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ロンドンの光と影2

アーサーが案内したのは、大都会ロンドンに存在する

影の部分。貧しい人々や、アーサーが生れ育った孤児院を

訪ねたヘンリーは、執事レスターの意外な過去を知ることになる。

アーサーさんはゴーグルをかけると、エンジンをかけた。

車が市内の中心部を離れ、テムズ河の東側へ進んで行くに

連れ、ぼくが見てもわかるくらいに街の風景が変わって行く。


街全体が荒れていて、道端で寝転がっている人や街角で

たむろしてこちらをじっと睨みつけている人が増えてきた。


「アーサーさん、このへん、なんだか雰囲気が違いますね。」

「このあたりはね、イギリスの栄光や繁栄から

落ちこぼれた地域なのさ。」


アーサーさんはゆっくりと語りだす。

「花の大都会ロンドンにうまく適応できず落ちこぼれたり、

仕事もなくその日食べるのが精一杯の連中、それに

アルコール中毒やヤク中といった連中が流れ着く場所だ。」


「おっと、ほら現れた。」

突然、車の前に複数の男の人が飛び出してきて、

何かを叫んでる。


「おい、ニイちゃん、いい車に乗ってるじゃねえか!」

「どこのお金持ちだか貴族だか知らねえが、

おいら達にも少しばかり恵んでくれよ!」


車を囲んで、わめき散らしているのだが、

アーサーさんが教えてくれた下町訛りなのか、

何かの中毒患者なのか、

半分ぐらいは聞き取れない。


黙って聞いていたアーサーさんが突然怒鳴りだした。


「うるせえぞこの××××野郎!おいコラてめえら、

誰にタカリかけてんのかわかってやってんだろうな、

この××××野郎が!

この車に触ったやつからブチ殺すぞ!」


アーサーさんの口から、びっくりするくらい

汚い言葉が溢れ出して止まらない。


「おめえらみてえな×××にやるゼニなんてビタ一文

ねえんだよ!ガタガタ抜かしてると全員引きずり回して

ミンチにしてドブに叩き込むぞ×××野郎!

さっさとどきやがれ!」


あまりの迫力に男たちは小声でブツブツ言いながら

後ずさりして離れていった。


「本当に最近のバカは口の利き方もわかっちゃいねえ!」

まだ怒ってる。こ、怖い!

「あ、あのう、アーサーさん?」


運転席で人殺しみたいな目つきのアーサーさんに

おそるおそる話しかけた。


「ああ、ごめん、ちょっとビックリさせちゃったかな?」

急に優しい口調でにっこり笑って話しかけてきた。


「は、はい、すんごく。アーサーさんはこのあたりの出身

なんですか?」

アーサーさんは苦笑いしながら話す。

「まあ、そんなもんだな。この辺はクズの吹き溜まりだから

ね。あれぐらい言わないとわかんないんだよ。」

「へええ、やっぱり。」


「おいおい、やっぱりは止めてくれよ。おっ、着いたよ。」

車は古い建物の前で止まった。

外壁には汚らしい言葉の落書きと、それを丹念に消したり、

塗り替えた跡がうかがえる。門の横には大きな看板で

「ウォルズリー&レスター孤児院」と書かれている。


「え、ここって?」

「ここが父さんとウォルズリー家の現当主、ハワードさんが

共同で建てた孤児院で、ぼくの生れ育った場所さ。」


その時、建物の中から子供達の歓声が聞こえた。

「あ、アーサー兄さんだ!うわあ、すっごい車に乗ってる!」

「おかえり!アーサー兄さん!プレゼントは買ってきて

くれた?

