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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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90 船出


 その日、イパスメイアの港にぞろぞろと歩く10名程度の集団が居た。

彼らは皆まちまちの恰好をしていたが、頭に巻いた赤い布だけは共通しており、何か統一された集団であることをアピールしていた。


 港には仕事に従事する船乗りたちがそれなりの数居た。長らく船を出せない状況が続いているため、その数は往時のおよそ半分にすら満たなかったが、それでも何かしら仕事というのはあるものらしい。


 船乗りたちの目は自然、赤い布の目立つ集団に向く。


 集団は港の最も人が集まっている区画に来ると、ぴしりと整列した。先導していた一人が適当な木箱によじ登ると、胸から上が飛び出たような格好になる。


 集団は木箱に乗った一人の周囲を囲むように整列すると、一様に腕を組んで港を睥睨する。


 一体何事か、と集団の傍まで集まってくる船乗りが数人。


「いったい何だ?誰だ、お前ら。」


「暫し待ちたまえ。今、我々のリーダーが演説を行う。」


「演説……?」


 ぽつり、ぽつりと数名の船乗りが集まったところで、木箱の上の一人が語りだした。


 「諸君。船を奪われた諸君。どうか聞かせてもらいたい。君たちは一体何をしているのか?何故、その槍と銃を持って船を駆り、あの忌々しい化け物を退治しに行かないのか?どうか私に聞かせてもらいたい。何故、臆病なネズミのように安全な港に引きこもっているのか?」


「何を馬鹿なことを。出た奴は皆沈められちまったじゃねぇか。」


「しかり、しかり。確かにその通り。だが分からない。何故、船を出さないのか?何故、恐怖に震えてそこに座り込んでいるのか?

……君たちはそうまでも弱々しく男らしくない弱虫たちであったのだろうか?殺されてしまうかもしれないからと、挑むべき闘いに挑まず、繰り出すべき海に繰り出さず、この港で座り込んでいるのか?」


誰かが言う。「ふざけるな!」と。それは怒りの声で、木箱の上に立つ男――マーレイスに向けられていた。


「諸君!!


……聞かせてもらいたい。何故、そこに座り込んでいるのか!何故、立って槍と銃を手に取らないのか!臆病者たちよ。震えて巣穴から出ることの出来ないネズミ達よ!

聞け!聞くのだ!君たちは聞かねばならない!

……君たちは本来、勇敢な船乗りたちでは無かったか。内海の海に繰り出して、船を駆って縦横無尽に走り、このガリアに繁栄をもたらしてきた英雄たちでは無かったか。誰よりも気高く、誰よりも誇り高く、誰よりもたくましく男らしい人間たちでは無かったか。

それが今はどうだろう。酷く弱々しく男らしさを忘れてしまい、みじめなネズミのようでは無いか?そうではないか?諸君!


聞きたまえ、諸君。聞くのだ、諸君!かつて男らしい英雄であり、今や臆病なネズミに成り下がってしまった諸君!

君たちをそんなみじめな存在に変えてしまったのは一体何者だろう。英雄をネズミに変えたのは一体誰だ。一体、誰が悪いのだ。君たちのそのみじめさは誰が原因なのか。どうして英雄は男らしさを忘れたのか。


 ……教えようではないか。

それはあの忌々しい化け物では無い!断じて違う!アレは本来、船に乗る英雄たちがその手で討って滅ぼせる化け物に過ぎなかった。諸君。君たちは勘違いをしているのだ。あの化け物には勝てないと思っている。負けてしまうと思っている。

断言しよう。それは間違いである!!」


 マーレイスはそこで一度言葉を切る。そして周囲を睨みつけるように見回す。その魔性の目と目線の合った者はたちまちのうちに全意識をマーレイスに持っていかれてしまい、彼の声に耳を傾けざるを得ない。


 いつの間にか、マーレイスとパラスキニアのメンバーたちを囲む群衆は数をずっと増やしていた。


 一体何呼吸ほどの空白であっただろうか。誰かが痺れを切らし、ついに口を開こうかとしたその絶妙な間際をマーレイスは逃さない。


「諸君。この弱々しいネズミ達よ。どうしてあんな化け物に勝てないと思っているのか。ガリアの誰もが誇る英雄たちであれば、何度となく船を駆ってその力強さを見せつけてくれた彼らならば、どうしてあんな化け物に勝てないことがあろうか?


 ……今、君たちはこう思っている。勝てるわけが無い、政府の軍すら負けたほどの化け物に勝てるはずが無い。船を出したって、あっさりと沈められてしまうに違いないと。


 断じよう!それは間違いである!!

