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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第一章 世界の敵たる孤独な主従
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9 王の権能


 がたん!と音を立てて跳ね起きる。


 目の前のローテーブルに勢いあまってつっこみそうになり、両手を支えに止まる。


 夢から覚めた、と認識するのと全身の不快感に気づくのはどちらが早かったか。サンの身体は寝汗で酷く湿っており、額から伝う汗が前髪を濡らす。


 ふぅ、と息をつきながら寝汗をぬぐう。一度“死んだ”人間でも、夢見の悪さは治らないらしい。


 サンにとって不愉快な夢を見てはっきりと覚えているのも、汗塗れで飛び起きるのも慣れたものだった。


 着替えたばかりなのに、と呟きながら服を着替える。使用人服のストックもこれで終わりだ。洗濯を忘れないようにしなければ。他の部屋にもあるはずだから、掃除がてら探してみてもいいかもしれない――。


 ふと、先のテーブルの上に一枚の紙が置かれているのに気付いた。見れば、角ばった筆跡で「また訪れる」とだけ書かれていた。


 サンが寝ている間に主が一度訪れていたらしい。


 一度考えたのち、自分から主を探しに行くことに決める。掃除を後回しにするのもいい気分はしないが、良い従者ならば主人をいつまでも待たせてはおかないと考えたからだ。






 サンは自室を出て上階へ上がる。城の中でも空気が澱んでいない区画だ。推測するに“王様”や“女王様”の区画であり、贄の王が使っていると思しき区画である。


 サンは一番奥の部屋から一つ一つノックをしていく。


 3つ目のドアをノックしようとすると、ドアがひとりでに開く。ゆっくりとした動作で現れたのは、彼女の主であった。


「申し訳ありませんでした。主様。お待たせしてしまいました」


「構わない。……わざわざ来なくても良かったのだが、まぁいい」


「主人を待たせておくなど従者失格と思いまして。……それで、何かご用事でしたか?」


「あぁ。体調はどうだ。何か注意すべきことはあったか」


「いいえ、特に何もありません。いつも通り、のようです」


「ふむ……。身体が他人でも、以前のお前の身体のよう、ということか?」


「断言は出来かねます。特別に違和感がない、ということですから」


「例えば、身長や体重はどう感じる。以前のお前の身体を知らないが、全く同一ではないはずだ」


「やはり、意識してもよく分かりません。いつも通り、といった感じです」


 そこまでを聞いた贄の王は暫し黙考し、それからまた口を開く。

 

「分かった。ところでお前に許可をもらいたいことがある」


「何でしょうか」


「【贄の王】の権能の一つだが、簡単に言えば健康状態などを調べることが出来る。身体の魔力を見通すことによるものだが……。どうだ?」


「健康状態……ですか。む……」


 サンは少し悩む。自分も知らない身体のことを見通されるとなると少し恥ずかしい。


「分かりました。どうぞ、お願いいたします」


 その気になればサンの命を奪うことも指先一つで出来るに違いない目の前の主に対し、警戒する無意味さを感じたからだった。


 あるいは、信用の一歩になるかという打算もあった。


「感謝しよう。では早速だ……」


 贄の王がそう言うと、一度深く目を閉じてから目を開く。


 その瞳は冷たい青から漆黒に染まっており、光を反射しないその瞳は虚空への穴のようだった。


 その深い瞳からの視線がすっとサンの全身を上から下まで撫ぜる。贄の王が再び目を閉じてから開くと、瞳は元の冷たい青に戻っていた。


「なるほど、よく分かった……」


「と、言いますと」


「推測も入るが、お前の無意識には身体の元の持ち主のものが混じっている。お前の意識が身体に違和感を覚えないのはそのせいだろう」


「彼女の……無意識……?」


「そうだ。お前の魔力の核はお前だが、そこに体の持ち主の魔力が僅かに混じっているように見えた。無意識を司る部分にな」


「で、では……彼女は、まだ生きているのですか!?」


「“生”の定義による、としか言えん。少なくとも明確な自我は存在しない」


「ですが……彼女は確かにまだ、この身体に……?」


「無意識とは何か、という問いには哲学者でも呼ぶべきだ。……魔力と生命には密接なつながりがある。これ以上は権能をもってしても分からないが、あるいはという可能性は否定できない」


「そう、ですか。そう……ですか……」


 サンは胸が熱くなるのを感じた。無残に命を奪われた彼女は、もしかして、この身体の中でまだ生きているのかもしれない。


 淡い期待かもしれないが、それでも、何も思わないわけにはいかなかった。






「――主様、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「何だ」


「贄の王の権能とは、何なのですか?」


 贄の王は顎に手をやって思案する。


「権能とは。【贄の王座】――あるいはもっと上の何かより与えられた超常の力だ。通常の存在には不可能なレベルで魔力や概念に干渉することが出来る。例えば、転移などは次元に干渉することで発現している力だ。先ほどお前の身体を見通したのも、具体的にはお前の身体に間接的に干渉することで状態を調べるというものだ。つまるところ、何が出来るかは応用次第。もちろん、出来ない事も多いが魔法で出来るようなことは全て出来る」


