94 豊穣なる太陽の都
ガリアの都パトソマイア。かつては炎の古神パトーソマーを都市神とし、今なおパトーソマーの巨大な太陽神殿に見守られる都である。
都を囲むように立つ尖塔の数は5。ガリアにおける聖なる数と同じだ。それぞれの尖塔は古神時代の宗教的建築物であると同時に、敵の襲来を発見するための見張り塔でもある。塔の頂上には昼夜を問わず篝火が燃え盛り、この都が”炎“に守られていることを示している。
都のほぼ中央に位置する巨大な太陽神殿は上空から見ると正確な五角形をしており、すり鉢状に窪んでいる。すり鉢の中央、つまり神殿の中央には見上げるほど巨大な赤の宝石球。美しく澄んだ宝石球は太陽の光を浴びて輝きを返し、まさに地上の太陽とでも呼ぶべき姿になる。
事実古神が崇められた時代には、天上の太陽と地上の太陽とで対になる同一の存在と信じられていたようである。
さらにパトソマイアは大河が内海に出る流出地に位置する。
度々氾濫する海と見紛うほどの大河は古来パトソマイアに豊穣をもたらした。パトソマイア周辺は文明圏最大の穀倉地帯なのである。
この広大な穀倉地帯を求めて、古いガリアの地では幾度も争いが起こった。いにしえの時代には食料の確保こそが最大の発展要因だったからだ。
人類が飢えることの少なくなった現代においても、広大な穀倉地帯を有するパトソマイア周辺は今なお重要な土地として各国から見られている。
古き神々に愛された太陽の都。それがパトソマイアである。
ガリアの大地は西北西から東南東に向かう射線状であり、パトソマイアはおおよそその中心にある。
西北西の端エヘンメイアの時点でエルメアやファーテルと言った北土の国々からすれば相当に暑いのだが、パトソマイアの辺りまで来ると最早“熱い”に変わってくる。
実際、都を出た砂漠では日中に肌を出していると火傷するので、“熱い”と言った方が正しいのかもしれない。
「うぅ……。あ、あづい……。」
とは、サンの呻きである。どちらかと言えば寒い国の出である彼女にはパトソマイアの太陽は余りに力強すぎるようである。
「ふふん。北土の者は弱々しいな。この程度、何とも無い。」
イキシアが煽ってくるが特に張り合う気力も起きないようである。
試しに、”風“の魔法で自分に向けて風を当ててみる。が、それは失敗だった。熱気をもろに浴びてむしろ暑い。
「うぅ……。ね、熱風が……。」
「何をしている……。」
「サン。フードを被っておけ。日陰になれば多少は楽だ。」
「ありがとうございます、主様……。」
贄の王に言われてフードを被ってみれば確かに少しは楽かもしれない。
ガリアの下着のような服を見て最初は狂気を感じたサンだが、確かにこうも暑ければあんな服になりたくなる気持ちも少しは分かった気がした。
「砂漠ではマントのようにゆったりとした服で体を日陰にする服装が最も涼しいのだそうだ。土着の衣服には知恵が詰まっているということだな。」
「なるほど……。でも、流石にイキシアさんのような服は着られません。」
「私か?」
「いつも思うのですけど、ほとんど、その……下着じゃないですか。見ているこっちが恥ずかしいです。」
「大丈夫だ。大事なところはちゃんと隠れている。」
「だ……!あ、あけすけにも程があります!もう!だ、ダメですよ、主様。こんなの見てはダメです。はしたないです。」
「……私に振るな……。」
「ふふん。どうだ?見たいなら見ても良いんだぞ?ほら、ほら。……もっと、見せてやろうか……?」
「興味が無い。」
「ぐっ……。そこまでバッサリだとちょっと傷つく……。」
大げさに胸を押さえてみせるイキシア。と、その仮面の奥の瞳がきらりと輝く。
「なら、これはどうだ?」
「えっ、ちょっと……?」
サンの後ろに回り、その両腕を拘束する。そのまま、器用にもサンの羽織るマントの前をいやにゆっくりと開いていく。当然、下にも服を着ていて何も見えたりはしないのだが、やけに恥ずかしい。
「こっちは、興味があるんだろう……?」
「やっ、ちょっと!何して、イキシアさん!」
スッ――と違う方向を見てやりすごす贄の王。
「ほらほら、見なくていいのかぁ?サンがこんなに――ぅあッつい!!」
サンの身体から炎が噴き出す。“炎”の魔法が容赦無くイキシアを焼いた。
「イキシアさん、熱いのは平気なんですよね!ちょっと、浴びていって下さい!」
ごう!と火炎がイキシアに向かって放たれる。飛びのいて避けるが、熱気までは避けられない。
「ちょ、熱い!焼ける!」
