倒すことだけに
集中しなさい。』
「うああああああ!」ヘンリーは箱を握りしめて強く念じた。
ママと、妹を救うんだ、ぼくにしかできないんだ、やるんだ!
ヘンリーからあふれた光が、今度は小さな箱を通すことに
よって無数の矢の様にいっせいに怪物を襲う。
ボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッボッ
「グオオオオオオオオオオオオオオオ!」
怪物がもだえ、苦しみ続ける。
許さない、許さない、許さない!焼き尽くしてやる!
『そこまで!』
力強い声が響き、我にかえると怪物の姿がどんどん小さく
なっていき、パアッと弾けるとそこには飲み込まれたはずの
妹をかばうように覆いかぶさっている飼い猫のノーラがいた。
「ええ、これって?えええ?」
状況が理解できないでいると、ノーラが二本足でスックと
立ち上がると、いきなりヘンリーにバチーンと部屋中に
響き渡るほどのもの凄いビンタをお見舞いした。
「あんたバカ?あやうくまる焦げになる所だったじゃない!
見なさいよ、シッポちょっと焦げたじゃないの!」
なんで猫が二本足で立って、言葉喋ってんの?
なんでビンタしてくるの?
「合格よ。予想以上だったわ。」
呆気にとられるヘンリーに声をかけてきたのはさっきまで
踏みつけられて倒れていたはずのママだった。
「ママ、大丈夫なの?これって一体なんなの?」
「偉大な魔法使いの血はあなたに受け継がれていたのね。」
ママは優しく微笑みかけてきた。
それからママは、ぼくにたくさんの話をしてくれた。
ママの生まれたウォルズリー家は、初代当主がイギリス史上
最も偉大な魔法使いと呼ばれ、その子孫も生まれつき魔力を
持つ者がいること。
ママも一族の中では魔力に恵まれていたが、何代かに一人は、
初代当主の血が色濃く現れ、他の一族を束ねる強い魔力を
持つ子供が生まれてくること。
そしてその血を絶やすことがないように、次期当主となる
ものは魔法使いの血を引く者、または魔法使いの素質の
ある者と結婚することになっていること。
ママがパパとの結婚に反対されたのも、パパが全くと言って
いいほど魔力のない一般人だったのが大きいそうだ。
そしてイギリスのお家では、現当主であるお祖父ちゃんに
変わって次期当主を決める後継者選びが行われているが、
お祖父ちゃんの弟であるルーパスさんがその座を手に
入れるために邪魔なおばあちゃんやお祖父ちゃんが
狙われていること。
「たぶん、もうおばあちゃんは亡くなっているわ。」
ママがポツリとつぶやいた。
「昨日、手紙を受け取ってから、心の奥の、深い、深い、
深い底へ降りて行ったけれど、おばあちゃんへつながる
糸はもう見つけられなかった。」
ママの言うことは難しすぎてよくわからなかったが、
家族はどんなに離れても結ばれていて、心の奥底まで
たどれば必ず会えるそうなんだ。
でもおばあちゃんは、もう。
そしておばあちゃんやママが一番危惧しているのは、
ルーパスさんの狙いだ。
ママの実家の財産と発言力は政府を動かすほどらしく、
もし悪い目的のためにそれを使うとしたら、イギリスは
もちろん他の国々を巻き込む可能性があるそうだ。
「だから、何とかしなければいけないの。」
ママはぼくの目をじっと見つめて語りかけてくる。
「え、何とかって。ぼくが?」
ママは何も話さず、深くうなずいた。
「ムリムリムリムリムリムリムリムリムリムリ!
ぼくそんな力ないよ!」
「さっきノーラをやっつけたでしょう?
あれは今まで眠っていた魔力が発動したのよ。」
ママはニッコリと微笑んだ。
「でも、あれはママと妹を救うために、無我夢中で
出たものだから。ぼく魔法の使い方なんてわからないよ!
たしかにあの時はできたけど、もう一回やれと言われたら
ムリだよ。」
「だいじょうぶ。そのために必要なことはノーラが
教えてくれるから。」
「そうだ、何でノーラはあんな風なの?何で言葉を喋れて、
何であんな風に変身できたりするの?
ノーラって本当は怪物なの?」
「あんたバカ?だーれが怪物よ!」
ノーラが立ち上がって振りかぶった。
「ちょ、ちょっと!ビンタはやめー」
ビターン!間に合わなかった。痛いよう。
「アタシはね、まだ赤ちゃんの時にママのお母さんにー
あんたのおばあちゃんねー魔法で命ををたすけてもらったの。
それ以来、ウォルズリー家の使い魔として生きてきたの。
そしてママがパパについて日本へ行くときも一緒について
守ってきたのよ。」
「え、ちょっと待って!おばあちゃんに救われたって、
ノーラって本当は幾つなの?
ひょっとしてもうだいぶおばあちゃん猫ってこと?」
「あんたねえ、レディに年齢を聞くってホントにバカなの?」
ビターン!もういやだ。
「とにかく!今回は間違いなく闇の魔法の力が関わっている。
そして今、やつらと 闘うことができるのはアンタしか
いないのよ。」
ノーラは断言した。
「イギリスにはアタシがついて行ってあげる!船旅で
1ヶ月以上はかかるから、その間徹底的に魔法の使い方を
あんたに叩き込んであげるから!」
「えええええ、ママは?」
ぼくはママをじっと見つめた。
「ごめんね、太郎。パパの病気、それに華子のことが
あるからどうしても日本を離れることはできないのよ。」
ママは本当に申し訳なさそうに言うと、
ぼくをぎゅっと抱きしめた。
「それと、この箱。」
ママが手に取ったのはパパに作ってもらった
組み木細工の箱だ。
「ママが魔法をかけてマジックボックスにしておいたの。
これを持っていって。」
「マジックボックス?」
「そう、他人には開けることはできないし、よほど強力な
魔法使いでないと壊すこともできない。箱の中に必要な
仕掛けをしておいたから、魔法を使う際にはこの箱を
握りしめて強く念じなさい。使用する魔法に応じて
触媒としてあなたの力を引き出してくれるから。」
「それで、さっきはあんな風に魔法が使えたのか。」
ぼくはさっき、ノーラに向けた時に箱から飛び出した
無数の炎を思い出した。
「それに、この箱にはこういう使い方もあるの。」
ママがパチンと指を鳴らすとフタが開き、
中からつむじ風が吹いた。
「ノーラ!」
ママの呼びかけに合わせてノーラが箱に向かって
ジャンプすると、その風に巻き込まれるようにノーラが
吸い込まれた。
「ええ、すごい!こんな小さな箱に!?」
「これでどこへ行くのもノーラと一緒、一人じゃないし、
あなたにアドバイスもできるし、何かあればあなたを
助けてくれるから。」
「でもあんまり、長いこと閉じ込めないでよ!
ここ狭いんだから!」箱の中から声がした。
「太郎、あなたに大変なことを押し付けるのは本当に辛い。」
ママがもう一度強く抱きしめてくれる。話しかける
その声は、もう涙声なのがわかる。
「どんなに離れても、私たちは一緒。あなたを愛してる。」
「ママ。」ぎゅうっとママにしがみつきながらぼくは言った。
「できるかどうかわからないけど、わかった。ぼく、行くよ、
イギリスに。」




