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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第三章 夜陰に踊りて演じる舞台
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68 第三楽章:戦争


 全身に風を感じる。眼下に広がるのは夜の闇。遥か下には草花の庭園があるはずだが、明かりが無いために真っ暗だ。まるで、地獄の底まで落ちていくような錯覚。


 長い一瞬のあと、サンの身体が地面まであと少し、というその瞬間にサンは己に宿る権能――“闇”の魔法、“飛翔”を使う。


 己の身にかかる重力に干渉、その“方向”を徐々に逆転させる。


 落下の速度は見る間に落ち、地面に叩きつけられて粉々になるはずだったサンは、強かに打ち付けられるだけで済む。――若干、“飛翔”の発動が遅かったらしい。




 「……いったぁ……。」


 ちょっと涙目になりつつ”飛翔“を解く。さっきから失敗ばかりでちょっと心が辛くなるが、サンは耐える。幸い落ち方に気をつけたおかげで怪我は無いようだ。痛いが。


 遥か上を見上げてみると、サンのいる庭園と違ってバルコニーには明かりがあるため、夜空にぼうっと輪郭が浮かび上がっている。サンのほぼ真上に見える僅かな白色はルシアーノのシャツだろうか。遠いせいでよく見えない。


 目の前で飛び降り――生きているが――を見せられたのだから驚いただろう。彼には悪いことをしてしまった。


 だが、今は些末だ。


 そのまま上を見続けると、ルシアーノらしき白色は引っ込む。それ以外、例えばカールらしき影が下を見下ろしてきたりはしない。


 “闇”の魔法を悟られた可能性はまだあるが、一先ず危機は去ったようである。


 ルシアーノによって手詰まりを迎えたサンが苦肉の策として思いついたのが飛び降り、”飛翔“による着地、である。


 “神託者”の可能性があるカールの目の前で“闇”の魔法を使う訳にはいかなかったが、使わなければ脱出は出来ない。せめて最小限の使用に収めようとした結果、こういう形になった。収めすぎて痛かったが、取り敢えずは成功である。


 もちろんカールが“神託者”でも何でも無い可能性もあるわけだが、願望で行動して取り返しのつかない事態を生むわけにはいかない。


 とても痛かったが、取り敢えず無事なのでさっさとそこから移動する。万一確認に降りてきたルシアーノと鉢合わせたら堪ったものでは無い。その場合は見つからない遺体に首を捻るだろうが、どちらにせよサンは離脱した後だ。


 ”闇“の魔法の使用を控える為に歩いて離脱し、十分にホテル・ヴィーノの建物から離れたところで右手人差し指の指輪に魔力を込める。


 一方的になるが口頭で贄の王に連絡をするためだ。


「主様。サンです。“神託者”の可能性がある男を発見しましたが、状況により逃がしました。これより武装を整え、再度接触を試みます――。」




 連絡も終えて十分に時間も経ったと判断し、サンは城の自室に転移。


“強化”の衣装一式、“炎”の手袋、“水”のペンダント、“土”の靴、“風”のコート、“雷”の拳銃二丁、それから“闇”の剣。


武装を完璧に整え、フードもしっかりと被って顔を隠す。これでフードの不審者もとい贄の王の従者サンの戦闘態勢が完成である。




 再びラツアの都に転移。行先はフランコのアジトだ。部屋の中には数名の男女がおり、突然現れたサンに目を丸くしている。


「フランコさんはどちらに?」


「……。

……え?あぁ、上だ……?」


「ありがとうございます。」


二階の何度か入った部屋のドアを開ければ、中にはフランコがいて何やら銃を机の上に並べていた。


「おや、“従者”さん。なにか進展があったかい。」


「えぇ。見つけました。が……警察の手に。」


「あちゃー……。先んじられたか。今は、どこに?」


「行く先までは。ルシアーノという警察を知っていますか?」


「あぁ、あの変わり者か。そいつが?」


「はい。ホテル・ヴィーノに隠れていた目的の男を連れて行きました。」


「ホテル・ヴィーノ?ちっ。ウチの奴らは何してるんだ。警察を入れるなんて……。

あぁ、まぁいいや。じゃあ、今頃警察署かなぁ。」


「どうするのが最善と思いますか。フランコさん。」


「最善ね。……そもそも例の男を躍起になって捜しているのは“従者”さんの命令だからだ。ぼく達としてはそこまで関わる理由が無い。

だから、“従者”さんが例の男に一体何の用なのか、を先に聞きたいねぇ。」


「いくつか、聞きたいことがあります。その返答次第では、殺すつもりです。」


「取り敢えず殺せばいいってわけでも無いのかな?質問が先か……。」


 そう言われてふと気づく。ただ殺してしまうのが一番早い事実に。


 ただ、カールと名乗った例の男が“神託者”で無ければただの人殺しだし、“神託者”であればそう簡単に殺せるはずは無い。逆説的だが、それで”神託者“かどうかも判明するだろう。


 ただ、流石にそこまで外道な策は取りたくない。必要とあらばどんな事でも迷わないつもりだが、どうしてもの必要が無ければそんなことはしたくなかった。


 なので、実は質問が必須では無いということは伏せたままにしておく。


「……ホテル・ヴィーノから警察署ならそれなりに距離がある。道中を狙えるか、やってみよう。」


「分かりました。私も行きましょう。」


「うん。ぼくも前に出るよ。わざわざコレクションを引っ張り出してきた甲斐があって良かった良かった。」


「その銃たちですか?」


「いいだろう?自慢の品ばかりさ。……ところで、“従者”さんの銃も非常に気になるんだけど……、後にしようか。急がなきゃねぇ。

――さぁ、派手に行こうか?」






 サンとフランコは同じ馬車に乗り、道路を非常識な速度で駆けさせていた。


 途中、例の男カールの捜索に広げていた部下たちを回収しながら、ホテル・ヴィーノと警察署の最短ルートめざして急ぐ。


 既に街中でも警察と部下たちの衝突がいくつか起こっていたらしく、どこかからか銃声が聞こえてきたりもする。時折悲鳴なども聞こえてくるが、サンたちは構わずに走り抜ける。


