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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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89 王と扇動者


 サンが薄く部屋のドアを開ければ、そこに居たのは予想通りマーレイスだった。


 彼はドアを開けたのがサンだと気づくと、お辞儀をしてくる。

サンはドアを開けて彼を招き入れた。


 「お待ちしていました、マーレイスさん。主様はお待ちです。どうぞこちらへ。」


それから贄の王の座るソファの近くまで来ると、主に声をかける。


「主様。マーレイスさんがいらっしゃいました。」


「うむ。座るといい。」


サンはマーレイスを贄の王の向かいのソファに案内する。そのままぺこりとお辞儀をしてから、一旦下がってお茶を用意し始めた。


 部屋に備え付けの簡易な台所に立つと、魔法で水を出しお湯を沸かす。適温を見極めてから茶葉を入れたポットに勢いよく注ぐ。砂時計をひっくり返し、待つ。


 砂が半分程度落ちたところでお盆にポットとカップを乗せて運ぶ。


「――だが、君はどう考える。」


「無論、忘れている訳ではありません。つまり大衆の――。」


「失礼致します。お茶が入りましたので、どうぞ。」


 話を遮らないように気を付けつつ、二つのカップにお茶を注ぐ。ちょうどその時砂時計の砂が落ち切り、まさに完璧なタイミングである。


配膳を終えるとお盆を傍らのテーブルに置き、贄の王の背後に控える。

二人の話は随分白熱しているようである。


 「――大衆とは、鈍いものだ。如何に国家が腐敗していようと、それを認識し怒りを覚えるには自分の受けた被害と直接結びつかねばならない。」


「全くその通りです。つまり、私が大衆に語り掛けるべきは身の回りの被害や不幸が政府のせいであると勘違いをさせること。倫理的ではありませんが、大義のためには必要な詐術です。」


「分かってはいるらしい。だが、果たして実現出来るだろうか。大衆は智者の集まりではないゆえに。」


「ならばこそ、単純化です。ひたすらに物事を単純化する。ものさしは智者では無く愚者に合わせなければ。」


「ならば具体的にはどうする。例えば、の話だが?」


「“接吻魔”です。アレの被害を実感しているのは何より船乗りたち。彼らの被害はあくまでかの魔物のせいですが、それを救済出来ない政府を悪と断じます。そして彼らの誇りを煽り、勇気を奮い立たせます。彼らは“接吻魔”退治の為に船を出し、その成果で以て自分たちこそが英雄であると思い込むでしょう。」


「彼らには倒せない。それでも?」


「無論です。多少、恐怖を見せる必要はあるやもしれませんが、それを乗り越えた者は余計に勢いづく。彼らを先導にし、大衆の腰を上げさせます。」


「ふむ。その場合、私が面に立つことは勘弁願うのだが。」


「ならばとどめを彼らが刺したように見せかけられるでしょうか。それであれば……。」


「可能だ。少々面倒だが、そのくらいの手間は許そう。」


「ありがとうございます。それならば、後の事は必ず万事整えて見せましょう。」


「よろしい。君は船を出す。私は“接吻魔”を討ち、君たちの手柄のように見せかける。それで決まりか。」


「それで充分です。」


「では、これが良い協力関係になることを願おう。」


「はい。よろしくお願い致します。」


 そこで初めて、贄の王は目の前に置かれたお茶に手を付ける。香りを楽しみ、一口含んで味わう。


「飲むと良い。サンは茶を淹れるのが得意でな。」


お辞儀をして無言のまま感謝を示す。


「ありがとうございます。……あぁ、確かに美味しい。」


マーレイスも喋って乾いた口をお茶で潤す。少しだけ、静かな時間が流れた。




 「時に、君はサーザールについてどう思う。彼らの主義主張について。」


「サーザール、ですか……。」


マーレイスは少しだけ考える様子を見せてから、口を開く。


「愚か、です。」


「ほう、愚か。……それは何故?」


「彼らの信条自体は素晴らしい。民の為に己が命を懸ける。立派だと思います。しかし彼らは何も変えようとしていない。」


「“贄捧げ”を止める為、あれこれしているようだが。」


「それは対症療法に過ぎません。彼らが望むものが犠牲を無くすという事ならば、もっと根本の部分に目を向ける必要がある。厳しい言い方ですが、彼らは目の前の果実をもいで腐る木から救ったと悦に入っているだけです。」


