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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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96 交錯


 贄の王とサンが部屋を出ると、サーザール理想派の面々がそれを待っていた。口々にアレコレ聞いてくるが、それらはガリアの言葉であるためサンには全く分からない。


 贄の王もそれらに全て答えたりはせず、看病を担当している者にいくつか話をするとさっさとアジトを出ていく。


 慌ててついていくと、サンが気づく。


「……あれ。主様、イキシアさんが居ません。」


イキシアは部屋の外で他の者と一緒に待っていたはずである。


「確かに居ないが、どこかへ外してでもいるのではないか。」


「それならいいのですが……。」


 パトソマイアに居る間、特に何も無ければ大体傍に居たのがイキシアである。ここ最近ずっとそんな調子であったので、急にいなくなるとそれはそれで違和感がある。


「……彼女がいないと、急に静かになりますね。」


「奴は騒がしいからな。……サン、私は一度城に戻る。お前は来るか。」


「ご用事が無いようでしたらこちらに居たいと思います。イキシアさんに病の事も話さなければなりませんから。」


「そうか。では、何かあれば指輪で呼べ。」


 それだけ言うと贄の王は転移で消える。後に瞬きの間だけ闇が漂い、それもすぐに消えた。


 「さて、イキシアさんの方から来てくれると楽なのですが……。」






 しかし、サンとイキシアは一度も出会わないまま数日が過ぎた。


 他のサーザールの面々に聞いても知らないと言うばかりで、所在が掴めない。


 今のパトソマイアは集結する神官騎士団とサーザール実現派のせいで不穏な空気が漂っている。

流石に心配になってくるが、全く手掛かりは無かった。


雰囲気には似合わないがあれでも隠密の達人であるイキシアだ。彼女が本気で身を隠せば誰にも見つけられないと言う。

衛兵たちに掴まったとも考え難いし、神官騎士団や実現派と衝突したなら理想派の者たちが知らないはずは無い。


 それこそどこかに隠れたまま怪我か病で動けなくなってしまっているのではないか……。などとサンが心配しているある日、唐突にイキシアは現れた。




 いつも通りの衣装に怪しい仮面。怪我や不調の様子も見当たらない。


 ほっと安心しながらサンがイキシアに声をかけようとしたその瞬間――。


 銀閃が煌めく。


 よく磨かれた刃が、サンの首筋に当てられた。


 「……イキシアさん?」


ただ、戸惑った声。


サンからイキシアの姿は見えない。隠密の技か、瞬く間にサンの後ろに回られたからだ。


 その背後からは呼吸も気配も感じない。ただ、首筋にあてられた刃の冷たさだけがそこに“居る”ことを証明している。


 「――動くな。」


「一体、何を――。」


「許すまで、口を開くな。」


「――っ。」


ぴり、と微かな痛みが首に走る。紙で指先を切った時の感覚が思い出される。恐らく、血すら出てはいない。


 「痛めつけたい訳では無い。大人しくしろ。」


 その声は酷く無機質で、温かみを欠片も感じさせない。およそ、あの騒々しいイキシアと同じ人物だとは思えないほどだった。


 そして、聞き慣れた筈の知らない声が問いかけてくる。


「……お前は、何者だ。」






 どこか、いつもの悪ふざけではないか、などと思っていた自分の愚かしさを呪った。

その声にも刃にも、冗談の色など欠片も無いと言うのに。


 「……いつから、ですか……?」


 ――いつから?いつから、イキシアさんはこちらを怪しんでいた?