「兄様、お帰りなさい!」


窓からたくさんの子供たちが手を振り、

アーサーさんの元へ駆け寄ってきた。


「おう、チビども、みんな元気だったか?」

アーサーさんは満面の笑みで子供達をハグすると、

車から大きな荷物を降ろした。


「ほら、プレゼントだ!仲良く分けるんだぞ!」

やったあ、とはしゃぐ子供たちの輪の中から年配の

シスターが現れた。


「お帰りなさい、アーサー。いつもありがとう。」

「とんでもない。お久しぶりです、院長先生。」

「アーサー、こちらの方は?」


院長先生はぼくの方を向いて微笑む。

「ああ、ウォルズリー家の一人娘のアン様の息子さんで、

ヘンリーくんだよ。」


「初めまして、ヘンリーです。

「まあ、あなたが、あのアン様の?お母様はここにも

よくお手伝いにきてくださったのよ。」

「そうなんですか?」

「中でお茶でもいかがかしら?」


院長先生は建物内を案内してくれた。決して豪華ではないが、

清潔感にあふれ、沢山の子供達が遊んだり、授業を受けたり

している。どの子もすごく楽しそうだ。


院長先生は自分の部屋に案内してくれ、紅茶を入れながら

話しだした。


「ここはね、もともと私設の古い孤児院だったんです。

戦争で親を失った子供や、貧しくて捨てられた子供たちを

引き取っていたのですが、資金不足で食事もままならず、

ギリギリのひどい状況だったんです。そのため脱走する

子供も多く、そう言う子供たちはギャングの仲間に入ったり、

薬物中毒で無くなったり悲惨な状況が続いていたんです。」


院長先生はその当時を思い出したかのように

悲しそうに語る。


「私も、レスターも、ここで育ちました。

彼も少年時代は道を踏み外し、ギャングのリーダーとして

荒れた生き方をしていました。


そんなある日、仲間の裏切りで命を狙われ

追われているところを若きハワード様と出会い、

助けていただいたのです。」


あの真面目一辺倒の様なレスターさんがギャング!

想像もつかないや。

「ハワード様はそんなレスターを執事として雇い入れ、

真っ当な人間に立ち直る機会を与えてくれたのです。」


「それだけではありません。

ハワード様はレスターの育った境遇を知り、

この孤児院に莫大な寄付をしてくれました。

そのおかげで沢山の子供達が救われました。


レスターもそのご恩に報いるために、仕事の合間に

資産運用や投資の勉強をして、その利益で施設の運営や

子供達の奨学金を提供してくれているんです。」

「ぼくもその奨学金にお世話になった一人さ。」

アーサーさんが笑う。


「おまけに政府機関で働く際の保証人として、

養子にしてくれたんだ。」

「そうだったんですね。それで、お父さんなんだ。」


「ヘンリー様。ハワード様は、私たちやこの孤児院の

子供達の恩人です。あの方は人間にとって必要な高潔な

魂をお持ちの方です。この孤児院の名前をウォルズリー&

レスター孤児院と名付けたのも私たちのせめてもの

感謝の現れなんですよ。」


ロンドンからの帰り道、ぼくはずっと考えていた。

お祖父ちゃんがすごい人なのはよくわかった。


だとしたら何でこんな状況になるまで放っておいたんだろう。

ルーパスさんの事にしても、お祖父ちゃんがもっと早くから

対応していたら、おばあちゃんだって亡くならなくて

済んだんじゃないのかな。


「ヘンリーくん、えらく静かだけど、

またクルマ酔いかい?」

アーサーさんが前を向いたまま話しかけてくる。


「あ、いえ、大丈夫です。」

「ハワードさんが決していい加減な人じゃないのは

わかっただろう?」


「それでわざわざ連れてきてくれたんですね。

みんなが感謝して、尊敬しているのもわかったし。

お祖父ちゃんがスゴい人なのもわかりました。


でも、じゃあなんでこんなになるまで何も動かず、

言ってくれないのかと思って。」


「そうだね、何でだろうね。」

アーサーさんの声が少し低くなった。

「本当に。何でもかんでも、自分たちだけで

終わらせようとするなよ。

ちょっとは頼りにしてくれてもいいだろう、

クソ親父。」

「アーサーさん、どうしたんですか?」

「ん?いや、お互い辛いなあってことさ。」


郊外へと続く少し荒れた道を走る車の中で、

ルーパスさんとニナというドイツの魔女の事を

一方的に敵のように考えるのが

良い事かどうかもう一度考えた。


レスターさんがギャングから立ち直ったように、

みんな機会があれば、やり直せるんじゃないのかな。

ルーパスさんや魔女も、話し合えば

きっとわかってくれるかもしれないじゃないか。


パパが言っていたみたいに決めつけないで、

何とか話し合ってうまく行く方法を探そう!


でも、そんなぼくの甘い考えがあんな悲しい結末を

招くなんて、そのときのぼくは思いもしなかったんだ。


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