表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
88/292

88 魔物談話


 「――サン、私は感動した。あの若者の志を見たか?あれこそガリアに必要な男に違いあるまい。」


イキシアがそう熱っぽく語るのを聞いて、サンはまずい、と思う。

“飲み込まれて”いる。あのマーレイスという男に。


「確かにそうだ。ガリアは確かに腐りゆく道半ばにある。革命、か。考えたことも無かった。」


「落ち着いて下さい、イキシアさん。言わんとすることは分かりますが、私たちにとって重要な事とは違います。」


「む。お前はそうかもしれんが……。むぅ。そうだな。今の私はお前たちへの協力者だものな……。」


「サーザールの一員たる誇りを忘れろとは言いませんが、今優先すべきことではありません。まずは、主様にお伺いを立てなければ。」


 そう言いながらサンは右手人差し指の指輪に魔力を込めると、贄の王への連絡を取り始めた。






 場所は魔境の城、贄の王の書斎。

机の上に大量の紙類を広げたまま、贄の王が顔を上げてサンを見る。持っていたペンを置くと口元に手を当てて考え始めた。


 「――なるほど、なるほど。話が本当なら、その男は確かに危険だ。」


「如何いたしましょう、主様。いっそ、この話は無かったことに?」


「いや……。実際手詰まりを感じていたところではある。ただの学生集団では使い物になったか怪しいが、その男は使えるかもしれん。一度、会ってみよう。」


「ありがとうございます。では、いつに致しましょう。」


「明日ガリアへ行く。そこで会おう。」


「では、そのように。……ところで、主様はどう思われますか。その、ガリアの革命とやらについて。」


「無謀に思う。確かにガリア政府は清廉潔白では無いが、それでもガリアをそれなりに立ち行かせている。言わば汚れた“普通”の政府だ。転覆など上手く行くとは思えないが……。」


「失敗するとお考えですか。」


「断言はしかねるが、そうだな。革命なる大火に届かせるには火種が小さすぎる。時代がそれを望まない限りは、失敗に終わるはずだ。」


 贄の王はそう言ったが、サンの胸中にある漠然とした予感は消えなかった。あのマーレイスという男は何かを成す。

そしてそれはきっと、平穏なものでは無い。






 サンはガリアへ戻ると、イキシアにマーレイス宛の伝言を頼んだ。


「主様が明日お会いになられます。宿の部屋までお越しください。――以上です。」


「分かった。それだけでいいのか。」


「えぇ。それだけで。」


「ん。ではさっさと行ってくる。」


それだけ言うとイキシアはどこかへ歩き去る。


 横で聞いていたらしいイーハブが口を出してくる。


「何。何かするの?」


「えぇ。少し面白い人間と会いまして。主様がお会いになるのです。」


「ふぅん。ま、状況を打開出来るならいいよ。」


イーハブはそう言いながら持っていた本をめくる。ぱらり、という音が微かに響く。


「その本は?」


「これは魔物の生態を調べた本。でも、外れだね。知っていることしか書いてないみたいだ。」


「……魔物というのは、実に奇妙な存在です。どこから来るのか、誰も知らない。どうして人を傷つけるのか、誰も分からない。」


「自身の生存や種の存続は眼中に無い。ただ、人を殺す為だけに行動する。まるで、人間を恨んででもいるみたいに。」


「……イーハブさんは、”贄の王“を信じていますか?」


「うん。と言っても、世間の言うことを丸ごと信じている訳じゃないよ。ただ、この大地を呪う”何か“はきっと存在すると思う。魔物も、その一部だと仮定すればちょっとは理解しやすくなる。」


「そうですか……。例えば、魔物は”贄の王”の手先だと言われていることは?」


「……そうだね。結構信じているかもしれない。だってどう考えても魔物は普通の生物じゃないんだ。生物としては完全に破綻している。食事は必要無い。睡眠も必要無い。生殖機能は持たない。親も無ければ子も居ない。まるで突然地面から生えてくるみたいに現れる。奇妙という言葉じゃ足りない。」


「あら?食事を取る魔物も子を増やす魔物もいるそうですが。」


「え、そうなの?じゃあ個体差……?ううん、余計分からない。まぁともかく、そういう奇妙さを説明するのに、“贄の王”が不必要だから持たせずに生み出した、とすれば理解しやすいんだ。人を殺す目的のためだけに生み出した、一種の魔法のようなものだと。」


