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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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84 未発見報告


 それから暫くは”接吻魔“の捜索に使うことになった。

空の船では“接吻魔”は現れない。ならば船さえ出れば、“接吻魔”は現れる。だが、“接吻魔”に沈められることを承知で船を出す愚か者は居ない。


 贄の王が単身海へ赴くのも無意味だ。魔物は何故か”贄の王“の存在を察知し、決して近づこうとはしない。


 出てくれさえすれば贄の王の手でどうとでもなるというのに、頑なに姿を現そうとしないジレンマ。決して顔には出さなかったが、サンは歯がゆくて仕方なかった。




 サンたちが“接吻魔”の発見にてこずっている間、ガエスとイーハブはサーザール理想派の仲間を集めて“神託者”の捜索を開始していた。


 手掛かりが“神託の剣”しかない以上、その捜索が難航を極めることは予想するに易い。それでも、時折交わす連絡から分かるのは”神託者“の行方がどんどんと絞られていく様子だった。


 「“接吻魔”のせいで船が動けていないのが幸いしたよ。陸路で行こうとする外国人。これだけでかなり狭められるからね。

万一、エヘンメイアで船を待っている場合でも問題無い。僕たちは港の船を見張っているから。」


そう誇らしげに語るのは理想派の頭脳イーハブである。実際、当初の期待よりもずっと彼らは優秀であった。


「ターレルに向かうと分かっているのも大きいね。必然的に五大都市を全て通ることになる。交通量は多いけど、その分僕たちの網も厚い。ガリアの中で捉えてみせるよ。」


コンビの片割れガエスも付け加える。


「上手くいけば、タッセスメイアの大関門で捕まえられるかもしれないぞ。」


「タッセスメイアの大関門、とは何でしょう。」


「風の山脈が中央ガリアと東ガリアを分けてるんだが、風の山脈には一か所巨大な谷が貫通していてな。その谷を塞ぐように作られてるのがタッセスメイアと大関門。陸で東に向かうなら必ずここを通ることになるんだ。」


「なるほど……。では、海からは?」


「そりゃまぁ……何とも無しに行けるが。」


「陸を選ぶんじゃないかな。船とは言っても簡単に乗れるものじゃない。個人で商船なんかと交渉して乗せてもらう事になるけれど、お金と信用が必要になる場合ばっかりだ。旅の外国人には辛いと思うよ。」


「分かりました。その辺りはお任せした方がずっと良いようですし、お願い致します。……それと、“接吻魔”の発見ですが……。」


 イーハブは難し気な表情を浮かべて腕を組む。その背後でガエスがイーハブの物まねをしているが気づいていない。


「発見にこうも手間取るとは思わなかったなぁ……。何せ、船が出ると呼んでもいないのに現れるから。船、船さえ出せれば……。」


「しかしイーハブ。出したら沈むから誰も出さんぞ。」


「そう。旦那の実力が話通りなら船は無事なまま終われるはずだけど、そんなの誰も信じてくれない。どうしたものかなー……。」


 そこで一同は黙りこくってしまう。誰も現状を打破する名案などは浮かばないのだ。


 空の船を海に流す。失敗。


 小舟にサンとイキシアだけが乗って海へ出る。失敗。


 サンが“飛翔”で飛び、海上で釣り餌になる。失敗。


 贄の王が直接海上から捜す。……失敗。


現状で思いつく手段はおおよそ試した。そのことごとくが失敗に終わり、”接吻魔“の発見は進展を見ていない。


「サーザールの方たちは自前で船など持っていないのですか?」


「あるにはある……んだけど……。」


イーハブが露骨に言葉を濁らせる。サンが彼の背後に居るガエスの方に目を向ければ、それに気づいて答えてくれる。


「実現派の奴らに持ってかれたんだ。残念だが、俺らが手配出来る船は無いな。」


「ほんとに、堕落派の奴らめ……。忌々しいよ。」


「協力などは出来ないのですか?」


「無理無理。堕落派の奴らは民の為に命を懸ける気概なんて無いよ。例え交渉しても、船だけは貸してやるって終わりさ。」


論外だ、と言わんばかりにイーハブは首を横に振って見せる。そんなイーハブを見て、ガエスはさり気なく肩をすくめる。


 打つ手なし。どうにも、そんな雰囲気を感じて仕方ないサンであった。






 「――そういう訳なのですが。何か案はありませんか、イキシアさん。」


イパスメイアの街中を並んで歩きながらそう問いかける。イキシアは怪しげな仮面で顔を隠しているため表情は分からないが、大げさに腕を組んで頭をひねる様子から悩んではいるらしい。


