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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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79 ガリアの聖数


 サンはイキシアに与えた部屋まで転移で迎えに行く。いきなり部屋の中に入るのも良くない、と思いドアの前だ。ドアには、いつか贄の王の部屋のドアにもついていた黒い×印が浮かんでいた。


 こんこん、とノックをして返事を待つ。

少しの間を置いてから、イキシアの「入ってくれ」という声が聞こえる。


 転移でドアのすぐ内側に飛ぶ。正面、何故か汗塗れの女が立ってこちらを見ている。当然それがイキシアであるが、昨晩つけていた怪しげな仮面を外していたため、その顔を見るのは初めてだった。


黒い髪と茶色の瞳はガリア以南の人間に良く見られる色相の一つだ。全体的に色の薄いサンとは対照的に見えるかもしれない。




 「おはようございます、イキシアさん。」


「おはよう。」


「……なぜ、汗塗れなのですか?」


「鍛錬だ。欠かすことは出来ない。」


 そう言われてみれば、確かに部屋の中は僅かに汗臭い。長い時間鍛錬を続けていたようである。


「では、ひとまず身体を拭いましょう。その間、朝食をご用意致しますので。」


「そうか、助かる。」


 サンは部屋の戸棚から柔らかい布を二枚取り出すと、イキシアに差し出す。そして部屋の隅の水瓶を指し示す。昨晩、いっぱいに水を貯めておいたのでまだたっぷりあるはずだ。


 サンは自室の台所に転移し、イキシアの朝食を用意する。ガリア式の料理は知らないのでファーテルの料理になるが、問題は無いだろうか。


 出来上がった朝食を持って再びイキシアの部屋へ転移。贄の王と違って他人を転移させるようなことは出来ないが、朝食程度なら一緒に持っていけるのだ。


 部屋では身体を拭い終えたらしいイキシアがベッドの上で身体を休めていた。ちなみに、全裸である。


「お待たせしま……。

イキシアさん。なんて恰好をしているのですか。」


「ん。服がまだ乾いていない。」


 実に堂々とした所作でイキシアが起き上がり、サンの方に歩いてくる。


「せ、せめて隠すとか。戸棚に替えの衣服もありますから。」


「そうなのか。まぁ、構わん。」


 サンがテーブルに朝食を配膳すると、全裸のままのイキシアがそこに座る。一切身体を隠すようなそぶりは無かった。


「食べていいのか。」


「え、えぇ。どうぞ。」


「感謝する。」


 そう言ってイキシアは目の前の料理に手を付ける。汚くは無いが豪快な食べ方である。


「うまい。」


「何よりです。……ほら、せめてこれを羽織ってください。」


サンはイキシアの肩に大きめのガウンをかける。されるがままだが、特に前を閉めようとする気は無いらしい。


「随分気にするのだな。女同士だ。」


「そうですが……。見せびらかすものでも無いでしょう。」


「ん。身体は自慢だ。奇麗だろう。」


そう言うイキシアの裸体は確かに美しい。良く鍛えられている筋肉と、女性らしい曲線を併せ持つそれは女ならば憧れるかもしれない。


「確かに奇麗ではありますが、目のやり場に困るので……。」


「女同士が好きなのか?」


「……?特にそういう事は無いと思いますが。」


「そうか。お前はあの男と恋仲だものな。メイド。」


「こ……!?違います、私と主様は主従ですから……!」


「主従の恋仲など珍しく無いだろう。」


「そ、そうなのですか?実は私、恋愛にはあまり詳しくなくて……。」


「ん。だがあの男が好きなのだろう?」


「す……!それは、その、尊敬していますが。」


「ふむ。まだ恋の経験が無いのか。若いな。」


「……し、仕方ないでしょう。恋なんて……。」


「私がお前くらいの頃には既に女になっていたぞ。遅れている。」


「遅れ……。」


 “サン”に恋愛の経験は皆無である。

魔境に来る前、ファーテルの都に居た頃は相手になり得る人間など居なかったし、正直恋などよく分かっていなかった。

ちなみに微かな恋愛知識の出所はエルザである。エルザも恋愛経験など無いようだったが、物語や伝聞から仕入れた恋愛知識をサンに良く語っていたのである。


 同じ女からはっきりと”遅れている“と言われると流石にショックであり、しばし硬直する。


そんなサンに対し、イキシアが追撃する。


「私の初恋は5つの頃だった。10の頃に恋仲になり、3年後に死に別れた。」


「……ぐうっ……。」


「女になったのは別の相手で、今のお前よりいくらか下の頃だ。こいつももう死んだが。」


「女になる……?どういう意味ですか?」


「……あぁ、“そっち”の知識が無いのか。重症だな。」


「重症って……。し、仕方無いではないですか……。男性と知り合う機会なんて無かったし……。」


「今はいるじゃないか。」


「あ、主様ですか!?そ、そんな。

いえ、だって恋愛って、一目で雷が落ちたような衝撃に襲われるのでしょう?確かに衝撃的な出会いではありましたが……。」


