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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第四章 砂漠に在りし忘られの想い
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78 秘めたるは意味


「――主様。」


「どうした。」


「その前に、私にお任せくださいませんか。言葉が伝わればですが、聞けることはあると思うのです。」


「……む。分かった。」


 許可を貰ったサンは半歩だけ前に出て女に近づくと、口を開いた。それは、ラツアの言葉だ。


「私の言葉が分かりますか?」


「……少し、分かる。」


「ではまず、あなたの名前を教えてくれませんか。」


「……イキシア。」


「イキシアさん。私たちは今宵ここに招かれ、下の部屋で襲い掛かられました。彼らの目的をご存じですか?」


「奴らは金が欲しかっただけ。あんたらは身なりが良い。それだけ。」


「お金、ですか……。では、実現派と理想派とは?」


「サーザールの派閥。我々はサーザールの誇りを忘れざる真の戦士だが、実現派を名乗るあいつらは誇りを捨てた屑ども。」


「サーザールの誇りとは?」


たん!とイキシアが地面を踏んで音を鳴らす。


「誇りは誇り。我々は民人の平穏と魂を守る戦士。その為にこそ刃と魂を懸ける。」


「では、実現派は?」


「奴らは目的の実現こそ至上などとのたまう愚か者。その為なら守るべき民人を傷つけることも厭わない。」


「……理想派と実現派は敵対しているのですか。」


「敵対までは、していない。だが、決して行動を共にはしない。」


「では、あなたはここで何を?」


その質問に対し、イキシアは露骨に言葉を濁らせた。答えにくそうに間をおき、身体を揺らす。


「……奴らを見張っていた。」


「見張る、とは?」


「……そのままの、意味。」


「主様と私が招かれた時もそこで見ていたのですか?」


「……。……そう。」


「主様でなく無辜の民人であったなら、殺されていたと思うのですが。」


「……。」


 イキシアは沈黙で返した。その様子から察するにその言葉の矛盾を自覚しているか、あるいは嘘があるのだと当たりをつける。




 「――如何致しましょう、主様。彼女の処遇と、今後の行動について。」


「……さて、どうするか。この女を介しサーザールを利用すれば、我々の目的にも役立つか。」


「では、イキシア。あなたの仲間は今どこに?」


「この街に居るのは私だけのはず。後は……方々の街。」


「どれほどの人数が居ますか。」


「……正確な数は知らない。でも、そんなに多くは無い。」


「あなた方は例えば、人を捜すのは得意ですか?」


「……得意、だ。」


「……ということです。主様。」


 贄の王は口元に手を当てて少し考える。そして何故か、サンの頭に手をぽふ、と置く。


「ふむ……。どうしたものやら。嘘をついている可能性もある。これ以上このサーザールに関わることは利点になり得るか……。」


ぽふ、ぽふ。


「だが、現地を知り尽くしている者はそれでなくとも利用価値はある。この女一人でも使えるか。」


ぽふ、ぽふ、ぽふ。


「……あの、主様。」


「どうした。」


「その、なぜ私の頭を……。」


「……ん?すまない、無意識だった。」


「い、いぇ……。」


こちらを見るイキシアの視線が痛い。不愉快では無いが、恥ずかしいので許して欲しいところである。




 微妙な沈黙が流れたあと、イキシアが唐突に語りだす。


「頼みがある。実現派の奴らとは言えたった二人で皆殺しにした、あんたらは強いんだろう。」


「頼み、とは厚かましいですね。イキシアさんは主様と私を見殺しにしたようなものですよ。」


「……それは……その、謝罪する。だが、どうしても頼みたい。」


イキシアはそう言って片膝をつく。頭を下げたりはしないが、その態度には確かに殊勝さが見えた。


 「判断するのは、私ではありませんので……。」


「では、男。私の頼みを聞いてくれ。どうか、頼む。」


「聞くだけは、聞いてやろう。」


「奴隷商人タジクを殺したい。手伝って欲しい。」


「我々の見返りは何だ、女。」


「……私の、協力。」


「不要だと言ったら?」


「……出来る事なら、何でもする。」


「何が出来る。」


「……殺し、隠密、夜伽、案内。」


「よとぎ……?」


「サン、忘れろ。

……役立つのは、案内くらいか。ふむ……。」




 「よし、いいだろう。手伝ってやる。」