「分からん……。まさか見つけるのに苦労するなんて思わなかった。船さえあればなぁ。」


「イーハブさんも同じことを言っていましたよ。自分たちの船は堕落派に奪われた、とも。だから自前での用意は出来ないそうですね。」


「うむ。基本実現派の方が数多いしな。あいつらも“命懸け”なんて言葉を知ってればいいんだが。……誰か船を出してもいいような変な奴はいないものか。」


「お金で動いてくれたりはしないでしょうか……。」


「難しい。死んでは意味が無い。今もまだ残っているのは、カネより命を優先して船を出さなかった者ばかりだ。……ん。着いたぞ。」


 二人が到着したのは市場である。そろそろ城の食糧が無くなってきたので補充に来たのだ。


 イキシアに通訳を頼みながら適当に買いそろえていく。“接吻魔”による海路の遮断のためか日持ちしない食糧などはほとんど無かったか、あっても非常に高額だった。


 「そう言えばガエスさんとイーハブさんはラツアの言葉が分かるのですね。言葉が通じなかったら非常に不便だったかもしれません。」


「ガリアはラツアの言葉を話せる者は多いぞ。誰もかれもという訳では無いが、元々ガリアとラツアは一つの国だったせいもあるのかもな。」


「なるほど。私もガリアの言葉を勉強するべきでしょうか……。イキシアさんはともかく、主様に通訳をさせるというのはどうにも……。」


「ガリアにいる間は私が通訳をしても構わんぞ。まぁ、手隙な時に教えてやってもいい。」


「それでしたら、是非お願いしたいところです。……ところで、何か騒がしいですね?」


 市場を歩くうちに気づいたのだが、奥の一角に何やら集団が出来ており、そこから怒声が度々聞こえてくるのだ。それはガリアの言葉だったため何を言っているかは分からなかったが、とにかく穏やかな雰囲気ではない。


「何だろうな。ちょっと見てくる。」


そう言ってイキシアが人の集団の中に紛れていく。少し離れたところでサンはそれを待つ。


 少ししてイキシアが戻ってくる。頬を掻こうとして仮面の表面をカリカリ掻く。


「何だったのですか?」


「いや、何というか……。政治結社?とか言えばいいのだろうか。政府の悪口だ。」


「……はぁ……。」


「何でも悪い政府を倒して自治をするとかなんとか……。偶にいるんだ。学生たちが反政府を唱えるとかな。」


「そういえばイパスメイアは学問の盛んな街なのでしたか。ふぅん……。」


「ま、気にしなくていい。買い物を続けよう。」


「いえ、少しだけ待ってください。」


 サンはその場で考え始める。直感的だったが、その集団は”使える“気がしたのだ。


 反政府、とはどういうことか。今存在している政府の言うことを聞かない、ということだ。

自治、とはどういうことか。政府の代わりに、自分たちで政治をするということだ。

そもそも、政府とは何だろうか。人々を治める組織――つまり、支配者。国家などの組織を運営していく者たち。


 支配者の言うことを聞かないとどうなる?考えるまでもなく、軍や衛兵によって制圧される。反政府はそれに抵抗するだろう。


 つまるところ、これは政府と反政府の喧嘩だ。最終的には、強い方が勝つ。それは軍事力であったり、財力であったり友好関係であったりする訳だ。


 ならば――、ならば。


“使える”、だろう。

彼女の主は軍を越える戦闘力と無尽蔵の財力がある。他者との友好関係は皆無に等しいが、単身で国家を揺るがし得る存在。


そんな存在が協力するとなれば、どうか。

反政府の彼らがどの程度“まとも”な集団かは分からない。だが、甘い言葉で誘惑し、利益があると誘導すれば、動かせないだろうか?


 あの集団を見る限り彼らには数がありそうである。数があれば、船が動かせるかもしれない。


 まず彼らに接触する。それから彼らが“使える”かどうか見極める。

もし彼らが使えるのであれば、軍事力と財力を見返りに協力をさせる。


 船だけを手に入れる方法はある。買えばいいのだ。だが大きな船を動かす人員が居なかった。彼らをそこに充てるのだ。


 サンとイキシアだけの小舟では罠と感づかれたか、”接吻魔“は現れなかった。もし、無力な人間を多数乗せた船であれば、どうだろうか――。




 「――イキシアさん。彼らに接触してみようと思います。」


「……本気か?ガキの遊びみたいなものだぞ。」


「おだてて、調子に乗らせます。船を動かす人手に充てられないかと。」


「なるほど……。面白いかもしれん。では、まずどうする。」


「あの集団に突っ込むのは嫌なので……。尾行してもらえませんか。多分、内輪だけの拠点とかに行くでしょう。」


「分かった。任せろ。」


「私は城に買い物を置いてからサーザールのアジトに戻ります。そこで合流しましょう。」


「あぁ。拠点が分かったら、そこにお前を連れて行けばいいのだな。」


「はい。では、早速動きましょう。」







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