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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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85 仮面から見て


 サンは打ち合わせ通りサーザールのアジトで待機していた。現在アジトに居るのはサンの他にガエスが一人だけだ。流石に部外者のサンを一人でアジトに置く訳にはいかないという事情もあるのだろうが、それでとくに不愉快になる訳でもなかった。


 ガエスは銃の手入れをしているらしく、その目の前にはたくさんの拳銃が置かれている。

それを一つ一つ手に取り、汚れを落としたり金具を締め直したりしているのだ。

手つきは実に慣れており、彼が何度も何度も手入れをしてきたことが分かる。


 集中のためだろうが、その厳めしい顔の目つきを更に鋭くさせながらガエスがサンに話しかけてくる。


「なぁ、俺の仲間たちとはどんな具合だ?」


「上手くやれていると思いますよ。」


「そうか。それならいいんだ。ほら、イーハブなんて人を選びがちだろう?険悪にでもなってないと良いな、と思ってな。」


「今のところは問題無いようですよ。……私としてはむしろイキシアさんが気になります。主様への敬意が足りないのです、彼女は。」


「はっはっは!確かに、あいつはそうだろうな!まぁでも、仲良さそうじゃないか。イキシアがはしゃいでいるのなんて珍しいぞ。」


「そうなのですか?いつもあんな感じなのかと。」


「まさか。あいつは無口で淡々としてて、その上付き合いも良くない。志やら隠密の腕で一目置かれてはいるが、俺らの中でも人気者とは言えんなぁ。」


「……なんというか、意外です。全く印象と違うのですが。」


「まぁなぁ。でも、元々の性格はむしろ今の方なんだろうさ。ちょっと昔に変わっちまった。」


「何か、あったのですか?」


「俺が喋った、って言うなよ?――あいつには妹がいたんだ。それが殺されてな。”贄“にされたんだ。」


 サンは息を呑む。脳裏によぎるのはイキシアの怪しげな仮面。


「あいつは元々奴隷だった。“贄”にされる為のな。俺らサーザールが解放したんだが、その時妹は別のところに居て……。あいつは妹も解放しようと国中捜し回ったよ。見つけた時には、手遅れだったが。」


「そんな……。」


「それから、仮面を被るようになって無口になって、愛想も悪くなった。

――“理想派”だとか”正統派“だとか言うけどな。要は、妥協出来なかった奴らなんだ。”実現派“みたいに、現実的に世の為になろう、その為に妥協しよう、とはいかなかった奴らの集まりなんだよ。イキシアも、イーハブも……。妥協出来なかっただけなんだ。」


「……それは、ガエスさんも?」


「俺か?はっはっは。俺はちょっと違うが、まぁ似たようなもんだな。”実現派“とは馬が合わなかった。それだけさ。」


 ガエスは屈託無く笑って見せる。その笑顔の裏にどんな思いがあるのやら、サンには読み取れなかった。


「だからよ。イキシアと仲良くしてやってくれよ。あいつだって、まだまだガキさ。ガキらしくはしゃげばいいんだ。悪く思ったりしないでやってくれ。」


「……分かりました。でもそれはそれとして、主様への不敬は許しませんからね。」


「はっはっは!あぁ、それでいいさ。普通に。普通に相手してやってくれればそれでいいんだ。ま、大丈夫そうだな。」


 普通に。そんなことを言われると余計普通に接するのが難しくなりそうなのだが。

少しだけイキシアに優しくしてもいいかも、とは思うのだった。




 そんな折、アジトのドアが開いてイキシアが入ってくる。サンとガエスの視線を受けて、少したじろぐ。


「……な、何だ?」


「いえ、別に?」


「……そ、そうか……?まぁいい。それより、サン。あいつらの拠点が分かったぞ。」


「ありがとうございます。早速向かいましょうか。」


「分かった。案内する。……出てくる、ガエス。」


「おう。気をつけろよー。」


 二人はアジトを出て歩き出す。行先は真っすぐ、イパスメイア最大にしてガリア最高の学園、叡智の園だ。


 幸いにしてアジトからの距離はそこそこ程度だ。このまま歩いて問題無くたどり着ける。


 「――では、学園内に?」


「うむ。元々学園の奴らが立ち上げた組織のようだ。大したものじゃないぞ、本当に使えるのか心配になってきた。」


「まぁ、ダメそうならダメで……。また別の手を考えましょう。」


「心配だ……。」


 サンは隣を歩くイキシアを見る。イキシアは背が高いため、ちょっと見上げる格好になる。


 その表情は仮面で全く窺えない。ただ、その足取りは軽くなんとなく機嫌がよさそうである。

いかにも何にも考えてなさそうな人物に思えるのだが、その仮面の裏には深い傷跡が隠されているのだそう。


ガエスの言葉が蘇る。

――はしゃいでいるのなんて珍しい――。

――妥協出来なかっただけ――。

――まだまだガキさ――。


 近しい者を失う。

それで傷つかぬ人がいるだろうか。


 大切な人がいなくなる。

それで悲しまぬ人がいるだろうか。


 “サン”になる前の少女がエルザを失ったように、イキシアは妹を失ったのだという。違いがあるとすれば、片方は諦めの内に己を撃ち殺し、片方は助けようとあがき今も生き続けていることか。