諸君、聞こえているか、諸君!


 立て、この臆病者ども!武器を取れ、この弱々しいネズミども!今こそ誇りを取り戻し、胸を張って英雄となれ!


私は知っている!ガリアの民は皆知っている!諸君らが英雄であった時を!あの輝かしい船乗りたちの姿を覚えている!なのにどうして、そんなに縮こまって震えているのか!?恥ずかしくはないか、みじめではないか、諸君!?」


 怒声がどこからか聞こえてくる。「お前はどうなんだ!」と。群衆が言う。口々に唱える。「お前こそ」「俺だけじゃない」「仕方ない」。


 「聞け!聞くのだ、聞かねばならない!諸君よ!!

誰かが問うた!ならば答えよう。私はこれより一隻の船に乗り、その先頭に立って銃を取ろうでは無いか!私は誇り高きガリアの民!どうしてあんな化け物を恐れるだろうか!?


 諸君、諸君よ!かつて英雄だった諸君!私は問いかけよう。誇りを取り戻したくは無いか。かつてのように胸を張って、男らしく船を駆りたくは無いか。どうだ、諸君!」


 しん、と一拍静まる。だから、誰かが「俺はまた船に乗りたい」と叫んだのがはっきりと響いた。


 船乗りたちは次々に賛同した。彼らはきっと恥ずかしかった。一番に「そうだ」と言えなかったことが恥ずかしかった。それはまるで、まさに臆病なネズミではないか、と。


 「そうだろう!皆思いは一つなのだ。皆が皆、同じ思いを抱いているのだ。今再び、英雄に戻りたいと!あの輝かしく、素晴らしい船乗りに戻りたいのだと!


 ならば、諸君よ!我々の仲間になれ!我々と共に海へ出るのだ!槍を持て、銃を持て!我々こそは、このガリアの英雄なのだから!!


 怖いか、恐ろしいか、諸君!!それは罪では無いのだ。目前に迫ろうとする死に怯えない人間は居ない。ゆえに、それを乗り越える者こそが英雄となるのだ!立てよ諸君!その恐れを振り払え!我々こそが真の英雄なのだとガリア中の民に見せつけてやるのだ!我らの誇りを汚そうとするあの醜い化け物を我々の手で討ち滅ぼす!


 立て、立て!我が諸君!我が同胞となるべき英雄たちよ!!

我々の胸に灯るこの誇りを決して汚してはならない!!」


 もはやマーレイスの演説は叫びになっていた。その叫びは聞くものの魂を震わせ、その魔性の目は見る者を硬直させ、群衆たちを飲み込んでいく。


「今!私は二人の友を連れてここにいる!彼らは魔法使いだ!恐るべき術を使い、あの化け物を撃ち滅ぼす力となるだろう!」


 二つの火球が天に昇ってから爆ぜる。二つの人影が火球の下から現れ、真っすぐこちらへ歩いてくる。群衆は彼らの為に道を開け、彼らは壇上のマーレイスの前に並んで群衆を睥睨する。一人は黒髪の男であり、一人は金髪の女だった。


 「見るがいい!この魔法使いたちを!彼らの力は凄まじい。だが、彼らだけではあの化け物は倒せない。ゆえに、諸君よ!同胞よ!!君たちの力が必要なのだ。我らガリアの民の誇りが、我らガリアの民の力が、必要なのだ!諸君よ!!


 さぁ、なぜ立ち上がらない!今こそ英雄の力を見せつけるとき!その力強く男らしい肉体と力を見せるとき!立て、立て!!同胞よ、立て!!!


 槍と銃を手に取って!今こそあの化け物を撃ち滅ぼす時が来たのだ!!!」


 誰かが叫び返す。「俺は行くぞ!」と。遅れて、もう一人。さらに、もう一人。そこからは、次々と。船乗りたちが叫ぶ。「俺は行く」と。


 「そうだ!そうだ!!同胞よ!!素晴らしきガリアの英雄たちよ!天の神が見ているぞ!我々の血と誇りを見ているぞ!我らが我らの使命を果たす時を見ているぞ!


 私は!ただ座している者が英雄になるとは思わない!ゆえに!今立ち上がった我々こそが英雄なのだ!!


 英雄よ!ガリアの英雄よ!!船を出せ!!!


 ……化け物退治だ!!!」






 三隻の船が、一体どれほど久しいだろうか、イパスメイアの港から出航した。その背にガリアの“英雄”たちを乗せて。







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