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ニナ、黒い森から来た女1

ルーパスの屋敷にて、古くから使えるメイドのメリッサが

変貌してしまった主人の事で心を痛めている。

あの、謎の女ニナと出会わなければ。

ルーパスと謎の美女・ニナとの出会いとは。

ここはヨーク郊外、うっそうと茂った森に囲まれるように

して建つルーパスの屋敷。


ウォルズリー家の屋敷には比べるまでもないが、

かなりの広さを持つこの屋敷だが、

不気味な静けさに包まれている。


「どうしても辞めてしまうのかい?」

年老いたメイド頭のメリッサは屋敷の玄関で、

荷物を抱えた若いメイドたちを引き止めるのを諦め、

ため息をついた。


「申し訳ありません、メリッサさん。」

「今の旦那様には、私たち、もうついていけません。」

「以前はあんな方じゃなかったのに。」


若い子たちの気持ちもわかりすぎるほど、わかる。

ウォルズリー家にご奉公してから四十年以上。


このヨークに建つウォルズリー家の別邸にまだ若かった

ルーパス様のお世話係として移ってきてからも、

長年お仕えしてきたメリッサにとってもこの一年余りの

変貌ぶりは信じられないものがあった。


他のご兄弟に比べて、自分たち使用人にも気軽に声を

かけてくれるような優しいお人柄だったのが、

最近は常に何かに怒りを持ち、使用人にも容赦なく

当たり散らすようになったため、

ほとんどの人間が辞めてしまった。


今やこの屋敷に残るのはメリッサをはじめとする、

ウォルズリー家に長年仕えて来たごく少数のものだけに

なってしまった。

「あいつだ。」

遠ざかるメイドたちの後ろ姿を眺めながら、

メリッサはぽつりと漏らした。


「すべてあの女。あいつが来てから変わってしまった。」

一年ほど前、ルーパスが何時もの外遊―バカンスから

あのニナと言う女を連れて帰ってきてから、

すべてが変わってしまった。


ルーパス様に何を吹き込んだのかは知らないけど、

あいつのせいで、すべてがおかしな方向へ

進み出したのだ。


メリッサにとって、ルーパスはただの主人と

メイドの関係ではなかった。


かつてはルーパス本人にとっては単なる

遊びに過ぎないとはいえ、特別な関係を持ち、

優しいお言葉をかけてくれる時期もあった事を

生き甲斐に仕えてきたのだった。


私のルーパス様を奪った、あの女だけは絶対に許さない。

自分の心の中にワイン樽の底の澱のように黒い感情が

少しずつ、少しずつ溜まりつつあるのをメリッサは

まだ気づいていなかった。


そして、メリッサの視界から消えたメイド達が、

屋敷の門を出る直前に、悲鳴を上げる間もなく黒い影に

飲み込まれてしまった事にも。


ニナとルーパスの出会いは約一年前に遡る。

当時、ルーパスは少数の取り巻きを連れてイギリスを離れ

南フランスのコート・ダジュールの高級リゾートに

滞在中だった。



「侯爵様、どうぞこちらです!最高級の酒ととびっきりの

女をご用意いたしました!