「聞くに、強力な力のように思えますね……。出来ないこと、とは?」


「干渉の限界がある。死者を蘇らせることや、無から有を生み出すことなどだな」


「主様が造れるといっておられた硬貨などは、ではどこから?」


「“土”の魔法と呼ばれる類があるだろう。あれの応用で、硬貨を成す成分に魔力を変換し、硬貨の形を作るのだ。魔力から硬貨を造っているわけだな」


「そのような事が……。他に、具体的にはどのようなことが出来るのですか?例えば、魔法では出来ないような?」


「例えば、宙に浮いて自在に動いたり、闇を魔法的に操ったり……半永久的に身体を強化するなど、だな」


 それを聞いて朝の天井掃除を思い出すサン。――次回の掃除までに、なんとしても欲しい。


「それはやはり、私には使えないものでしょうか」


「先にも言ったが、恐らく無理だ。ただの魔法でどうにかなるものならとうの昔に編み出されている。権能自体の移譲も無理だ。出来たとして、人間の耐えられるものではない」


 その言葉にはどこか含みがあった。


 贄の王の頭の中には何かがあって、それを意識して語るまいとした結果に生まれた違和感。サンはその違和感に気づくも、追及はしない。


「――それは残念です。宙に浮くなど、とても便利に思うのですが」


「これで以外に使い道も無いのだがな……。私がお前を宙に浮かせるなどは簡単だが、そういうことでもないのだろう」


「そうですね。掃除に主様を突き合わせるわけにもいきませんので」


「掃除……?あぁ、届かないところに、ということか。なんとも庶民的な……」


「実用的、とおっしゃって頂きたいものです」


 贄の王はそこでさて、と話を区切る。


「お前に問題が無いようなら魔法実験の続きをしたい。今回は、そうだな、魔力の変換効率を見られればよいのだが」


「掃除の途中ですが、特に問題はありません」


「……眠っていたようだったが……」


「休憩をしておりました」


「休憩?」


「はい。休憩を、しておりました」


「……まぁ、いい」






 二人は部屋から直接中庭に転移する。廊下は掃除の途中で汚れているから、とサンが言ったためだった。


 時の止まった中庭で、二人は魔法の実験を開始する。


「では始めよう。少々疲れるぞ」


「分かりました。大丈夫です」


 贄の王は一抱えほどの水球をサンの前に作って浮かべる。と、サンの反対側に拳ほどの銀球を同じく浮かべる。


「これに“雷”の魔法で電気を通すのだ。水球の抵抗を私が変える。その間、私がお前の魔力を見ることで計測する」


「分かりました」


 サンは早速両手を胸の前で重ね合わせて水球に向ける。


「始めます」


 と、“雷”の魔法を使用して水球の向こうの銀球へと到達させ、それを維持する。


「では抵抗を上げる。今の到達している状態を維持するようにするんだ」


「分かりました」


 最初は難なく維持していたが、徐々に抵抗を感じるようになる。練る魔力の量を合わせて増やし、通電を維持する。


 やがて抵抗はどんどんと増していき、サンは苦しさを感じ始めた。


「……っ、主様、そろそろ苦しくなり始めました……」


「分かった。だがもう少し上げられるはずだ。耐えろ」


 さらりと辛いことを言ってくれる主に対し、サンは応えてやろうと魔力をさらに増す。抵抗はその間もどんどんと上がっていき、サンの息もどんどん上がっていき……。


 ついに維持しきれなくなり電気が消える。


「そこまでだ。やめていい」


「――ッ!はぁっ、はぁっ……。はぁーっ……」


「まぁまぁ、だな。その年にしては非常に高い数値だ。優秀だな」


「……あり、がとう、ございますっ……。この程度は……普通、ですっ……」

 

 贄の王は答えずノートに実験結果だろうか、何かを書き込んでいる。


「……よし、今回は以上とする。残りの魔力量はどうだ」


「魔力量、だけならば、まだ余裕はあります……」


「ふむ。もし魔力に困るようならば言え。私は先ほどの部屋にいる。――ではな」


 そう言い残して贄の王は転移で姿を消す。


 サンは我慢をやめ、芝の上にしゃがみ込む。


 両腕はびりびりと痛み、息は大分整ったがまだ苦しい。ちょっと頑張りすぎた、と自分で思う。


 魔法の酷使は神経や血管を傷めてしまう。魔力が血に伴って身体に宿るものだからだが、普段あまり感じることの無い痺れるような痛みは何とも気持ちが悪い。






 しばらくそのまま休憩していたが、腕の痛みも治まり始めた頃に再び立ち上がる。


 そのまま廊下の掃除に戻ろうと思い、空を見上げればまだ昼過ぎの早い時間。正面廊下は頑張れば今日中に終わらせられるだろう。サンは長い階段を上って廊下にたどり着く。


「よし、頑張る――」







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