 「……どうした?」


自分を見上げるサンの視線に気づいたらしいイキシアが問うてくる。その仮面の奥にあるはずの瞳を思い描く。


「いいえ、怪しい仮面だと思いまして。」


「これか。意外と気に入っている。」


 仮面という物は他者から己の顔を隠すのはもちろんのこと、自分からも周りが見えづらくなりやすい物。

イキシアが隠したいのは顔なのか、世界なのか。

そんなことを、ふと思った。






 サンとイキシアは叡智の園という名前の学園に辿り着く。特に敷地が区切られている訳でもなく、人の出入りは自由である。一方、貴重な書物などの管理は非常に厳格で、あらかじめ許可を得ないと見る事すら出来ないのだとか。


 「イキシアさん。私は外国から来たとある資産家の使い。あなたはその護衛と通訳です。ラツアの言葉が通じない場合、お願いしますね。」


「うむ。任せろ。」


「心配ですね……。演技なんて出来るのですか?」


「む。得意ではないが、別に大げさに人柄を変える必要もあるまい。出来る出来る。」


「本当ですか……?まぁ、いいです。行きましょう。」


「こっちだ。」




 イキシアに連れられて、学園内の建物、そのとある一室の前までやってくる。


 さて何と声をかけようか、と考えていると、突然イキシアがドアを勢いよく開け放つ。

イキシアの肩越しにぽかんとした顔でこちらを見ている若者たちの姿が少しだけ見える。


 中の人間が何事か言い、イキシアがそれに毅然とした口調で答える。堂々たる歩みで室内に入ると、何事か伝えながらサンの前から退いた。


 そして初めてサンに室内の様子がしっかりと見えるようになる。中は然程広くない一室で、本棚やら机に椅子が乱雑に置かれている。


 中に居るのは全員サンと同じくらいの男子学生だった。このくらいの若者にありがちな根拠無い自信と活力に満ちているのが良く分かる。

全員がサンを見ており、いまいち愉快でない視線の集中を堪える。


 そのまま室内に入り、お辞儀を一つ。それから、ラツアの言葉で話し出す。


「初めまして、皆さま方。この度は突然の来訪をお詫びいたします。……それで、ラツアの言葉か、ファーテルの言葉が分かる方は居ませんか?」


イキシアが何事か伝える。どうやら、今の言葉を通訳してくれたらしい。


 だが、中にいる学生たちは皆お互いに顔を見合わせるだけで、名乗り出ようとはしない。誰もが頼りなげな顔であり、我こそはという者は居ないようだ。


「居ないようですので、こちらのイキシアに通訳をお願いしましょう。イキシア、お願いします。」


「うむ。任せろ。」


 一つ頷いたイキシアはガリアの言葉で学生たちに話しかける。それを聞いた学生たちはようやく得心顔になり、サンとイキシアに目線を向ける。


「では。私はとあるお方の使いをしております、サンと申します。私の主様は皆さまの活動にひどく感心されており、是非協力をしたいとのお話なのです。」


「――。

んん。反応が良くないな。実に根性が無い奴らだ。」


「もう少し積極的かと思ったのですが……。」


学生たちがおずおずと何事かを伝えてくる。イキシアがそれを聞き、サンに通訳する。


「――どうも、こいつらのリーダーが今居ないらしい。協力と言われても、良く分からないとかなんとか。」


「んー……。でしたら、こう伝えて下さい。

それでしたら今日のところは一度下がりますので、もしこのお話に興味がおありでしたらこちらへお訪ね下さい、と。伝える場所は適当な宿を取りますのでそちらで。」


「分かった。」


イキシアがその通りに伝え、サンの方を振りむいて頷く。退出のタイミングらしい。


「それでは、皆さま。これにて失礼を致します。どうぞ良き日がありますように。」


そう言ってお辞儀を一つ。お淑やかさを強調しながら部屋を出る。イキシアも何事か言ってから、部屋を出てドアを閉めた。




 「――で、どうだった。アレを使うのか?」


「まだ分かりません。察するに不在のリーダー頼りの集団なのでしょう。そのリーダーがどのような人物か、見てみたいと思います。」


「来なかったら?」


「それはそれまでです。他の方法を探しましょう。」


「回りくどいように思えるがなぁ。まぁいいが。」


「それより、伝えた場所はどちらに?」


「イパスメイア一番の宿だ。私も泊ったことがない!」


そう語るイキシアの口調は期待に輝いている。自分も入ってみたいらしい。


 「……別にイキシアさんの分まで宿を取る必要は無いのでは?」


がくっ。

イキシアが転んだのかと思うような勢いで肩を落とす。


「……性悪。」


「……冗談だったのですが、本当に泊めてあげない事にしましょうか。」


「嘘だ!嘘!いい子!もうすっごくいい子だから!な!?」


 その余りの乱高下に思わずサンは笑う。


「あ、もういい子なんて年でも無いか。ならいい女!見る男みんな悩殺のすっごくいい女!」


「……それは何か違いませんか?」






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