それが最近なのか、それとももっと前からなのか。あるいは、“初め”からなのか。


ぴり。


返答は声ではなく、首筋に走る微かな痛みだけだった。余計な口は利くな、という事らしい。




 その返答が、酷い苦みをサンに味合わせていた。


 仲良くなれたと、思っていた。


 友達のように、思っていた。


 姉がいたらこんな感じなのか、なんて思ったこともあった。


 出会えたことを、嬉しく思っていた――。




 じわ、と涙で視界が滲み始めるのが抑えられなかった。だが、そんな自分を叱咤する。

泣いている暇など無いのだ。この窮地を脱しなければ――。


「――問いの意味が、分かりません。どう答えればいいのですか。」


時間を稼ぐ。少しでも。


「……ならば、問いを変えてやろう。」


 必死に頭を巡らせる。イキシアがこちらを何者だと思っているのか。どこまで、こちらの正体を見破っているのか。


 「……お前の主は、“何”だ。」


 思わず、唇を噛む。自分は何て愚かなのか。既に周回遅れ、という事か。


 ようやくサンの脳内で思考が繋がる。つまり――。


 「――黒病の者を診た時。聞いていたのですね……?」


 あの時、誰も居ないとは思った。確認もした。だが、素人のサンにこの隠密の達人が盗み聞きをするのを防げただろうか。


姿を見せなくなったのは、あの時以来。それから今日まで、恐らく身辺を探られていた。

つまりイキシアがこうして目の前に現れた時点で、場は完全に向こうの物なのだ。


「ならば、聞いていた通りです。主様は――。」


「“贄の王”……!」


 そのイキシアの声には初めて色が見えた。それははっきりとした、色濃い憎悪だ。


「――えぇ。そして、私はその眷属にして従者。確認は済みましたか。」


「あぁ。済んだとも。……流石に、信じがたいと思ってはいたが……!」


隠すつもりが無いのか、隠せないほどのものなのか、その声には激情が見て取れる。

だが、その刃は僅かほども揺らがない。


 「……以前、ガエスさんから聞きました。妹が、“贄”にされたとか。」


「……おしゃべりな奴。」


「だから、“贄の王”である主様を憎むのですか。」


「……さてな。答える意味があるか。」


「いいえ。でも、仲良くなれたと思っていましたよ。」


「……私は今までも、仲良くなった者を何人も殺してきた。お前が初めてでは無い。」


「……そう、ですか。」


 再び色を無くすイキシアの声。そこまで来て、ようやくサンには分かった気がした。


 これが、イキシアの仮面なのだ。いや、その一つと言うべきか。彼女は無数の思いをこの仮面の奥に隠し持ち、あるいは殺してきた。それは己の感情を隠す仮面であり、己の心を守る鎧なのだ。


この色の無い声が、冷たい刃が、隠密の技が、そして被る仮面が。

その一つ一つが、彼女の心を覆う仮面なのだ。


 「……私を殺しますか、イキシアさん。」


「……あぁ、殺そうと思う。お前は、民人の敵だ。」


「やめておいた方がいいでしょう。主様をお呼びすることだけならば死の間際でも可能です。」


今も呼べる、と言おうとしてやめた。熟練の戦士に捕えられた状態で指輪に魔力を流す――ブルートゥは魔法の起こりと呼んでいたが、それを見せればどうなるかは過去に味合わされた通りだ。イキシアもそれを許してはくれまい。ブラフが通じるとも思えない。


 「イキシアさんでは……いいえ、人の身では、主様には勝てません。」


「そうかもしれんな。不意を突いたとて、それで悪魔が死ぬとも思えん。」


「主様は、私を大事にして下さっています。私を殺したとあっては、どうなるとも分かりませんよ。」


「それも分かっている。怒り狂い、あるいはガリアを沈めるのかもしれんな。」


「……みんな、道連れにでもするつもりですか。誇りはどうしたのです。」


「黙れ!お前に、何が分かる……!」




 怒りと、憎悪と、それから悲哀。そんなイキシアの声に、サンは――。


 サンは――。




「そうですね……。案外、分かるかもしれませんよ。」


――ね、エルザ。


「多くを語りはしません。でも、私にだって色々あるのですよ。」


――もし、ここでそっちに行くとしたら。ちゃんと身体は返すから。ちょっと、鍛えちゃったけれど。


「さぁ、殺すなら殺して下さい。そうでないなら――。」




「――逃げることをお勧めします!」




「――っ!」


“闇”を纏う。“闇”が噴き出す。


触れるものをみんな傷つけ、苦しめ、飲み込んで消す。そんなおぞましい”闇“がサンの身体からあふれ出す。


 ”闇“を操る力。すなわち、”贄の王の眷属“として与えられた権能である。


 しかし間に合うまい。イキシアの技ならば、”闇“がイキシアに届くよりも早くサンの命を絶つことが出来る。




 そして、イキシアの持つ刃は――。


 イキシアは――。






 サンが振り返る。既に、そこには誰も居ない。


 あの隠密の達人が全力で逃げ隠れたならば、例え贄の王でも見つけられないのだろう。

ひたすらに静かな夜の都の一角で、サンはただただ一人だった。


 首筋に手を当てれば、うっすらとした傷が血を滲ませているらしい。手に雫がついたのが分かる。


 ぽたり、と血の雫が一滴地面に落ちて、それから誰も居なくなった。


 闇がほんの少しだけサンの跡に残り、それも夜闇に滲んで見えもしないまま消えた。


 そこには、もう誰も居なかった。







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