「何だそれは。大抵、一緒にいたら何となく好きになっていることの方が多いはずだ。今のお前だ。」


「うぇ……!?いえ、こ、これは尊敬であって……。」


「尊敬だったらそんなに焦らない。」


「い、イキシアさんが変なこと言うから……!も、もうやめましょう。この話は終わりです!おしまい!」


「むぅ。色々聞きだしたかったのだが……。」


「ダメです。終わりです。」


「仕方ない。」






 転移にしろドアからにしろイキシアがこの部屋を出るためには贄の王の力が必要である。そこで、連絡を取る。

イキシアも流石に男に裸体を晒す気は無いらしく、素直に服を着てくれた。昨晩つけていた怪しげな仮面もしっかりと着用する。ちなみに、着てもほとんど裸じゃないかとサンが思ったのは秘密であった。

洗濯されていたそれを魔法で乾かしたのはサンだが、サンの方が恥ずかしくなりそうなほどに肌、特に上体を露出するのだ。


 サンもガリア用の衣装に着替えたところで、連絡の指輪に魔力を込める。


 指輪越しにこちらの状況を把握したらしい贄の王が転移で部屋の中に現れる。


「ご苦労、サン。……どうした?」


「い、いえ。何でも……。」


いつも通りの冷徹な雰囲気を漂わせる黒髪の主に対し、何となく顔が見づらいサンである。


 「それでは、何も無ければガリアへ行くとするが、何かあるか。」


「私は問題ありません。」


「私もいいが……。」




 三人は贄の王の権能によりガリアの大地へ転移する。それは当然瞬きの間に行われ、本来なら一年では足りない距離を跳び越えていると考えれば改めて恐るべき力である。


 「う。……確かに、ここはエヘンメイアだ……。」


「さて、まずはどうする、女。……イキシア、だったか。」


「……。

ならまずは、タジクがどこにいるか捜そう。おおよその位置は掴んでいる。」


「では、そうするとしよう。」


「タジクは自分の船を持っている。今はイパスメイアには行けないのでここに留められている。それから、船を降りては奴隷を仕入れたり色町に行ったりだ。」


「まずはその船か。どこにある。」


「案内する。ついてこい。」




 先導するイキシアに贄の王とサンがついていく。イキシアは歩くのが早く、人混みも容赦なく突っ切っていくのでともすると見失いそうになる。贄の王がサンの前を歩いて道を作ってくれなければサンは見る間に遅れてしまっただろう。


 内心、主に頼ってばかりな自分を不甲斐なくも思うと同時に、余計主への感謝と敬意が増していくのだった。




 エヘンメイアは朝から人が多い。

ガリアに数多くある街の中でも最も主要な街の一つであり、各地へ行き来する内海交通の要衝ゆえに巨大な港を持つからだ。


 ちなみに、古来より地政学上の重要地とは変わらないようで、ガリアではその最たる五つの街を五大都市と呼んでいる。


水の神アイハーンを都市神とした港の街、エヘンメイア。

西ガリア最大の街。内海交通の要衝であり、各地へ行き来する船たちが集う。


土の神イーパクスを都市神とした学徒の街、イパスメイア。

エヘンメイアとガリアの都パトソマイアを遮るように位置し、伝統的に学び舎が多い。


炎の神パトーソマーを都市神とした豊穣の都、パトソマイア。

ガリアの都であり、大河の流出地。かつては世界の人類を全て養えるとまで言われた広大かつ肥沃な土地をもち、政治・経済・交通の主要地。


風の神タセースを都市神とした関の街、タッセスメイア。

中央・東ガリアを分断する山脈に空いた巨大な亀裂に位置し、地上の交通上最大の要地。


雷の神ウラムを都市神とした砦の街、ウーラマイア。

かつて敵国であったターレルとの最前線であり、文明圏最大の砦そのものが街になっている。


 もちろん最も重要なのはガリアの都パトソマイアである。だが、他の四つのいずれが欠けてもガリアは成り立たない。太古の人々も良く分かっていたに違いない。

ゆえに、最も偉大な古神・五大神が都市神とされていたのだ。




 今や天秤の神に征服されてしまったガリアの大地だが、かつて古神たちが見守っていた時代はいかなものだっただろうか。

人類文明の出発点とされるガリアの大地を歩きながら、サンはそんな遠い過去に思いをはせてみる。


 「ガリアで“5”が聖なる数字とされてきたのも道理だな。魔法の基本属性であり、都市の数であり、神の数であった訳だ。」


「教会によると14が聖なる数字をされていますね。でもガリアでは5が大切にされている場面を見かける気がします。」


「それが伝統であり、文化というものだな。後から為政者に何を言われようと、生活に根付いたものはそう変わりはしない。」


「なるほど……。主様のおっしゃる“文化”という考えが私にも分かってきたような気がします。」


「各地を旅することは面白いだろう。世には興味深いことが知り尽くせないほどに溢れている。私の知識欲の根底にあるものだ。」


「確かに、私も旅は好きです。いずれ主様とも色々な場所へ行ってみたいものです。」


「……そうだな。いつか、行ってみるとしよう。」







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