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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第三章 夜陰に踊りて演じる舞台
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71 奪還作戦


 ぱちり、と目を開ける。


 どうやらいつの間にか眠ってしまっていたらしい。カーテンを開けてみれば、すっかり朝だった。




 サンがフランコの第二のアジトに来てから今日で4日目だ。カールの移送が夜に行われる事はないだろう、という事なので眠るときは城の自室に帰っていたのだが、昨晩はついそのまま眠ってしまっていたらしい。


 このアジトに来てからの時間はやけに長く感じていた。というのも、カールの移送がいつ行われるか分からないためにアジトを離れられないからだ。アジトの中では特にやる事も無いため、城から持ってきた本を持ってきて暇を潰していたのだが、それにもそろそろ飽きてきた。


 身体をほぐすように伸びをする。寝支度を整えないまま眠ってしまったせいで髪も乱れて身体も何だか気持ち悪い。一度城に帰って身支度を整えてこよう、と思った矢先、ドアがノックされる。フードを深く被り直してから返事をすれば、やけに控えめにドアが開けられる。顔を覗かせたのはフランコの部下の女だった。


「おはようございます。何用ですか?」


「おはようございます、”従者“様。フランコさんがお呼びなのですが……。」


「分かりました。すぐに行きましょう。」


 女に案内されるまま向かった部屋ではフランコが身支度も整えた状態でソファに座っていた。どうやら、ちょっと寝坊してしまったらしい。


「おはよう、“従者”さん。ご機嫌如何かな?」


「おはようございます、フランコ。いい加減、退屈が辛くなってきた頃ですね。」


「それなら、きっと朗報だね。彼の移送が行われるよ。今日の昼過ぎだ。」


「ようやくですか……。」


「既に部下たちには作戦の準備に向かわせてる。“従者”さんも必要な準備を整えておいてくれるかな。まぁ、まだ時間はあるから焦らなくて良いはずだよ。」


「分かりました。それでは、一度主様の下に帰ります。作戦の時間前には戻ってきます。」


「はいはい。いってらっしゃい。」


 サンはその場で城の自室に転移する。既にフランコたちの前では何度も見せているため、今更隠す必要も無いのが楽だ。


 城の自室でてきぱきと身支度を整え、贄の王の部屋へ向かう。


 寝室のドアをノックすればすぐに返事が返ってくる。中に入れば、ちょうど目覚めたらしい贄の王がベッドから這い出すところだった。


「おはようございます、主様。」


「あぁ……。おはよう……。」


「申し訳ありません、少し私も寝坊してしまいまして……。すぐに朝食をご用意致します。」


「あぁ……。頼む……。」


「主様。もう一度眠ろうとしないで下さい……。さぁ、お手伝いしますから。」


「あぁ……。」


 どうも寝起きの主は子供みたいな言動をしがちだ。その身体を助け起こし、無事ベッドから立ち上がらせることに成功する。立ち上がった贄の王は半分眠った顔のまま寝間着を脱ぎだす。


「あ、主様!まだ私が、私がいますから!」


「あぁ……。」


慌てて目を逸らしながら寝室を出る。男性の着替え姿など恥ずかしくてとても見ていられない。普段は主も気を使ってくれているのだが、たまに寝ぼけて行動するのだ。


 台所に向かいながら視界にちらりと写り込んだ主の肌を必死に忘れようとするサン。本音を言えば見てみたい気持ちもあるのだが、そんな自分をはしたないと叱りつける。異性の肌を見たがるなど淑女にあるまじき行いである。


