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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第三章 夜陰に踊りて演じる舞台
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72 第四楽章:対決


 サンの駆る馬車は人気の無い港に着いた。そこはフランコの同業たちが牛耳る場所らしく、つまるところ裏社会御用達の港だ。今は、誰も居ない。


 適当な物陰に馬車を停めると、後ろに回って移送馬車の戸を開けようとするが、当然錠がかかっている。


 そう言えば、と思い立ち移送馬車に着いた格子窓から中を覗く。カールが一人ぐったりと壁に寄りかかって座っていた。どうやら、無事なようだ。


 仕方ないので戸の開放は諦めて、格子窓越しにカールに声をかける。


「あなた、聞こえますか。」


「……あぁ、聞こえてる……。もう少し、安全運転が出来ないもんかね……?」


 意識もある。無事でもある。ならばむしろ、拘束されている事は好都合かもしれない……。サンはそう判断し、ようやくこの男が”神託者“かどうか確かめることにする。


 「……あなたに聞きたい事がいくつかあります。答えてもらえますか。」


「なんだ……。一応助けてもらった身だ。出来る限り答えるさ。」


 サンは一度唇を濡らし、緊張の唾を飲み込む。もし、この男が”神託者“であれば――。


「……あなたが教会から盗んだものとは、何のことですか。」


「あん……?それを知ってて、じゃないのか……?

まぁいいや。古ぼけた本一冊だよ。まだ、何が書かれてるか知らねぇけどな。」


「本……?それは一体、どのような?」


「人の胴体くらいのデカいヤツだ。苦労したんだ、あれを運び出すのは。」


「……他に、盗んだものはありませんか。……例えば、剣、とか。」


「剣……?いや、知らねぇな。何のことだ。」


 ――知らない……。

その言葉を信じるならば、この男は神託者ではない筈だ。盗んだ本と言うのも気になるが、何としても“神託者”でないという確証を得なければ。


 「ほ、本当に、知りませんか?古びてぼろぼろの剣で、見れば一目で分かるはずなのです。」


「いやぁ、知らん。なんだってそんなもの盗んでこなきゃならないんだ。」


「大事な事なのです。本当に、何も隠していないのですね?」


「本当だ。剣なんて俺は知らん。俺が盗んだのはデカい本一冊。それだけだ。」


 その言葉に、嘘は無いような気がした。


つまり、この男は。

――”神託者“ではない……。


 何とも言えないささやかな安心感と大きな徒労感がサンを包む。“神託者”ではない。つまり、外れだ。




 苦労したから報われるとは思わない。

だが、苦労した分だけ結果を期待したくなるのも人だ。サンは心のどこかでこの男が”神託者“に違いないと思っていたのかもしれない。


 ならば、最早権能を隠す意味は無い。サンは馬車の戸から一度離れると、錠に”干渉“して破壊した。正確には、錠の輪の部分と鍵の部分の結合を切り離した。


 戸を開ける。訝し気な顔をするカールの目の前に、”闇“を浮かべて見せる。


 カールは最初ぽかんとしていたが、やがてその顔が恐怖に歪み始める。


「ひっ……。な、なんだよ、それ。や、やめてくれ、近づけるな!」


「これは”闇“です。これを見て、思うところはありませんか。」


「やめろ!そんな、おぞましいものを俺に見せないでくれ!」


「いいえ、見てもらいます。もし、あなたが私の捜している人物ならば……。」


「やめろ、やめてくれ!頼む!いやだ、いや、やめてくれぇえ!!」


その恐怖の仕方は尋常では無かった。サンにはむしろ心地よくすら感じられるこの”闇“が、この男には何に見えているのだろうか?


 サンは”闇“を消す。恐怖の涙で顔をぐしゃぐしゃにするカールを見て、”ああ、この男は違う“と思った。


 ふぅーっと大きく息を吐いて、カールを拘束する枷を権能で破壊する。


 何が起こっているのか分からないままだが、その心を支配する恐怖が未だ消えないのだろう。カールはひぃひぃと苦しそうに喘いだ。


そのまま迎えが来るのを待っているように、と言い残して馬車の外に出る。天を見上げれば、明るい太陽がひどく皮肉げに見えた。






 その違和感にはすぐに気づいた。だから、対処することも出来たのだ。


 その場から大きく飛び退り、”水“で自分の身を包む。ついさっきまでサンが立っていた場所に大きな爆発が起こるのはその直後だった。


 着地すると同時に周囲の水を払いのけ、今の攻撃の元を探す。


「動くな!!」


声の方を振り向けば、そこに居たのは――。


 ライフルを構えたルシアーノがサンを睨んでいた。


「ル――。」


ルシアーノ、と言おうとして、口を噤む。今の自分がまさかサンだと気づいてはいないだろう。いたずらに正体を明かす訳にはいかない。


 「俺の予想は恐ろしく当たるな。船で離脱するつもりなら、ここしか無いと思った。ここに居れば、絶対に来ると思ってたぜ。”従者“さんよ。」


ルシアーノの周囲には黄色い軍服に身を包んだ兵士たちが両手を突き出すように構えていた。見れば分かる。魔法兵だ。


 思えば護衛に魔法兵が居ないのを疑問に思うべきだった。護衛に全力を割くよりも、カールの身柄を奪われた時の奥の手として魔法兵たちを残していたのだろう。確かに、サンの魔術の腕ではこの数の魔法兵相手には無力だ。


