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この街の外れの、陰湿な雰囲気を持つ森の中。
みんなが何かを考えながら生きていく街に、ひっそりと建つ、小ぶりな洋館。
街の人々はその洋館を『死生館』と呼ぶ。
青年「…。」
スーツを着た青年が館の扉をいつからかじっと見つめていた。彼は決意を決めたように扉をギィ…と開けた。
中は仄暗く、ただ、エントランスだけが照らされているようだった。一瞥だけでは、ここには何部屋あって、どのように移動するべきか分からなかった。
青年「…はぁ。」
主人「いらっしゃい。」
青年「え?!」
主人「ようこそおいでくださいま
青年「だ、誰だ!」
主人「…はて?」
青年「こ…ここには誰も住んでないはずだろ?!」
青年はその端正な顔を引きつらせ、額に汗を滲ませて叫んだ。声はこだまする。
主人「まぁ、はい。厳密には住んではいませんが、居ます。」
青年「は、は?」
彼は困惑はしたが、ふっと冷静になったようで、
青年「…そうですか…。」
と、黙り込んでしまった。
主人「残念ですが。」
青年の顔は、残念そうと言うよりは、落胆に近い様子であった。
青年「せっかく…。」
主人「はい?」
青年「あ、いえ。」
主人「…せっかくですから館を案内しましょうか。」
青年「あ、いえ…。」結構です。
と、言い終わる前に主人は奥の階段へ消えて行った。青年は、しぶしぶついて行くことにしたが、階段を登ったところですぐに主人を見失ってしまった。
青年「あれぇ…?」
暗い廊下が続くが、その奥の方で一つ部屋が開いており、光が漏れている。
青年「ふぅ、そこか。」
そこにしか目印がないこともあってか、青年は迷いなくそこへ歩いて行く。しかし、近づくたびに、『俺は何故律儀に彼を追いかけなくてはならないのか?』という疑問に襲われている。
青年は半開きの扉をじっと見つめた。彼は決意を決めたように扉をギィ…と開けた。
『あぁ、彼も行ってしまうのか…。』
突然の明かりに目が見えなくなったのか、どこに進めば良いかわからなくなったようだ。
俺はやったしまったんだ。
何も変わらない。
明日が来るのが怖い。
今日は一体何をしていただろうか?
『ここで良いか』
重たい荷物を背負っている。
縛り付けられる腕。
カッとなった手は赤かった。
彼女は言ったのだ。
???「ここでなら私のこと好きにして良いよ…。」
そうか。
そういえば、ずつと彼女に見られていたな。
青年「すまないね…。こんなとこまで連れてきてしまって。ここはダメみたいだ。奴がいる。」
後ろを振り向くと、先ほどまであった扉はない。穴が開くほど見てたんだ。ないわけない。
主人「あるわけないんですよ。」
青年「?!」
主人「ここは占いの館でも、精神科病棟でも、お化け屋敷でもないのですが…。あなたには見えてたのですね。扉が開いているの。」
青年「な、何を言ってるんだ。だって入ってきたんだから…。」
主人「入らざるを得なかったのでしょう?あなたは恐怖から逃げたくて、光が漏れるこの部屋に入った。」
青年「…。」
主人「でも…本当にそんなものあったんでしょうか?」
青年「うるさい。」
主人「あなたは…。」
青年「うるさい、黙れ。」
主人「…。」
青年「わかったんだよ。俺はそういうのが好きだ。首を握った時の、優しく返してくれる感じ…。言葉は必要ないといった顔。潤んで熱い瞳を俺に向けてくれる。照れているのか顔は真っ赤だ。そうして彼女は目を瞑り、俺を受け入れてくれるんだ。」
主人「そのようですね。」
青年「責めるような目で見るな!!!彼女は…彼女もそれを望んだんだ!!!俺にはわかる!!!わかるんだ…。この館のすぐ外でただ立っていたのだから…。」
主人「そのようですね。」
青年「…うん?」
主人「あなたは彼女を救って差し上げたのですね。優しいお方だ。きっと彼女は感謝している。神もきっと空で涙をお流しに…。」
ピカッと館内が光った。それに続きゴロゴロ…と音がした。
青年「そうだ…。ありがとうございます。あなたは理解していただけるのですね。」
主人「いいえ、理解ではありません。これは、感想を述べているのです。なぜなら私はここに居るだけですから…占い師でも医者でもテーマパークの従業員でもありませんから。」
青年「…そうか。わかった。でも、もう俺の用事は済んだんだ。」
主人「そうですか。」
青年「帰る。」
主人「なぜ?」
青年「…?帰れるんだろ?」
主人「なぜ?」
青年「え?」
主人「帰れませんよ?」
青年「え?」
主人「いらっしゃい。私のコレクション。」
また館内が光った。音もなった。
そしてふと
青年『なぜ彼は唇も動かさず話すのだろう…?』
そう思った。