「果実に目を向けるより、木そのものに目を向けねばならないと。」


「その通りです。その木が腐りゆくのを知っていながら、果実一つを救って何になりましょう。そこから種を取って新しい木を育てるでも無く、腐った木を切り倒すでも無く。実に愚かです。」


「なるほどな。私も概ね似たような見解を持っている。彼らは力の使い方を間違えていると。」


「流石と言うべきでしょうか。……それに、彼らは“呪い”とどう向き合うのか、まるで考えていない。カソマが良い例です。目の前の小のために大を腐らせた最も愚かしい例でしょう。」


「私はカソマについて詳しくない。悪いが、説明を願えるか。」


「分かりました。

――カソマと言う街は古くよりサーザールの者たちが拠点にしていた街です。ゆえに”贄捧げ“に対する反対も根強く、いつしか”呪い“は極まるばかり。ついには、まともに人の住めないような暗黒の街と化しました。過激さを増す一方だったサーザールが公式に討伐対象とされたのもカソマが切っ掛けです。今も、少数の民は暮らしているとも聞きますが……。」


「ほう。“呪い”の極まった街か。誰も“贄捧げ”をしようとは?」


「えぇ。“贄捧げ”に反対する立場として、自らたちが”贄“となることは許せなかったのかもしれません。しかしその点がまさに愚かなのです。彼らは本質を見失っている。」


「そうだな。それでガリア全体が人の暮らせぬ土地になったとして、彼らの誇りはどこへ行くと言うのやら。」


「ゆえに、彼らのことは愚かだと。もちろん、先に言った通りその信条自体は素晴らしいと思うのですが……。」






 「――ふむ。実に有意義な時間だったが、この辺りでお開きとしよう。」


「これはこれは。長々と失礼を致しました。」


「構わん。では、気を付けて帰ると良い。」


「はい。協力の件、ありがとうございます。打ち合わせが必要かと思いますが、どのように?」


「サン。話しておいてくれるか。結論だけ私に教えてくれ。」


分かりました、と返事をしつつ、マーレイスを部屋の外に案内する。マーレイスは去り際、贄の王に深々とお辞儀をして見せた。


 ドアの外まで案内すると、マーレイスはここまでで大丈夫だ、と言ってくる。


「貴女も、ありがとうございました。素晴らしい機会を与えて下さった。」


「いいえ、感謝は主様にだけで結構ですよ。お疲れ様でした。また後程こちらから連絡をしますので。」


「はい。それまで、出来る準備をしておきます。……では。」


 マーレイスは最後に軽くお辞儀をしてから、背中を向けて去っていった。




 「――如何でしたか、主様。」


「確かに、興味深い男だった。あとは、お手並み拝見と言ったところか……。」


「こちらの目的は達成出来そうですか?」


「あぁ。あの者が人を集め、船を用意する。それにお前が乗り、私を呼ぶ。そういう流れになるだろう。」


「なるほど……。」


「しかし、面白いことを考える者もいたものだ。これは案外、成し遂げるかもしれんな……。」






 マーレイスは一人、帰り道にいた。

今回の手応えも上々だ。あの男はこちらのそれなりに評価してくれたし、協力関係も結ぶことが出来た。


 今回の“接吻魔”の後は積極的な関係は持たない約束であるので、恐らくは今回限りの繋がりとなるだろうが、構わない。

マーレイスが最も欲していた最初の切っ掛けをくれるのだ。これを確実に物にしなければ、自分の未来もきっと無い。野望も大望も所詮は夢と消えるだろう。


 一つ気がかりがあるとすれば、本当にあの男が”接吻魔“を倒せるのか、というところだが、恐らく何とかなるのだろう。


 それほどに、あの男は底の知れなさを匂わせていた。何か、人智を越えた存在であるような――。


 そこまで考えて、考えを振り払う。流石に馬鹿馬鹿しい。


 そんなことよりも、これから忙しくなる。

やる事が山積みだ。早速、帰ったら始めなければ――。






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