パラ ベラム(戦争に備えよ)/レスターの場合
執事の朝は早い。
当主ハワードは早朝から執務を行なう事も多いため、
レスターの起床は朝五時が通常だ。
身だしなみを整え、郵便物の確認を行ない、
必要な物とそうでない物の分別が済むと、ミルクを少し
多めにしたイングリッシュ・ブレックファーストと共に
ハワードの部屋へ運ぶ。主人を着替えさせ、
朝食の前に一仕事したいハワードの机の上に仕事の
ファイルと紅茶をセットし、一度退出する。料理長と
一日の料理の内容について最終確認をし、各メイドに
指示を行なう。朝食が滞りなく終わると、二階から
庭園全体の把握を行ない、庭師と打ち合わせ。
午後は、基本、昼食をとらない事が多いハワードのために
アフタヌーンティーの際に軽い食事ができるように
サンドイッチやスコーンの類いを用意させておく。
夕食までの間にウォルズリー家の財産やビジネスに
ついての書類を確認し、ハワードの決済が必要なものに
ついては最優先してもらうように段取りをする。
屋敷内の通常の業務だけでもやらなければ行けない事は
山のようにあるのだが、加えて
投資や経営の知識まで持つレスターは他の貴族からも
「ザ・パーフェクト」「執事の中の執事」と呼ばれ、
「レスターが一人いれば使用人を半分に減らせる」と
絶賛されていた。
当の本人は朝から晩まで忙しく働きながらも、
日々真面目に生きる喜びに感謝していた。
十代のあの頃、ストリートギャングのボスとして
生きていた事を思い出すと我ながら恥ずかしくなる。
大金を稼ぎ子分に囲まれ、酒、女、ギャンブルと
華やかな生活を過ごしていたが、極貧からは抜け出せても
常に心が満たされる事はなかった。
真っ当な社会でひたむきに生きる喜びを教えてもらい、
おかげさまで孤児院を援助して
多くの子供たちを救う事もできた。
おまけに息子までできた。これ以上の幸せはない。
「まったく、あの時ハワード様と出会わなければ
どうなっていた事か。」
レスターは花屋から届いた明日の会議用の花を
チェックしながら、ひとり微笑んでいた。
「さてと、明日は大切な親族会議の日だ。
私もきちんと用意をしないといかんな。」
一段落したところで部屋に戻り明日の会議で必要と
思われる品々の準備と確認を行なう。
机の一番下の引き出しから、ずっしりと重い布袋を
二つ取り出した。ひとつはギャング時代に常に身に付けて
いたナイフの束。鋭利な刃先はいつも大変役に立った。
こいつをお気入りのジャケットの内側に仕込む。
もうひとつの袋からは、ギャング時代の渾名
「トゥーハンド・ジャック」を象徴する二丁の拳銃。
グリップには白蝶貝の装飾が施され、ドクロの絵柄と、
今まで射殺してきた数を表す★が彫り込んである。
クイックドロウ用に銃身を短めにカットしてあり、
これも様々な場面で役に立った。
残念なのは、ナイフを上着に仕込むため、
米国人のようで好みではないのだが
腰にホルスターをしなければいけない事だ。
「いくらかでもお役に立てるのであればいいのだが。」
仕度を終え床についた。
明日は忙しくなりそうだ。
年老いたこの身、若者たちの未来のために捧げよう。




