ロンドンの光と影1
アーサーに連れられて、ヘンリーはロンドン観光に出かける。
世界有数の大都会は、栄光の歴史を感じさせる。
ヘンリーは自分の生れ育ったのどかな故郷を思い出す。
「さあ、ヘンリー君。ロンドン観光に出かけようか!」
翌朝、アーサーさんはピッカピカの真っ赤な車で
ものすごいエンジン音を響かせながらやってきた。
飛行機のパイロットがかけるような
ゴーグルと革手袋もしている。
「あの、アーサーさん、この車なんですか?」
「えー、なんだって?」エンジン音で会話ができない。
「だーかーらー!こーのー車!なーんーでーすーかー!」
「いいだろう!我が国が誇るアストン・マーティンの
新車ルーサーだよ!情報部の上司に掛け合って、
うちの部の専用車にしてもらったんだ。
こいつはその第一号だよ。
さあ、乗った乗った!おっと、ゴーグルも忘れずにな。」
スパイがこんな派手な車乗り回していいんだろうかと
考えていると、
「さあ、行くよ!」
と言ったと同時にものすごい加速で走り出した。
周りの風景がすごい勢いではるか後方へと飛び去って行く。
「うわああああ、す、すごいですねえ!」
「えー、なんだって?」
「もういいですー!」
「ところで、今日はバケ猫レディは?」
「そんなこと言って、バレたらビンタされますよ!
ノーラは今日は一人で調べたいことがあるって、
出かけました。
「ビンタはおっかないねえ!そうか、
まあ色々やることはあるからなあ!」
「何だか、みんな忙しそうですね。
ぼくのことなんか放ったらかしですよ。」
アーサーさんは運転が忙しいのか、ぼくのグチには無反応だ。
「ごめん、なんか言ったかい?」
聞こえてないんかーい!
「いえ、何でもないです。ところで、アーサーさん!
これ、結構揺れますねえ!」
「えー、なんだって?」
「いや、揺れて、揺れ、揺れ、なんか気分悪くなって
きましたああ!」
「えー、なんだって?」
「まだ、だい、ぶ、ぶぶぶかかるんでふかああああ」
「あー、そうだなあ、ざっと1時間ちょいくらいかな?」
「あの、も、も、もう、もうっムリムリでふうううううう!」
「えー、なんだって?あ、おい、吐くなら車の外に
してくれよって、ああ!」
げろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろげろ
ママ、イギリスに来てから辛いことばっかりです。
ぼくもう帰りたいです。
屋敷を出てから約1時間半、車はやっとロンドンに到着した。
「ヘンリー君、ロンドン市内に到着だよ。大丈夫かい?」
「だ、大丈夫じゃないでふううう。」
なんだかイギリスに来てから食べたものが
全部出た気がする。
「さあ、ロンドン市内観光に出かけようか!
