シュヴァルツヴァルト・ドライブ5
しばらくして,泣き疲れたヘンリーが眠りについた後、
ノーラとアーサーは部屋をでて広い応接室のソファーに
座り込んだ。
「やっと眠ったな。」
アーサーがぽつりとつぶやいた。
「まあ、あれだけの魔法を初めて使ったら、身体は
ヘトヘトに疲れていても精神的に興奮状態になるから、
なかなか寝付けないのよね。」
「それだけじゃないだろう。」
「え?ああ、そうね。あの子には今日の出来事は
刺激が強すぎたかもしれないわね。」
少しの間をおいてアーサーが口を開く。
「なあ、あんたどこまで知っていたんだ?あの村の事。」
「どれだけって?」
「とぼけるなよ、魔女の村で起こった凄惨な事件。
あんた解っていてヘンリーに体験させるために
あの黒い森まで連れて行ったんじゃないのか?」
「凄惨?あんなものが?」
ノーラが小馬鹿にしたように鼻で笑う。
「あんなの昔の魔女狩りでは当たり前のように
起きていた一つに過ぎないわ。」
「ふざけるなよ。その当時はありふれた事件に
過ぎなかったにしても、あんな子供に経験させて
いい話じゃないだろう。」
アーサーの声に怒りが込められている。
「あら、あんたがそんなに子供好きだとは
思わなかったわ。意外ねえ。」
「ガキをひでぇ目に遭わせるのは俺の流儀じゃねえんだ、
化け猫のねーさんよ。」
「育ちの悪さが出てるわよ,ボーヤ。」
「二人とも、お茶をどうぞ。」
レスターが二人を落ち着かせるように、紅茶を運んできた。
「こんな時間ではございますが、リラックス効果のある
アールグレイでございます。」
エインズレイのバラの花が描かれたティーカップを
隙のない動作でセッティングする。
「あら、珍しい。あんたはウェッジウッド派だとばかり
思っていたわ。」
「人生には、花が必要な時もございましょう?」
レスターは無表情で、二人のティーカップに紅茶を注ぐ。
「それでは私は先に休まさせていただきます。」
「父さん!」
一礼して部屋を出て行くレスターにアーサーが呼びかける。
「冷えると傷に障るから、気をつけてくれよ。」
レスターは静かに微笑むとドアを閉めた。
「シラケちまったなあ。」
アーサーが小さくぼやいた。
「そうね、あんたには話しておいた方がいいかも
知れないわね。」
ノーラがゆっくりと語り出した。
「昔ね。もう何百年も昔のお話。あの黒い森の事件より
遥かに前。」
「イギリスの片田舎に、ひとりの魔女がいたの。
強力な魔力を持ち、平和に暮らしていた魔女は、
イギリス国王の命を受けた魔女狩り隊と、一族を率いて
真っ向から闘った。結果、魔女の一族は全滅。
大人から子供まで、それこそ関係のない近隣の者まで
皆殺しにされ、魔女の血は完全に死に絶えた。
瀕死の状態で逃げ延びた魔女は、息絶える寸前に
偶然通りかかった伝説の偉大な魔法使いである、
初代ウォルズリー家当主と出会うの。
彼に助けてほしいかと聞かれた魔女は、
もちろんと答えた。
一族の復讐、流された血以上の地獄をこの世に造るため
永遠の命を求めたのよ。
彼は自分に仕える事を条件に命を助けた。
但し、一匹の白猫として生れ変わらせてね。
魔女は猛烈に怒り、そして自ら命を絶った。
でも、また白猫として生まれてきた。
何度死んでもまた白い猫としての人生が続き、
魔女は彼を憎んだ。
でも、彼と共に暮らすうちに、戦や飢え、病気、
そういったもので儚く消えていく、沢山の命を見ていく
うちに白猫は、生きる意味を考えるようになって行く。
そして気づいたの。
復讐に、過去に囚われ生きていく事の無意味さを。
それから白猫は、甦った魔力を使い
ウォルズリー家の守護になる事を決めたの。」
「それが、あんたってことか。」
「当主のハワードの力が衰えた今、一族の中で、
あの魔女を倒せる可能性があるのはあの子だけ。
でも、今闘えばあの子は確実に殺されてしまうでしょう。
あの子自身の、あの子の意思での魔力の覚醒が
必要だったの。そして、できることなら、
黒い森の魔女を救ってやってほしいのよ。」
「魔女を救うだって?」
「今のままでは魔女もあの村の人間も、みんな救われない。
あの弟がそうであるように、永遠に暗やみを彷徨う亡霊になってしまう。
あたしが初代の当主によって救われたように、
復讐のみを目的としている彼女を単に倒すだけでなく、
その魂を解放して、救ってやってほしいの。
それができるのは、魔女が背負った悲しみや苦しみを
本当に理解できる者。」
「そのためにあの村で起きた事を経験させたって言う訳か。
それにしても、あの子はまだ十歳の子供だよ。荷が重すぎる。」
「だから、あの子のために協力してほしいのよ、アーサー。
もう時間がないわ。彼らは明後日の親族会議で総攻撃を
かけてくるでしょうから。」
窓の外にゆっくりと朝日が昇ってきていた。
「いや、もう明日だな」