「なるほど……。」


「ただ、”贄の王“に人格らしきものがあるかは疑わしいね。個人的には、”贄の王“とは世界が生み出した一種の”装置“のように思えるよ。」


「“装置”……。」


 あるいはそれは実に的を射た指摘かもしれなかった。彼の言う”贄の王“を”贄の王座“と言い換えたならば、まさしくその通りではないだろうか。


 以前サンがシックと旅をしていた頃、立ち寄った街で購入した“贄の王の呪いとその関連する事実全般についての調査と結果またその考察”などという本の記述とも矛盾しない。

つまり、“贄捧げ”の直後こそ最も魔物が増えるという部分だ。

”贄の王“と魔物は無関係のはずだが、”贄の王座“と魔物に関係があることを示唆している。


 サンはその記述の事をイーハブに話してみる。


「私が以前呼んだ本によると、“贄捧げ”の直後こそ魔物の出現が最も増えるのだとか。著者は呪いを具象化したものが魔物だと結論づけていました。」


「“贄捧げ”の直後……?へぇ……。だとしたら、ガリアに魔物が多いのも頷ける。政府が習慣のようにやっているからね。」


「ガリアには魔物が多いのですか?」


「多いよ。“接吻魔”みたいに強力な奴は珍しいけど、小粒な奴ならもっと沢山いる。武装無しに砂漠を歩くのは自殺行為ってくらいかな。」


「そうなのですか……。」


 以前疑問に思ったことがある。つまり、魔物に遭遇しすぎでは無いか、と。


 魔物というものは魔境に近づくほどにその数を増やす。魔境から遠く離れた地で魔物に遭遇するのは珍しいことだと、贄の王もそう言っていた。


 ところが、サンがこの半年と少しの間に魔物と遭遇したのはこれで三度目である。”衝撃“、狼人の村、”接吻魔“。大半の人間が魔物に遭遇することなく生涯を終えることを思えば、これは異常な数字だ。


 共通点があるとすれば、ここまで通ってきた場所はいずれも“贄捧げ”を終えた直後の場所ばかりだったこと。これは本の記述とも一致する。


逆に言えば、エルメアやファーテルで魔物と遭遇しなかったのは何故だろうか。どちらも贄捧げの直後も直後であった。

どちらでも魔物は現れていたのだろうか。サンが遭遇しなかったというだけで。


 魔物の正体とは何なのか、あと少しで掴めそうな気がしていた。




 「――サン、戻ったぞ。」


そう声をかけてきたのはイキシアである。マーレイスに伝言を頼んでいたが、どうやら戻ってきたらしい。


「お疲れ様です、イキシアさん。わざわざありがとうございました。」


「うむ。ではそろそろ宿の方で待機していた方が良さそうだぞ。」


「分かりました。では、主様にもそう伝えて参ります。――それでは、イーハブさん。失礼致します。」


「はいはい。またね。」


 サンは普通に歩いて部屋から出ると、誰にも見られていないことを確認してから転移で城に戻った。


そのまま主の書斎の前に行き、ドアをノック。しばらくして返事代わりに勝手にドアが開いて迎え入れてくれる。


「失礼致します、主様。」


中に入り、軽くお辞儀。贄の王がこちらを見るのを待ってから、頭を上げて用件に入る。


「マーレイスという男に宿へ来るよう伝えました。そろそろ、ガリアの方で待機なされた方がよろしいかと。」


「分かった。では、向かおう。」


 贄の王も素直に立ち上がり、サンの傍に歩み寄ってくる。サンを連れて、ガリアへ転移。あらかじめ取っておいた宿の一室である。


 贄の王は適当なソファに腰掛けると、転移で取り寄せた本を開く。何の偶然か、それはまさに“贄の王の呪いとその関連する事実全般についての調査と結果またその考察”というサンが入手した本であった。

まだサンも読み終えていないが、主の方もちょうど読み進めているところであるらしい。


 「先ほど、イーハブさんとちょうど魔物の話をしていました。彼は魔物を奇妙だと表現していましたね。」


「ふむ。確かに、奇妙と言って間違い無いだろうな。」


「“贄の王”なるものが必要に応じて生み出したのなら、理解しやすくなるとも。しかし、主様と魔物に関係は無い筈でしたよね。」


「無いな。私自身、こうして魔物について調べているくらいだ。」


「ただ、“王座”とは無関係では無いのかな、と私は思いました。その本に書かれている事ですが、何でも魔物の出現は”贄捧げ“の直後こそ増えているだとか。」


「ほう……。まだその記述までは読んでいないが、確かにそうかもしれんな。興味深い……。」


「主様は、どう思われますか?その、魔物と“王座”の関係について。」


「……分からん。しかし、何らかの関係はあるはずだ。魔物という存在の不自然さは“王座”や“呪い”に通じるものを感じる。さらにお前の言う記述が本当ならば……”王座“が生み出しているのかもしれんな。魔物というものは。」


「一体、何のために……。」


「さて、な。だが、もしそうだとすれば……。」


「……?」


「……いや、何でも無い。気にするな。」


「そうですか……?」


 贄の王は明らかにわざとらしく口を噤んだ。サンには教えたくない何かしらであるらしいが、この主とやっていく上ではいちいち気にしていたら疲れてしまうと言うのをサンは既に学んでいた。根本的に、この主は秘密主義なところがあるのだ。


 気にならないと言えば嘘になるが、その辺りは主への信頼故だろうか。


 そこで部屋のドアをノックする音が聞こえる。サンは主に目線で確認し、ドアの方へ向かった。







評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