ママの面影残る部屋で何を想う〜
謎の声に助けられ、なんとか親族会議を乗り切ったヘンリー。
ママが子供時代に使用していた部屋を利用することになり、
自分がなんのためにここに来ることになったのかを改めて思い出す。
「どうぞ、こちらがヘンリー様の母上であるアン様がお住まいに
なっていたお部屋でございます。ご自由にお使いください。」
執事のレスターさんがメイドさんを連れて案内してくれたのは、
屋敷の二階、一番奥まった場所にある部屋だった。
室内は大きなベッドにデスクとゆったりとしたソファー、
あとはいくつかの家具があるくらいで、思っていたよりシンプルな
雰囲気だったけど、ビックリしたのは大きな地球儀と天体望遠鏡があることだった。
「うわあ、凄い!この望遠鏡、天文台にあるみたいに立派だ!」
「この地球儀も大きくてスゴイや!」
興奮して叫ぶぼくを尻目に、メイドさんがベッドメイクを手早くおこなってくれ、
レスターさんはトランクをベッドの横に運んでくれた。
「長旅お疲れ様でした。船旅は初めてですか?」
「あ、はい。と言うか故郷の町を出たのは初めてなんです。」
レスターさんは驚いたのか右の眉毛を少しだけあげた。
「それではるばるイギリスまで?それはさぞかしお疲れでしょう。」
「いえ、あの、それほどでもないです。大丈夫です。」
言ったところでぐう~っと思いっきりお腹が鳴った。ああ、恥ずかしいなあ、もう。
「夜も更けてまいりましたので、本格的なお食事はご用意はできませんが、
お飲み物と軽くつまめるものでもお持ちしましょうか?」
「あの、いえ、朝ごはんまで大丈夫です!」
ぜんぜん大丈夫じゃ無いけど。
「ヘンリー様。」
レスターさんが、諭す様に話しかけてくる。
「子供があまり我慢をするのは宜しい事ではありません。きみ。」
レスターさんはメイドさんに小声で何かささやいた。
メイドさんは軽く会釈をすると、足早に部屋を出て行った。
レスターさんはその後に続いて出て行こうとしたが、
何かを思い出したかの様に立ち止まると、振り向いて話し出した。
「先ほどのスピーチは、お見事でした。あの様に自信を
お持ちになってお話になられれば大丈夫かと。」
「あ、ありがとうございます」
ちょっと嬉しい。でも、ぼくが自分で考えて話したんじゃないんだよなあ。
「アン様はお元気でいらっしゃいますか?確かヘンリー様の
妹様はもうすぐ二歳になられるんでしたよね。」
「はい、ママは病気のパパの代わりに会社の仕事を手伝ったりと、
何かと大変ですが元気です。妹の華子も元気です。」
「そうですか、お元気なら何よりです。それと、その望遠鏡と地球儀ですが、
アン様がちょうどあなたくらいの頃にお父上のハワード様におねだりした物です。」
「え、そうなんですか?」
ママがそんなものに興味があったことは初めて知った。
「他のご親族の方々は女だてらに天文や世界に興味を持つなど、いかがなものか、
もっと貴族の女性にふさわしい習い事をさせるべきだと仰られていましたが、
ご当主様はアン様のご希望ならとヨーロッパ中を探して最新式のものをお贈りに
なられたのです。先ほどのあなたを見ていると、これを受け取った時のアン様の
喜びようとハワード様の笑顔を思い出しました。
当家がいちばん幸せに包まれた時代だったのかもしれません。」
レスターさんは出会ってから初めて優しく微笑んでくれた。
メイドさんが銀のトレイにホットチョコレートと
いろいろな種類のビスケットを乗せて運んできてくれた。
「それでは。明日も忙しくなると思われますので、早めにお休みください。」
「おやすみなさい、レスターさん。」
「おやすみなさいませ、ヘンリー様」
バタン。部屋はぼく一人きりになった。
「ふうう。」
ホットチョコレートの甘くて芳ばしい香りが鼻をくすぐる。
ゴクリ。ああ~甘いいいおいしいいいい!
ビスケットは日本では見たことがない種類が多く、どれも本当に美味しい。
バターの風味が効いたものや香ばしいチョコチップ入り、中でもイチジクのような
ドライフルーツ入りはもう最高だ!
ビスケットを夢中でほおばっていると、
上着のポケットの中でガタガタと動く気配がする。
「いけない、忘れてた。」
ポケットから組み木細工の箱を取り出すと、話しかけた。
「もういいよ、出ておいで。」
カチリと音がして上蓋がスライドしたと思うと、小さな箱の中から
一陣の風が舞いおこり、真っ白な猫が勢いよく飛び出してきた。
白猫はそのまま天井近くまで高く飛び上がったかと思うと、
空中で一回転してひねりを加えベッドの上に音もなく着地した。
そしてそのまま頭を低く下げ、身体をぐう~っと
伸ばしたかしたかと思うとくわーっと大あくびをして、
ひと通り毛づくろいを始めた。そして一連の動作が終わると
スクッと二本足で立ち上がり、ぼくの頬をいきなり ビターンと張ってきた。
「痛い、痛いよノーラ!なんでこんなことするの!」
仁王立ちのまま叱り飛ばしてくるのは、ぼくの家の飼い猫であるノーラだ。
「なんでじゃないわよ!あんたバカじゃないの?」
「しーっ!声が大きいよ!聞こえちゃうよ!」
「ほんっとバカみたいにビスケットばっかり食べてんじゃないわよ!
箱の中は狭いの!早く出しなさいよ!」
「そんなに怒らなくてもいいじゃないかあ。」
「あんたねえ、何よあんな連中に囲まれてビビっちゃって!」
「べ、別にビビったわけじゃないよ」
「ビビった訳じゃない?ハッ!」
ノーラは小馬鹿にしたように鼻を鳴らした。
「あたしが代わりに話さなかったらあんた泣きべそかいてたじゃないの」
グサッと核心を突いてくる。
「そりゃそうかも知れないけど、なんでそんな嫌なことをいうんだよお。」
「言っておいたでしょう?集まった親族の中にも、お祖父ちゃんの命を狙っている
奴がいるかもしれないって!今からビビってどうすんの!
あんたがママと約束したのは何?」
「パパの看病と妹の世話で帰国できないママの代わりに、お祖父ちゃんを守る、だよ。
そんなことわかってるよ!」
そう、わかってるんだ。わかってるんだけど。
「いーえ、わかってない。」
ノーラは声を荒げると、ぼくにグイッと顔を近づけてきた。
そノーラの瞳はいわゆるオッドアイと呼ばれて、左右で色が違う。
深い湖のような青い右目と真夏のひまわりのような黄色の左目に見つめられると
嘘がつけない気にさせられる。ぼくはあらためて、この屋敷に来てから自分が
すっかりおじ気づいていることを自覚させられた。
「ねえ、太郎。」
ノーラは低い声で、すがるようにささやいた。
「お願いだから。あなたしか、もうあなたしかいないのよ。おじいちゃんを守って
みんなを救えるのは。あの日交わしたママとの約束をもう一度思い出して。」
ぼくは夢とも現実ともつかない体験をした、あの夜のことを思い出した。