街中はゆっくり走るから大丈夫だよ。」
それからアーサーさんのエスコートで、
ウエストミンスター寺院やバッキンガム宮殿、
ロンドン塔など、いわゆる観光名所に案内された。
改めて思ったけど、やっぱりロンドンはすごい。
ものすごくたくさんの人が行き交う大都会で、
活気にあふれている。
石造りの立派な建造物は築何百年もたっているのに
現在もそのまま使われていたりして、
ここが昔から世界の中心なのがわかる。
「ぼくの故郷とは大違いだな。」
ぼくの生れ育った広島の町は、おだやかな瀬戸内海に
面した古い町だ。木造りの低く連なった家並み、
山あいにひっそりとある古いお寺。
みんながのんびりと過ごす、時間がゆっくりと
過ぎてゆくのどかな町。
パパ、ママ、華子。
みんなに会いたい、みんなの顔が見たい。
そう言えば昔、パパに若い頃留学していた
イギリスの話をたくさん聞いたな。
パパはぼくを膝の上に乗せ、いろんな話をしてくれた。
建築を学びに留学していた大学でママと出会い、
恋に落ちた事や、怒ったママの家族に
銃で撃たれかけたこと、
二人で鉄道で上海まで逃げて、そこから一番安い
船のチケットを買って日本へ帰ってきた事なんかを
すごく楽しそうに話してくれた。
もちろんそれだけじゃなく、留学中に訪れたいろんな
国々と人々について教えてくれた。
「お前もいつか大きくなったら、海外へ出てごらん。
世界は広く、驚くことばかりだ。
もちろん、いい事もあれば、悪い事もある。いい人間も、
悪い人間もいる。
でもね、嫌なこと、悲しい事に出会った時に、
簡単に決めつけてはダメだよ。
なぜその人はそうなったのか、そこに至るまでに、
どんな道を歩いてきて、どんなものを見てきたのか。
それを考える事を辞めちゃあダメなんだ。
パパはおまえに、そういう事に心を、想いを寄せられる
人間になって欲しいんだよ。」
イギリスに来て、魔女狩りの話やナチ党のやってる事を
聞いてパパの言ってた事の意味がぼんやりとだけど、
わかるようになってきた。
ルーパスさんがあんな風になって行ったのも、
ひょっとしたら理由があるのかもしれない。
できる事ならルーパスさんやみんなの言う
ドイツの魔女にも会って話をしたい。
何とか話し合えないのかな。
大きな時計塔を眺めながら、ベンチに座ってそんなことを
ぼんやり考えていると、アーサーさんが運河沿いの屋台で
茶色の紙袋に入った何かを買って戻って来た。
「どうしたんだい、黄昏ちゃって。」
「あ、いえ、すごい街だなあって思って。」
「まあ、世界の中心都市の一つだからね。ほら、食べなよ。」
袋の中から新聞紙に包まれたものを無造作に取り出すと、
放り投げて来た。
「あっつ!何ですか、これ?」
「イギリス下町の名物料理、フィッシュ&チップスさ。
食べてみなよ、うまいぜ。」
言い終わるとアーサーさんは豪快にかぶりついた。
それは大きな白身魚を揚げたものとカットしたたくさんの
ジャガイモを揚げた料理で、酸っぱいソースがかかっていた。
ぼくも真似してかぶりつく。
「あふ、あふ!美味しいですね、これ!」
「だろ?店によってけっこうな当たり外れがあるんだが、
ここのは最高だよ。」
アーサーさんは油まみれの指を舐めながらにっこりと笑う。
「ママはこの料理は作ってくれたことはなかったなあ。」
アーサーさんは吹き出した。
「そりゃそうだよ!これは俺たち庶民、ワーキングクラス
(労働者階級)の食べ物だ。貴族様の家庭で食べることは
まずないからなあ。日本にはこんな料理はないのかい?」
「魚やエビ、野菜なんかを衣をつけて揚げた天ぷらって
いうのがありますよ。」
「そりゃいいな。日本人は肉より魚をよく食べるんだろ?」
「そうですね、煮たり焼いたりして。でも一番のごちそうは
お刺身ですね。」
「サシミ?サシミって何だい?」
アーサーさんが怪訝な顔で聞いてくる。
「生のお魚をスライスして食べるんです。美味しいですよ!」
「魚を生で?うへえ、ちょっと想像できないな、そりゃあ。
まあでも、君の故郷の料理ならうまいんだろうな。」
「はい、僕の故郷は、目の前が海だから、美味しい魚が
食べられるんです。ママの作る魚料理は最高ですよ。
この件が片付いたらぜひ日本に来てください。」
「そうだね、そうなるといいな、本当に。そのためにも
早く解決しないとな。」
「さて、ここからはちょっと僕の用事に付き合って
くれるかい?」
アーサーさんはそういうと、車に大きな袋を積み込んだ。
「いいですけど、どこへ行くんですか?」
「ん?まあ、君が今まで見たのが大英帝国の都ロンドンの
光だとしたら、影の部分かな。」
to be continued




