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黒い森の記憶3

村の仲間や、関係のない人間たちを救うため

決断をするニナ。

家族や友人、初恋の人との別れの末に村を去る。

だがそれは、さらなる悲劇の幕開けに過ぎなかった。

「捕まった人間たちはわれわれにも友好的で、

善良な人々だ。彼らをそんな目に遭わせるわけにはいかん。

わしが村のリーダーとして名乗り出る。」


「ダメです、長老!そんな事いけません!」

「そうです、長老の代わりに私が参ります!」

村の男たち、女たちが口々に叫ぶ。


その時だ。ニナが立ち上がり、声を上げた。

「私がいくわ。魔女のリーダーとして、捕まった人たちの

解放と、この村に手を出さないようにお願いする。」


一同が騒然とする中、エミールが叫んだ。

「ダメだ、そんな事させない!君が行くぐらいなら

僕がいく!」


「ニナよ、まだ若いおまえが行く事は無い。行くのなら、

わしたち年寄りじゃ。」

「そうじゃ、おまえには村のリーダーとして、

皆を導いてもらわないといかん。」

「教会の人間の言うことなど、信用できるものか。

わしらが代わりに行く。」


村の長老たちも何とか説得しようとするが、

ニナの決意は変わらない。

「彼らも馬鹿じゃない。捕まえた村の人間たちから、

誰がリーダーかは聞き出しているはず。

私の代わりに誰が行っても、通用しないわ。」


「だからといって、そんな!ミヒャエルはどうするんだ!

 両親が亡くなって、君までいなくなったらあの子が

どれほど悲しむか!」

必死に止めるエミールにニナが話しかける。

「あの子の事をお願い、エミール。これしか方法はないの。」

エミールの目から涙が止めどなくあふれてくる。


やがてニナが出発する朝が来た。

沢山の村の者が集まって、ニナを引き止めようとしている。

「ニナ姉様、行っちゃ嫌だ!どこにも行かないで!」

ミヒャエルがスカートにしがみついて泣いている。


二人きりで生きてきた、ニナにとっての宝物。

「泣かないで、ミヒャエル。またいつか、必ず会えるから。」

小さな子供たちも何かを感じるのか、不安な顔で離れようと

しない。

「ねえさま、ねえさま、どこにいくの?

ばんごはんまでにかえってくる?」

「ニナさま、一緒に遊ばないの?どこへ行っちゃうの?」

ニナは優しく微笑むと、子供たちの頭をそっと撫でる。


「ニナよ、なんでおまえのように若い者がこんな目に

遭わねばならんのか。なぜこんな年寄りのわしが

生き残るのか。わしは辛い。ほんとうに申し訳ない。」

ヨゼフも涙を浮かべている。


「じいさまたちがいなくなったら、誰が子供たちに村の

伝統やしきたりを教えるの?黒い森の魔法使いが礼儀

知らずばかりになったら、困るのはじいさまたちでしょ?」

いたずらっぽく笑うニナを多くの者たちが囲んで泣く。


「わたしたちは、ただ静かに暮らしたいだけなのに、

どうしてこんな。」

「むざむざ殺されに行く必要は無い。このままこの

黒い森の中で、隠れ村として生きていけばいい。

どうせ連中には見つけることなどできんのだから。」


ニナはさびしそうな顔で首を横に振った。

「そうしたら、関係のない人間が死刑になってしまうわ。

そうなるとまた、人間が私たちを憎んで、恐れる時代に

なってしまう。リーダーが名乗り出れば、この村の者も、

人間たちも助けてくれると約束してくれたんだから、

これが一番いいのよ。」


「だからといって、こんな酷い話があってたまるか!」

ひときわ大きな声をあげたのは、ずっと下を向いている

エミールだ。


「ありがとう、エミール。」

泣き続ける彼をそっと、そして強く抱きしめる。

優しいエミール。小さな頃から私の側にいて、

ずっと守ってくれた人。

今まで一度も言わなかったけど、わたしの初恋の人。

今までも、これからも、ずうっと大好きな人。

どうか、早く素敵な人を見つけて、幸せになって。

子供をたくさん作って暖かい家族をつくってね。


そのまま、村人たちと一緒に村はずれまで歩いて行く。

ニナが歌を歌い出した。


いつもみんなで、数えきれないほど歌ったあの歌だ。

子供達が、村人みんなが、涙をこらえて歌い出した。


『覚えておこう。この黒い森を。

 夏は木陰を作り暑さを遮り、

 冬は雪化粧に彩られるこの森を。

 季節ごとに咲く花々を。

 シチューを彩るたくさんのキノコを。

 おしゃべりするかのような小鳥たちを。

 いたずら子リスに気取り屋の鹿を。

 わたしの愛するたくさんの人々を。

 いつまでも、覚えておこう。

 だからわたしは旅に出る。

 いつだって、心には森があるから。

 いつだって、帰ってこられるから。

 だからわたしは旅に出る。』


やがて村のはずれまでくると、

ニナは子供達の手を離して歩き出した。


背中にみんなの呼ぶ声が、泣き声が、いつまでも響く。

村を覆い隠す結界を越えたところで、振り返った。

もうみんなの姿は見えず、声も聞こえない。


もう大丈夫。何も思い残すことはない。歩いていく

一本道のその先に、教会が用意した魔女狩り用の鋼鉄の

荷台を設けた馬車が待ち構えている。


役人たちが重い鉄の扉を開き、乗り込む際に、

ニナはふと思った。


本当のことを言うと、子供の頃エミールと一緒に

遊びに行った、森のいちばん奥にある泉に、

もう一度行きたかったなあ。


ガチャリ。重々しく扉が閉められ厳重に鍵がかかったのを

確認し、馬車は走り出した。


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