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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第三章 夜陰に踊りて演じる舞台
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74 舞台後の貴賓席

贄の王は懐かしい思いに囚われた。そこはかつて何度か歩いた場所。父王の背を眺めた思い出が蘇る。


 今、懐かしいその椅子に座るのは父王では無い。かの王は自分が”贄の王“として魔境に去ったのち、崩御している。今その背を見せているのは、記憶にあるより幾分年老いた弟だった。


 「……久しいな、弟よ。」


そう声をかける。ここに居るのはとうに気づかれているはずだが、弟にして現ラツア王は振り向きもしなかったからだ。


 「一体誰かと思えば……。まさか貴方に今一度お会いすることになるとは思わなかった。……兄上。」


ようやく、ラツア王は椅子を引いて身体を後ろに向ける。


 その黒い髪、青い瞳。どこか自分と似ているのは、二人そろって父親似だからだ。


 「生きているとは思わなかった。10年も経つというのにあの頃のままだ。……まさか、本当に悪魔になっているとは。」


「そうだな。私としても、まさかまたここを訪れることになるとは。」


「それで、悪魔”贄の王“が何の用だ。我らラツアはとうに贄を捧げたはずだが。」


「聞きたいことがある。――教会から盗み出した本のことだ。」


「なんだ……。どこまで知っている。」


「それほど多くは知らん。カールと名乗る盗人に本を盗ませ、既に受け取っているはずだな。」


「名前なんぞは知らないが、確かに本ならある。だが、わざわざ兄上に見せるとでも。」


「見せてもらうとも。教会の秘、私も追っているのだ。」


「……私の求めた事は書かれていなかった。もういらん。好きに処分しろ。」


「ならそうさせてもらおう。」


 ラツア王が右手を軽く振ると本棚の一冊が宙を舞って傍に来る。それは随分と大きな本で、厚さはそれほどでもないが、大きさは人の胴体ほどもある。


 贄の王がそれを“動作”で受け取ろうと右手を軽く伸ばすと、何かがその右手を叩いた。それは銀の剣だった。


 「……忌々しい。斬り落としてやろうと思ったのにな。」


「悪いが、人の剣など通じない。私を殺したくば、”神託者“を連れてこい。」


「”贄の王“の伝承か……。ふん。」


 銀の剣を無視して本を受け取り、転移で魔境の城に飛ばす。目の前で起きた超常現象に対し、ラツア王は眉一つ動かさない。


 適当に礼を述べて去ろうとする贄の王を、ラツア王が引き止めた。


「兄上。最近この都を騒がせている“従者”とやらを知っているか?なんでも、強力な魔法使いだとか。」


「知っているが、それが何だと?」


「さて、一体何者の”従者“なのだろうと思ってな。……偶然とは思えん。」


「さてな。お前こそ、一体どこまで知っているのだ。」


「私はこの都の王だ。どこぞへ消えた兄上では無く、この私が。手に入らぬ情報など無い。」


「そうか。せいぜい誇ればいい。」


「……本当に、忌々しい……。兄上など初めからいなければ良かった。あんな戦争など起きず、国の名を捨てる屈辱も無かった。」


「王位は初めからお前にやると言っていただろう。知った事ではない。」


「勝手な!お前など、生まれなければよかったのにッ!ラヴェイラを捨てたばかりか、“贄の王”なんぞ悪魔に身を落として!」


「どれも私が望んだことでは無い。それこそ神でも恨め。」


「居もしない神を恨んで何になろうか。せめて兄上の首は俺が落としてやるつもりだったというのに。」


「それはすまなかったな。その思いは“神託者”に託してくれ。」


「ほう。ということは既に現れているのか。これは良いことを聞いた。兄上の死体すら見れぬのが口惜しいが。」


「こうして生きている姿だけで満足してくれれば助かる。……用件はそれだけか。」


「そんな本を持って行って何になる?悪魔のくせに、助かる道でも模索しているのか?」


「単に知りたいだけだ。この世界の仕組みを。」


「仕組みか。俺が教えてやろう、兄上。それは怒り、恨み、絶望の連鎖だ!」


「そうかもしれんな。何にせよ、幸福なもので出来ていないことは確かだ。」


「忌々しい、忌々しい……。

あぁ、そうだ。先の”従者“なる者だが、危険だろう?既に各国と教会に教えてある。見つけ次第殺せ、と。」


「……それで?」


「各地の神官騎士団が動いているのだ。何でも、ファーテルの方で団長が殺されたとか。それも、”従者“の仕業かな?」


「さて、知らんな。」


「そうだな、兄上には関係無いことであろう。私としては、ある日突然”従者“に襲われないか心配で仕方ないが、兄上は刃の通らぬ悪魔であるからなぁ。」


「あぁ、そうだな。全く恐ろしくも無い。

――ところで、本など盗ませたのは何が知りたかったのだ?」


「決まっている。“贄捧げ”の避け方だ。私の死ぬまでに、再び必要にならんとも限らん。王族の責務など少ない方が良い。」


「つまり、死にたくないだけか。」


「私は人間なのだよ。死を恐れるのは実に人間として真っ当な感情だろう。」


「さて、生きるために母を殺すのが真っ当な人間かは疑わしいがな。」


「自分で望んだようなもの。本望であろう。」


「……“贄捧げ”を避ける方法など無い。呪われた大地を祓うのは、“贄”だけだ。」


「貴様……!」


「ラツアの”贄“は王の血から選ばれる。生い先短い老後、子どもらに殺されぬようにな。自分がしたことと同じことをされるのはつまらんだろう。」


「黙れ!母も奴らも、俺の敵だった!殺されるのは当然だ!」


「何とでも言え。ただ、貴様の手は血に塗れていることを忘れるな。」


「貴様がそれを言うか!誰にも望まれなかった呪い子が!」


「誰にも、とは言いえて妙だな。私自身、望まなかった。」


「ならば死ね!ここまで生き抜いてしまった己の罪を死でもって贖え!」


「それが出来るなら、そうしてやってもよいがな。

――さて、そろそろ私は帰るとしよう。息災でな、ラツア王。」


「消えろ!二度とその醜い顔を俺に見せるなァ!!」







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