「偉大な大英帝国を代表される御方に来ていただけるとは、

光栄至極でございます!」


地元のいかにも水商売風の男たちがルーパスご一行の

先頭に立ち、道案内をしている。


「おいおい、お前たち。何度も言うがわしは貴族じゃないぞ、

ただのバカンスを楽しみに来たイギリス市民なんだから

大層なことは勘弁してくれ。そうだろう?皆の者。」


ルーパスは困ったようなジェスチャーでお伴の連中に

嘆いてみせる。


「ルーパス様、いくらなんでもそれは無理でございます!」

リーダー格らしき一人が大げさに否定してみせる。


「いくら隠しても、滲み出る威厳は隠しきれるものでは

ございませんよ。」

「本来でしたら私どもがお側に寄るのもは

ばかれるのですから~」


「ふうむ。わしは地位など関係なく、お前たちと楽しく

過ごすのが好きなだけなのだがな。」


「それでこそルーパス様!驕り高ぶらず、

我々のようなものに接していただける、

 まさに貴族の風格とご慈愛に満ちた人格者!」


みな口々に聞いているのがバカバカしくなるほど

大げさにルーパスを讃える。


「さあさあ、ご一同様、着きましたよ!最高の夜を

お楽しみ下さいませ!」


そこは古くからあったコロニアルスタイルのリゾートホテル

を高級客専用に改築した、この街一番の娼館だった。


きらびやかな店内では、地元の楽団が軽快な音楽を演奏し、

大道芸人たちが見事な芸を披露する中、シャンパンが

次から次へと開けられていく。


「侯爵様、お楽しみいただいておりますでしょうか?」

アールヌーボー様式の巨大なソファーでくつろぐ

ルーパスに、店の主人がひざまずいて挨拶にやってくる。


「おお、主人か。楽しんでおるぞ。しかしこの店は

なかなかのものだな、ヨーロッパ中のリゾートの中でも

指折りの素晴らしさだ。」

ルーパスはご機嫌でシャンパンを口に運ぶ。


「ありがたき幸せ、光栄でございます。」

「おい、主人!広く世界を見聞され、超一流、

本物のみを知るルーパス様にこう言っていただけるとは、

きさま幸せ者だな!」


「本来はだなあ、おまえなんぞが話しかけるのも許されん

方なのだから!」


「ルーパス様が他のご兄弟のように気取った方なら、

大変なことになるんだぞ!」

取り巻きの一人が兄弟の話に触れた瞬間、

ルーパスの空気が変わったのがわかった。


「お、おい!」

他のものが慌てて制止する。

「す、すみません!」

ルーパスは黙ってシャンパンを飲み干した。


「と、ところで主人、酒が美味いのは十分堪能したが、

アレだ、花はどうなんだ?」


「もちろん、美しい花々をご用意しています。おい!」

主人が声をかけると、美しく着飾った高級娼婦たちが現れた。


「いずれもこの街で指折りの花ばかりでございます。

どうぞ、ご自由にご鑑賞ください。」


お供の一人がルーパスにそっとささやく。

「ルーパス様、今日はお疲れでしょうから。

お部屋でごゆっくりお休みになられては?」

「うむ、それもそうだな。」


平静さを取り戻したルーパスは女たちをじっくりと

品定めする。

「ふうむ、いずれもなかなかの名花ではないか。

これは悩ましいところだな。」

「ルーパス様、どうせなら全ての花を並べて楽しむという

やり方もございますよ!」

「おお、これぞ現代の英雄譚、アーサー王の冒険の再現で

ございますな!」


「おまえたち、これだけの人数、いくらなんでも

わしの聖剣エクスカリバーが持たぬわ!」

極めて下卑た笑いで盛り上がっている時だった。


二階から、ひとりの女がゆっくりと階段を降りてきた。

背中まである黒髪は、カラスの様と表現するのが

陳腐なほどツヤを帯びた漆黒。


柔らかなカーブを描く眉に大きく切れ長の目、

濃紺の瞳が憂いを帯びている。


高すぎずナチュラルで柔らかい印象を与える鼻と対照的に

挑発的なほど鮮やかな真紅の唇。


胸元もあらわに、肩から背中まで大きく開いた

黒いドレスからのぞく肌は東洋の最高級の磁器を

思わせるほど真っ白で、シミひとつない。


ルーパスをはじめとするその場にいた全員が息を飲み、

その女を注視した。


女はルーパスの前までゆっくりと歩いてくると、

ドレスの裾を両手でつまんで片足を下げ、もう片足を

曲げてお辞儀をする、完璧なカーテシーを披露した。


「この女だ!」ルーパスは叫んだ。

「わしはこの女が気に入ったぞ!」

女の手を取るとルーパスはたずねた。

「そなたもよいか?」

「はい、マイロード。」


ニッコリと笑うとさらに魅惑的だ。

「そうかそうか、よし!」

ルーパスは女の肩を抱くと二階の部屋に消えていった。


「ふう、やっとその気になったか。」

ルーパスが部屋に入ったのを確認すると、

お供の者たちは全員ソファーにふんぞり返り、

「おい、酒だ、酒!もっと酒を持ってこい!」

店の主人を怒鳴りつけた。

「は、はい、ただいま!」


なにやら考え事をしていた主人は、慌てて奥へ消えていった。

「あのおっさんにも呆れたもんだ。

なにがエクスカリバーだよ。阿呆らしい。」

「まったくだ。まあ、こうやって俺たちがバカ騒ぎ

できるのもそのお陰だがな。」


「この店の支払いも、あの主人に言い含めていつもの様に

倍付けで請求させておこうか。」

「しかし、さっきは肝が冷えたぜ。あいつの前で

兄弟の話は禁句だって言っただろう!」


「すまんすまん、つい口が滑っちまった。」

「優秀な兄と弟に挟まれて遊び歩く事しかさせて

もらえないなんて、惨めなもんだ。

「そうか?俺なら喜んで一生遊びほうけるけどな!」

「違いない!」


男たちが笑い転げている中、店の主人は首を傾げていた。

「あの女、一体誰だ?うちの娼館であんな女雇った覚えはないんだが。」


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