 心を無にしながら朝食を用意して主の下へ。居間に入れば、すっかり目覚め切っていつもの雰囲気を取り戻している贄の王が座って待っていた。


「朝食をお持ちしました。主様。」


「助かる。」


 主の食事中はあまりやる事が多くない。飲み物を注いだりはするが、基本的に主は自分の事は自分でやりがちなのだ。


 「……そういえば、お前はいつも朝食をどうしているのだ。食べていないのか?」


「大抵は、主様をお起こしする前に食べてきています。今日などは何も食べていないので、後で暇を見つけて取るつもりです。」


「そうか……。二度も用意するのは手間では無いか?ここで取ればいいだろう。」


「そんな、主様と同じ場所でなんて、恐れ多いです。」


「気にするな。どうせ我々二人しかいないのだ。その方が効率的でもあろう。」


「し、しかし……。」


「なら、命令してしまうぞ。私と共に朝食を取ってしまえ。」


「ぅ……。わ、分かりました……。では、明日からそのように致します……。」


「うむ。」


どことなく満足げな主に対し、サンは内心冷や汗を流している。従者に過ぎない自分に主人と共に朝食を取れと言うのだ。ちょっと嬉しいのも本音ではあるのだが、あまりに恐れ多いではないか。




 「それで、今日はどうするのだ。また例の男の移送とやらを待つのか。」


「それが、今日の昼過ぎに移送が行われるそうです。奪還作戦は今日に決行されます。」


「む……。くれぐれも身には気をつけろ。断じて死ぬことは許さん。」


「はい。必ず。」


「私に出来る事があればいいのだが……な。」


「主様に直接ご足労頂くなど……。そのお気持ちだけで大変光栄です。」


「……もし危険が身に迫るようならば、躊躇なく私を呼べ。“神託者”と衝突の可能性があるとは言え、逃げるだけならば問題無いはずだ。お前を失いたくはない。」


その言葉には流石に悶えそうになる。“お前を失いたくはない”など!従者冥利に尽きると言うものである。


「ぁ、ありがとうございます……。その、光栄です。」


「本気だぞ。手遅れになる前に私を呼べ。いいな。」


「は、はい。」


心からその辺で勘弁して欲しい。大切に思って下さるのは本当に嬉しいが、そこまで言われてはそろそろ耐えられない。




 「それでは、行って参ります。」


「あぁ。お前なら成し遂げるだろう。気をつけろよ。」


「はい。ありがとうございます。」


礼をして御前を失礼する。その場でラツアのアジトに転移をする。


 フランコに戻ったことを伝え、与えられている個室で装備の点検を行う。サンが準備しなければならないことは余り無いのだ。




 そのまま個室で幾ばくかの時間を過ごせば、控えめなノックの音。どうぞ、と言えば朝と同じ女が顔を覗かせる。


「フランコさんがお呼びです。そろそろ、向かうとか。」


「分かりました。私もいつでも行けますよ。」


 階下に降りてフランコと合流する。彼も何やら重厚なコートに身を包んでおり、戦闘準備は万端のようだ。


 「やぁやぁ、“従者”さん。決行の時刻が近い。ぼく達は出発するよ。」


「はい。私もそろそろ予定の場所に向かいます。」


「うんうん。後は、作戦通りに頼むよ。……それじゃ、また会おう。お互い、無事な姿でね。」


「えぇ。無事に。」


 フランコは表の馬車に乗り込むとそのまま発つ。彼の役目は護衛との戦闘、その引き剥がしの指揮だ。


 本人も前に出て撃ちまくるつもりのようで、最悪はこれで今生の別れにもなるだろう。だが、サンは悲観していなかった。きっと、また会える。そんな気がしていた。




 見送りを済ませたサンは自身も予定の場所へ転移で移動する。そこは通り沿いの建物、その最上階にある使われていない部屋だ。建物自体フランコたちの所有らしく、襲撃地点を背後から見えるように手配された場所だ。タイミングを計って、ここから階下へ転移。単身突撃するのだ。