「本当にか!感謝する……!」


「だが、今宵はもう遅い。明日集合としたいが、この女をどうするか。サン、何か思いつくか。」


「……確かに、このまま逃げられては少し……。いっそ、城に連れ帰ってしまいますか。」


「なるほど。確かに逃げようも無いな。適当な一室に閉じ込めておこう。」


「な、何だ。私は何をされる。」


「では、転移する。」






 贄の王はサンとイキシアを連れて魔境の城に転移した。そこは謁見の間の正面、中央廊下の終わりである。


「は?何だ、ここはどこだ?何が起こった?」


「サン。適当な一室を宛がってくれ。そこに閉じ込める。」


「分かりました。では、宮殿の方に――。」




 サンが城の南部分――宮殿の無数にある客室の一つに案内すると、贄の王が何かしらの術を施したらしく、窓もドアも一切開かなくなり完全に出られない状態となった。


「サン、後は任せる。お前自身は転移で脱しろ。」


「はい。分かりました。それでは、本日はお休みになられますか?」


「そうする。では、また明日の朝にな。」


「お休みなさい、主様。良い眠りがありますよう。」


「お前もな。」


サンは深々とお辞儀をして贄の王が転移で自室に帰っていくのを見送った。贄の王は最後に下げられたサンの頭をぽふ、と撫でると姿を消した。




 「それでは、この部屋をイキシアさんに与えます。明日の朝、私が迎えに来るまで大人しく過ごしていてください。魔法は使えますか?」


「いや、魔法使いでは無い。というか、ここは……。」


「でしたら、私がある程度の水を用意しておきます。この部屋にある物は自由に使って構いませんが、他に必要な物はありますか?」


「いや、多分、無い。」


「それでしたら私もこれにて失礼をしますが、他に聞くことはありますか。」


「聞くこと……?」


たん、とイキシアが床を踏んで音を鳴らそうとするが、柔らかなカーペットに阻まれて何も鳴らなかった。


「多すぎる!ここ、どこだ!?お前たちは何者だ!あの黒いのは何の術だ!いったい……ええい!」


「では、順番にお答えします。ここは主様の城で、私も住まう場所です。何者か、という問いにはお答えできません。主様にお聞き下さい。」


サンは権能を用い己の右手に”闇“を浮かべて見せる。


「黒いの、というのがこれの事でしたら、これは”闇“です。……ほかに、何か?」


「いや……。もう、分からん。さっきまで家の中にいて、城?にいて……。闇?なんのことだ……?」


「特に無いようでしたら、私はこれで……。」


「無い……?無い、のか……?無い……?」


「では、明日の朝またお迎えに上がります。どうぞごゆっくりお過ごしください、イキシアさん。……それでは。」


「えぇ……。」


 サンはその場で小さくお辞儀をすると転移で自室に帰った。そしてさっさと入浴、就寝の支度をして眠った。






 翌朝。

起床と身支度を終え贄の王を起こしにかかる。今日は珍しく二度寝せずに主が目覚めた。着替えを促し、その間に朝食の準備。少し前から二人分になったそれらを持って主の居間へ。既に目覚めきり、座って待つ主に配膳。向かいに自分の分も用意し、主と共に頂く。

最早完全に慣れたルーティンと化していたが、考えてみればサンがこの魔境にやってきてからまだたったの半年しか経っていないのだ。


「そうか、まだ半年だったか……。どうも、時間の感覚が危ういな。もうずっと昔からお前が居るような気がしてきている。」


「私も、ここに来たのはもう遠い昔のような気がしています。」


「願わくは――。いや、何でも無い。」


願わくは――。

その先に続く言葉を思い描くのは実に容易だった。なぜなら、それはサンが口にしたかった言葉と同じに違いないからだ。

その想いを共有出来ていることが何より嬉しかった。

同時に、その先を口に出来ないことが何よりも苦しかった。


 なぜならば、目の前にいるのは“贄の王”。

いずれ必ず、“神託者”によって打ち倒されることが必定の存在。


 宿命に抗わんとするサンの決意は固い。それでも、その“先”を続けられないのは、果たして弱さなのだろうか。


 ならば――。


「――はい、主様。いつまでも、いつまでも、この”今“を続けていきましょう。」


 サンは笑う。

平穏に安らぐように、穏やかな顔で。

宿命に挑むべく、獰猛な顔で。




 「――そうだな。あぁ、きっと。」


だから、それを見た”彼“もそう返す。


 ひどく、優しい笑みを浮かべていた。






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