「大丈夫!ちょっとだけですから!」
「やめ!あつッ。冗談じゃないか!あッ!頼む!やめてッ!?」
逃げるイキシア。追っては炎を噴きかけるサン。その様を呆れながら贄の王が眺めていた。
「往来の真ん中で何をやっているんだ……。」
バテるのは暑さに慣れていないサンの方が早かった。無駄に汗みどろになりながら、今は日陰のベンチで休んでいる。
「はぁ……はぁ……。あ、あつい……。」
「はぁ、はぁ、はぁ……。や、やるじゃないか……。」
イキシアも流石にこの炎天下で走り回るのは辛かったようである。
贄の王は“土”の魔法で金属のカップを作り出すと水を注ぎ、サンに差し出す。
「ありがとうございます、主様……。あ、冷たい……?」
「開発中の魔法だ。熱エネルギーを奪うことで物体を冷やす。まだ、この程度が精々だが。」
「冷たくてきもちいい……。ありがとうございます。」
「なぁ、私には?」
「無い。」
「なぁんで!」
「それより、この都のお前の仲間だが……。」
「それよりぃ!」
「どこに行けば合流出来る。時間を無駄にする意味は無い。」
「くそぉ、くそぉ、不公平だ……。」
そうぼやきながらも道案内を再開するイキシア。サンも立ち上がり、遅れないようついていく。
三人が歩くパトソマイアの中央道路は非常に幅が広い。馬車が一体何台一列に並べるだろうか。数えるのも一手間になりそうなほどである。
しかし、今はそんな中央道路も人通りはまばらだった。
それはイキシアも気になっていたようで、辺りをちらちらと見まわしている。
「うーむ。やけに人が少ないな。」
「いつもはもっと居るのですか?」
「うむ。普段のパトソマイアはこんなものじゃないぞ。もっと人でぎっしりなのだ。」
「何かあったのでしょうか……?」
「分からん。仲間のところについたら聞いてみよう。」
そう言うイキシアの足は心なしか早まる。相変わらず態度が表に出やすいな、とサンは思った。
「何も無いといいのだが……。」
果たして、その予感は当たったと言うべきか。
サーザール理想派のアジトに到着し、イキシアが仲間から手に入れた情報によれば、今パトソマイアでは病が流行しているらしい。
幸いにして命を落とすようなことは稀で、健康な者なら5日もあれば快復する程度の熱病だと言う。
何故単なる風邪とされないかと言えば、この病には明確な印がある。
この病に罹ると身体中の血管が黒ずみ、全身に黒い線が走ったようになるのだ。
病の重さと比例して黒くなる血管が体表に現れるさまは酷く不気味で、感染を恐れた人々は自然、あまり外を出歩かなくなっているのだそうだ。
「流行り病か……。厄介だな。」
呟いたのは贄の王である。心中でそれに同意しつつ、博識な主なら何か知っているかとサンは問いかけてみる。
「主様。この病をご存じですか?」
「いや、分からん。聞いたことも無い病だ。」
「そうですか……。」
たん、たん、と足で地面を叩いているイキシアはどうにも心配そうである。
「流行り病……。こればかりは流石のお前たちでもどうしようもない……?」
そう言いながら贄の王の方を窺うイキシア。イパスメイアで頼ったばかりの手毎、何とも言いづらそうである。
「無理だな。私でもどうにもならん。」
当然と言えば当然だが、否定する贄の王の言葉には容赦も遠慮も無い。
「そうか……。そうだよな……。」
そう言って俯く。ちらっと顔を上げてから、「……ほんとに無理か?」と聞いては、またも贄の王に否定されて、今度こそがっくりと落ち込んだ。
「元気を出して下さい、イキシアさん。何でも、命を落とす事は稀だそうでは無いですか。」
「稀でも居る。それに、我々の使命は民人の安寧にある。どうにも出来ないこの身が口惜しい……。」
その口調は確かに悔しさに満ちていて、彼女の誇りが決して見せかけで無いことを証明するかのようだった。
得てして、懸命な人間、本気の人間という者は応援したくなるものなのか、サンは何か協力してやれないかと思う。
しかし、病を前にサンは自分が余りに無力であることを再確認しただけであった。
つい、ちら……と贄の王の方を見てしまう。
ぱち、と目があってしまい慌てて視線を逸らす。しかし、どうもバレバレであったようで、贄の王は一つため息をつくとこう約束した。
「もし患者と出会うことがあれば、見るだけ見てみよう。それで何が出来るとも約束は出来んが。」
「本当か!助かる。恩に着る。」
「申し訳ありません……。ありがとうございます、主様。」




