ハワードの決意
ロンドンでアーサーとレスターの
意外な過去を知るヘンリー。
その頃ハワードは離れの塔で執筆しながら
ウォルズリー家の未来へ考えを巡らせる。
ヘンリー達がまだロンドンにいる頃、
離れの塔の書斎で、ハワードはたくさんの
書類に囲まれてひとり執務を続けていた。
コンコン。
ノックの音が響いた。
「入れ。」
ハワードは書類から目を離さず告げる。
「失礼いたします、ハワード様。お茶をお持ちいたしました。」
レスターがティーカップとポット、そして軽くつまめる様に
サンドイッチやスコーンなどの軽食が乗った
美しい銀食器のセットをデスクにセッティングする。
最高級のダージリンの香りが部屋中に
ゆっくりと広がって行く。
「うむ。」
「それと、こちらがご親族の調査報告書でございます。」
しっかりと封がされた分厚い茶封筒をデスクの端に置いた。
「残念な事にウォルズリー家を支える親族十二家のうち、
すでに半数近くが完全にルーパス様の支配下に入っていると
みて間違いございません。」
「ふん、まあ仕方あるまい。」
「残り半数に関しては大丈夫だとは思いますが、
油断はできません。ハワード様が仰っていた通り、
ルーパス様は魔女の力を借りて、
当家の乗っ取りを考えておられます。」
「ルーパスもなかなかやるではないか。」
ハワードはペンを走らせながら、わずかに微笑んだ。
「もっと早くにそれくらいの覇気を見せてくれていたら、
こんなことにならずに済んでいたのになあ。
そうは思わんか、レスター?」
「ハワード様、楽しんでいる場合ではございません!」
レスターは少しいらだったように反論する。
ハワードは、そんなレスターの反応を楽しむように
片眉をほんの少し上げて応える。
「お前は相変わらず真面目だなあ。そんな事では
長生きできんぞ。わしの知っているトゥーハンド・
ジャックはそんな堅物だったかな?。」
「その呼び名はお止め下さい。」
レスターが顔を赤らめながら抗議する。
「信頼していた仲間や部下の裏切りにあい、
あのままでは間違いなく路上で終わっていたこの命。
あの日、あなたに救っていただかなければ
今日の私はございません。そのご恩を返す事が
できれば長生きなど私には無用でございます、」
「その話はもうよい。おまえは生きる運命に
あったというだけの事だ。」
ハワードは面倒くさそうに応える。
「ハワード様、一つだけおうかがいしたい事がございます。」
「なんだ?また改まって。」
「ヘンリー様の事でございます。
なぜイギリスに来るのをお許しになられたのですか。」
「何が問題がある?あれもウォルズリー家の人間だぞ?」
「あの方はまだ子供で、このような争いに
巻き込まれるべきではないと思います。
できる事なら、日本で当家とは違う人生を
歩まれた方がよろしいのではないでしょうか。」
「まだ子供、か。お前にはそう見えているわけか。」
ハワードは軽くため息をついた。
「人間は誰も、その器に合った運命を負わなければ
いけないのだ。」
「どういう意味でございますか?」
「もうよい、下がっておれ。」
しばしの沈黙の間、レスターは口を開いた。
「かしこまりました。失礼いたします。」
ガチャリ。ドアが静かに閉められた。
ハワードは紅茶をほんの一口だけ飲むと、
デスクに向かい仕事を再開させたが、
ふとペンを止め、誰ともなしにしゃべりかけた。
「お前にはあの子はどう見えている?ノーラ。」
「何よもう、とっくに気づいてたわけ?」
分厚いカーテンの向こうから、影のようにノーラが現れる。
「ほんと勘がいいわね。あんただけよ、
小さい頃からあたしの気配に気づくのは。
あたしのいっぱしの使い魔としての面目丸つぶれよ。」
ノーラの愚痴にハワードの口角がほんの少しだけ上がった。
「ヘンリーのこと?確かに素質で言えばあの子の母親や、
ひょっとしたらあんたを上回る可能性もあるわね。
だって、初めての試練の際、何にも教えてないのに
このあたしを丸焦げにしかけたのよ!
見てよ、このシッポ!
焦げてシミみたいになっちゃったわよ!」
「そうか、やはりな。」
ハワードは満足そうにうなずいた。
途絶えてしまうかと心配していた偉大な魔法使いの血は、
予言通り受け継がれていたのだな。
「まあ、まだまだ力の使い方がわかってないけどね。
今のままじゃあ、どこへ走って行くか解らない
暴れ馬みたいなものよ。
それに子供だからといえばそれまでなんだけど、
とにかく甘い、甘すぎるわね。
気をつけないと今のままじゃあ命を落としかねないわ。」
「そのために何度も生れ変わっては、代々わが家の守護を
努めてきているおまえがついているんだろう?ノーラ。」
「何よその言い方?わかってるっちゅーの!
あんたたちを守るのは初代との約束だからね。」
「ところであんたさあ、なんでヘンリーに会ってやらないのよ。」
ノーラの問いかけを無視して、再びペンを走らせる。
「あんたまさか、未来を見通してあの子が自分に対して
情が移らない方がいいとか考えてんじゃないでしょうね?
あの子は確かに子供だけど、頭のいい子よ。
あんたのその余計な優しさが、かえってあの子を
どれだけ傷つけるか、ちょっとは考えなさいよ。」
ハワードは苦笑いしながら呟く。
「おまえは本当に昔から厳しいな。」
「ちゃんと伝えたからね!考えておきなさいよ。」
一陣の風とともに、ノーラの姿は消え去った。