 馬や馬車は必要無い。襲撃地点の通りは建物に挟まれており、その隙間から走れば距離はそこまで無いのだ。もちろん、そういう場所を選んだからなのだが。


 窓からいたずらに体を晒さないよう気をつけながら眼下の通りを監視する。場所がら、移送隊が見えるのはサンが最後のはずだ。




 そのまま監視を続けることしばらく。ついに移送隊が姿を現した。鉄製の移送馬車を中心に、前後を数台の戦車が挟む。脇を騎兵たちが固め、その手には重厚なライフル。


 護衛は当然のように皆黄色い軍服に身を包んだ兵士で、全員が完全装備だ。予想通りとは言え、実際目にするとその威圧感は相当なものがある。


 移送隊はやがて襲撃地点に差し掛かる。


 その時、先頭の戦車の傍に何かが投げられた。どかぁぁん!!とそれが爆発した。爆弾だ。


 それは作戦開始の合図でもあった。建物の影から続々と人間が飛び出しては、移送隊に向けて発砲する。


 襲撃を予想していたのだろう、初撃の効果はあまり大きくなかった。もちろん先頭の戦車は破壊されたし、何騎かの騎兵は倒れた。だが、移送隊の護衛のほんの一部でしかない。整然とした反撃に、むしろ襲撃側の方が被害を出してしまったかもしれない。


 通りの影から続々と馬車が飛び出す。それらは移送隊に向けて疾走し、ある程度の距離まで来ると御者が飛び降りる。そのまま移送隊に向かって突撃する馬車――。


 どぉおおん!どどぉおん!!


突撃した馬車たちが続けて爆発した。どうやら、爆弾を積んでいたようである。これには移送隊も流石に打撃を受ける。隊列は乱れ、戦車もまた一台失われる。その隙をついて、再び一斉に発砲が始まる。ばたばたと騎兵が倒れ、隊列はより乱れる。襲撃者たちは一気に駆け出し、乱戦に持ち込んだ。


 勢いづく襲撃側の攻撃にまたも数騎の騎兵が倒れる――。


 だが、そこが最も優勢な場面だった。そもそも襲撃側は寡兵なのだ。その上に、相手は訓練された軍隊である。徐々に統制が取り戻され、襲撃側が次々と命を落としてしまう。堪らず、乱戦からゆっくりと引いていく襲撃者たち。


 兵士たちはそれを追撃する。追撃するために、移送馬車から少しずつ、少しずつ距離が離れていく。


 ここだ、とサンは階下、通りに面する建物の影、襲撃者たちと反対側に転移する。目に入るのは、片側の護衛が居なくなった移送馬車。


 サンは疾走する。移送馬車の御者めがけて。


 走りながら左手に”土“を、右手に”風“の魔法を準備する。


 十分に距離が近づいたところで“土”の魔法を足元に放つ。衝撃がサンの足を叩き、その勢いに合わせ跳びあがる。御者がサンに気づく。だが遅い。


 右手の“風”の魔法を放つ。それは御者に命中し、その身体を御者席から弾き飛ばした。


 そのまま御者席に着地。素早く手綱を握り、一気に駆け出す。


 周囲の護衛達もサンに気づいた。慌てて、サンにその銃口を向けるが、急加速する馬車の御者席に命中したものは一つも無かった。


 正面の戦車を避け、建物の壁にがりがりと派手にぶつけながら歩道を走って抜ける。


 護衛たちが一斉に追おうとしたタイミングで、引いていた襲撃者たちが一斉に襲い掛かってその足を止めさせた。移送馬車との距離はみるみる離れる。


 サンは成功に指先が触れたことを実感する。だが油断はせず、移送馬車を全力で駆けさせる。必死に、必死に、走る。銃声が、怒号が、どんどんと遠くなる。


 予定していた道順を駆ける。この時のために、必死に地図を頭に叩き込んだのだ。ほとんど見たことも無い道路、記憶を頼りに駆け抜けていく。


 途中、道を行く馬車が先を塞げば派手にぶつけて道を空けさせる。人を撥ねないよう気をつけつつ、時に歩道を走らせてひたすらに先へ。


 いつしか、背後から銃声も馬の足音も聞こえなくなっていた。






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