 「う、う、う、う、う。揺れますね……。」


「まあ、こんな、速度で、駆けさせてたらね。舌を噛むよ。」




 しばらく駆けていると近い背後から銃声が聞こえる。何事かと振り向けば、警察の馬車がサンたちの馬車を追ってきていた。銃声は、近くを並走する部下たちの馬車から警察を狙ったものらしい。


「おぉ!いいねぇ!ぼくも、やるよ!」


フランコが拳銃の一つを抜きながら、馬車のドアを開けて大きく身を乗り出す。そのまま背後の警察めがけて発砲。


 サンもフランコと反対側のドアからそっと後ろを覗くと、背後の警察の馬車が盛大にひっくり返るところだった。


凄まじい音を立てながらごろごろがしゃんと転げる馬車。疾走する馬を撃ち仕留めたらしい。


「やぁったね!見たかい、”従者“さん!?」


「え、えぇ。お見事、です。」


 聞いたことも無いほどご機嫌な声を上げるフランコに心なしか引きながら褒めるサン。実際、見事ではあった。


 サンも拳銃を使う身として分かるが、派手に揺れる馬車から走る馬を狙って一撃で仕留めるなど相当凄いことだ。サンなら100発も撃てば一発くらいは当たるか、というところであろう。


 実に手慣れた様子で次弾を装填するフランコ。今は裏社会でもそれなりの地位にあるようだが、昔は彼も拳銃片手に荒事などをして成り上がったのだろうか。むしろ、今の瞬間の方が楽しそうではあるが。


 都を爆走するサンとフランコの馬車に続々と部下たちの馬車が合流していく。最早それなりの軍隊のようになるそれは当然目立ちに目立ち、警察も徒歩や馬車で続々と集合しては攻撃あるいは追走してくる。


 また一台の馬車が馬ごと転げ、盛大な音を立てながら遥か後方へ消えていく。


 フランコはドアから大きく身を乗り出しては銃撃で応戦。サンは馬車の中で大人しくしたまま周囲を窺っている。サンの役目はここで乱戦することでは無く、“神託者”の可能性があるカールとの対決にこそある。無駄に疲れるようなことをするつもりは無かった。


 きゅん!という音がしたかと思えば、サンの目の前、フランコの横を掠めた銃弾が馬車の内側にめり込む。


「ふぅ!危ない危ない!はっはっは!」


「フランコさん、前です!」


 集団の中、先頭を行っていたサンたちの馬車の前、飛び出してきた警察の馬車が前方を塞ぐように走る。そして、サンたちの馬車に向かって銃撃してきた。


 フランコは飛来してくる銃弾に欠片も怯まず果敢に応戦する。そのまま横を並走する部下の馬車に何事か指示を出したようだ。


 その部下の馬車は速度を上げて前の警察と横並びになると、一度勢いをつけてから馬車で体当たりをかました。


 警察の馬車が大きくよろけ、サンたちの前方に隙間が出来る。サンたちの馬車も同じく速度をあげてその隙間に無理やり割り込む。がりがりと音を立てながら、警察の馬車とサンたちの馬車が並ぶ。


 座席に座るサンと、警察の目が窓越しに合う。会話の出来てしまうような距離だ。


 サンは思わず屈む。その頭上をフランコの銃弾が飛び、警察の放つ銃弾も返ってくる。ひゅんひゅんと頭上を飛ぶ危険極まりない音に冷や汗を流し、流れ弾が当たらないよう“闇”で己の身を守る。


 フランコは満面の笑みを浮かべたまま、銃を持ち替え持ち替え乱射する。全てを打ち切るとその場で屈んで素早く装填。再び立ち上がり、乱射。


 「はぁっはっはっ!!楽しいねえ!」


 銃弾の飛び交う音が止み、サンが恐る恐る顔を上げれば、横でがりがりと音を立ててぶつかり合っていた警察の馬車がゆっくりと離れていくところ。御者も車内の者も皆フランコに敗北したようだ。


 一旦安心、とサンは体を上げて座り直す。フランコもその斜向かいに座ると銃の装填を済ませる。その顔は実に生き生きとしていて、最高の快楽の余韻を味わっているようだった。


 「ふっふっふ……。あぁ、感謝するよ”従者“さん。こんなに楽しいのは久々だ。」


「いえ……。お構いなく……。」




 ぎゃりぎゃりと音を立てて馬車が曲がる。壁に思いっきり押し付けられてやや苦しい。その時、サンの視界を何かが通り過ぎようとした。つられてそちらを見れば、それは一台の馬車――。


 そしてほんの一瞬だったが確かに見えたのは、御者席から馬を操るルシアーノの姿だった。


 「フランコさん!今のです!」


「見つけたか!よし!」


 身を乗り出しフランコが御者に何かしら指示を出す。すると馬車が大きく弧を描いて反転、再び加速して走りだす。




 サンはドアを開けて身を乗り出す。叩きつけてくる風にフードを飛ばされないよう抑えながら前方を見れば、ルシアーノの駆る馬車の背がゆっくりと近づいてくるのが見えた。







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