 フード越しにルシアーノを睨む。つくづく、厄介な男だと思う。この男さえいなければ、カールを確保するのはもっと簡単だったし、最初の奪還が失敗することも無かったはずだ。そして、今この局面。本当に、厄介な男だった。


 「投降しろ。さもなくば、撃つ。」


周囲の魔法兵たちも各々、その手に魔法の準備をしている。サンが何の魔法を撃っても対抗され、即座に反撃してくるだろう。強力な魔法で薙ぎ払うには詠唱の時間が無い。普通に考えれば、詰みである。――普通の魔法使いであれば、だが。


 サンはその場で転移。ルシアーノ達の背後に音も無く移動する。そのまま”雷“の拳銃を抜き、最も近い魔法兵に発砲。


 何が起こったか分かっていないルシアーノと魔法兵たちだが、銃声が響けば当然そちらに振り返る。だが、目にしたのは血を噴いて倒れる仲間が一人。


「『我は雷竜。うたうもの。天地を駆けるは我が翼――。』」


 どこからか詠唱が響いてくる。魔法兵たちはその出所を探すが、見当たらない。敏い何名かはすぐさま対抗魔術の詠唱を始める。


「『地よ、土よ、母なる大地よ。我らの願いを聞き届け、我らの願いを叶えたまえ――。』」


「『我に仇成す不届きものよ。我の怒りを教えよう。我の力を知らしめよう――。』」


「『我らが乞うのは奇跡の守り。我らを襲う稲光より、我らの身を守りたもう――。』」


「『天地に轟き、雲を割き、空を割る。我は雷竜。我のうたは、走る雷光――。』」


「『いざ、あれかし!あれかし!“聖大地の守雷陣”!』」


ルシアーノと魔法兵を囲むように、銀色の陣が浮かび上がる。それは四方に銀の塔を立て、落雷を逸らして身を守る“土”の魔法である。


「『耳に聞け。我が咆哮。目に焼き付けよ。我が威光。“雷竜の息吹”!』」


天空に眩い光が生まれる。太陽のように明るく、太陽よりもずっと近い。


 そして、雷が落ちる。


 音よりも速く、轟音を置き去りにして大地へ走る。それに打たれれば、人間の身など脆いものだ。


 だが、如何に魔法とて自然の理には逆らえない。如何に魔法の雷とて人間よりも銀の塔に落ちるのが道理。雷は銀の塔に流れ、それを伝って大地へ消えるだろう。ゆえに“聖大地の守雷陣”は“雷”に対する対抗魔術なのだ。――それが、道理のはずである。


 だがその雷光は四方を囲む銀の塔を無視した。真っすぐに人々に向かって落ち、広がる雷がその身を貫いた。


 それは世の理を直接捻じ曲げる“贄の王”の権能によるもの。サンが一人に打ち込んだ弾丸は何よりも優先してサンの魔法を引き付ける。ゆえに倒れたその身体を目指して雷は走り、その後たまたま近くにいた人間たちもついでとばかりに貫いたのである。


 魔法兵とルシアーノが地面に倒れ伏す。術者が倒れ、“聖大地の守雷陣”は消えてしまう。四方に立った銀の塔も再び地中に姿を消し、後には何も残らない。




 魔法兵たちが必死に周囲を探してもサンが見つからなかったのは当然である。何故なら彼女の身は遥か上空にあり、“飛翔”の魔法でその身を浮かべていたのだ。


 倒れたルシアーノの傍に転移する。まだ、息はあるようだ。


 実際、“雷竜の息吹”は人を殺すに足りる雷を落とすが、その着地点はあくまでサンの弾丸。その大半はそのまま地面に流れてしまったし、ルシアーノは弾丸よりも一番遠いところに立っていた。それでも奇跡的だが、どうやらルシアーノは命を拾ったらしい。


 周囲の魔法兵たちはピクリとも動かないところを見るとダメだったようだが、こうしてルシアーノ一人助かったことは何ともおかしな偶然だ。


 サンが近くに寄ってくるのに気づくと、ルシアーノは碌に動かない身体で拳銃を抜こうとするが、痺れに勝てず取り落としてしまう。


 「く、くそ……。この、野郎……。」


「あなた一人助かるとは何とも偶然ですね。運命とやら、本当にあるのかもしれません。」


「……あ?……その声……?」


 サンはゆっくりとした動作でフードを外す。その美しい金の髪が太陽に照らされ、空色の瞳がルシアーノを射抜く。


「は、はは、は……。な、なんだ……。生きて、いたのか……。」


ルシアーノはがくりと力を抜くと、ひどく安心したような安らかな顔を浮かべた。


「恨まないのですね。私はあなたを騙したと思うのですが。」


「いいさ……。生きていてくれて、よかった……。」


「……お人よしですね。……あなたは厄介でしたが、嫌いではありませんでしたよ。」


 それだけ言うと、サンは再びフードで顔を隠す。顔を上げて振り返れば、ちょうどフランコたちが角から姿を現すところだった。







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