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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第三章 夜陰に踊りて演じる舞台
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64 ミスリード


 朝と昼のちょうど中間の頃、サンは港傍の警察署を訪れていた。


 入口まで近づいていくと、青い制服に身を包んだ門番らしき人物がにこやかに近づいてくる。


「やぁ、美しい髪のお嬢さん。警察署に一体何のご用かな?」


「どうも、こんにちは。ルシアーノという人を訪ねて来たのです。エルザと伝えてもらえますか。」


「あぁ、あいつか。いいよいいよ、すぐに呼んで来よう。今なら多分署に居たはずだ。」


門番は入口のドアを開けて首を突っ込むと、中にいるらしい誰かに向かって何事か伝えてから再びサンに向き直る。


「うん、多分すぐにでも来るよ。何せこんなに美しい人に呼ばれたとあっちゃあな。エルザというのは君の名前?素敵だね。ファーテルの人かな?」


「え、えぇ。私のことです。」


「あぁ、良い名前だ。それより君の瞳は本当に奇麗だね。まるで快晴の空のようだ。」


「ありがとう、ございます……?」


「そう言えば今日の空も君の瞳みたいな晴れだね。こんな日に全く仕事なんて、と思っていたけれど君のような女性に出会えたなら悪くない。いやむしろ最高だ!」


「そうですか……?」


「本当だとも!是非もっと仲良くなりたいな。ねぇエルザ。君は海が好きかい?もし好きなら――。」


「おいこら!フェルナン、彼女が困っているじゃないか。そういうのは、非番の日にやるんだな!」


会話に割り込んできたのはドアを開けて出てきたルシアーノだった。今日はフェルナンと呼ばれた門番と同じ青い制服に身を包んでいる。


 「なんだ、ルシアーノ。もっとゆっくりしてきても良かったのに。なぁエルザ、ルシアーノなんて放っといて俺とお茶でもしないか。君と行けるなら仕事なんていくらでも放り出すさ!」


「えっと、取り敢えず、ルシアーノさんに用があるので……。」


「あぁ、なんてこった。それは残念だ。でも忘れないでくれ。俺はフェルナン。君の誘いなら何を打ち捨ててでも――。」


「いい加減黙ったらどうだ、このナンパ野郎。お前みたいなのをエルザが相手にするはずがないだろう。」


 フェルナンの言葉を遮りながらルシアーノはサンに向かって片目をつぶって見せる。


「さぁ、こんなのは無視だ無視。行こうエルザ。俺に用があったんだろう?」


 ルシアーノはさり気なくサンの手を取って優しく引く。サンはそれに従って歩き出す。


 サンが振り返ってフェルナンを見ると、彼は大げさにやれやれと体で表現した後、サンに向かって優雅に一礼をして見せた。


 反応に困ったサンはそのまま前を向いてルシアーノに手を引かれるまま歩いた。






 「さて、いきなり俺に会いに来てくれるなんて嬉しい限りだよエルザ。不躾だけれど、用件を聞かせてもらってもいいかな?」


「えぇ。私の知人にも見せたいのであの人相書きを一枚頂けないかと思いまして。」


「人相書きなら、お安い御用さ。……ほら、これを持っていくといい。捜査協力、感謝するよ。」


サンはルシアーノの差し出す畳まれた紙を受け取って礼を述べると、ポケットにしまう。


「それと、もう一つお聞きしたいのです。」


「うん、なんだい?君の質問ならどんなことだって答えてしまうよ。」


「――昨晩、どうして私に話しかけてきたのか、気になって。」


 それはサンがふと疑問に思ったことだった。


 どうしてわざわざサンに人相書きの男を知らないかと訪ねて来たのか。単純に手当たり次第とは思い難い。と言うのも、サンが昨晩バーに入った時点ではルシアーノが誰かに聞き込みをしていた様子は無かったからだ。


 つまり、サンを狙っていたか、何かしらの手がかりがあって、サンに関連する可能性があったはずなのだ。もしかしたら男の手がかりが掴めるかもしれないため、サンはそれを知りたかった。


 ルシアーノは軽く首を傾げてサンを見る。


「どうして、とは?単に聞き込みだよ。たまたまあのバーに居たら君が入って来てね。何か知っているかもと思ったのさ。」


「あそこはホテル・ヴィーノのバーです。旅行客やラツアの人間でない人ばかりが居たはず。……人相書きの人も、ラツアの人では無いのですね。」


「……エルザは随分と賢い女性のようだね。俺があそこで仕事をサボっていたとは思わないのかい?」


「その制服、良く似合っていますよ。……どうして昨晩は着ていなかったのでしょう。」


「……何が言いたいのかな?」


「たまたま、で入るような場所には思いません。制服を着ていないのにお仕事をしていたことも疑問です。」


「……。」


「どうして、私には聞いてきたのでしょう。それとも、私を狙っていましたか?」


「……あぁ、ご想像の通りかな?潜入してたのさ。俺はホテル・ヴィーノを睨んでるもんでね。」


「……?」


「君に聞いたのは本当にたまたま。あんなところで会えるとは思ってなかったよ。」


「どういうことですか?」


「君は少し前にラツアに入ってきたばかりだ。茶髪の少年と一緒に。」


 ルシアーノは“サン”の目を見つめた。相変わらず、にこやかな表情だったがその目は僅かも笑みを浮かべていない。


「どうして、エルザなんて名乗っているのかな。サン?」






 「俺たちの追っている男は北からラツアに入ったはずだ。君と同じ方向だね。それから、恐らく誰かに匿われている。俺が思うにホテル・ヴィーノのどこか……。そしてホテル・ヴィーノには少し前から君が泊っているね。ラツアに入った時と、宿を変えて。」


「つまり、私が人相書きの人を匿っていると。」


「ガリアに旅立ったシックという少年はフェイク。北から共に来た本来の同行者は……。例えばラツアに入ってからすり替わったとか、面白い想像じゃないかな。」


「えぇ、とても面白いと思います。」


「……シックという少年が目立つようにガリアへ。本来の男は”裏“の船で検閲を避けるため、タイミングを見計らっている。例えば……、君の泊っている部屋で、とか。」


「想像力が豊かなのですね。」


「……それとも、君が見つかることも想定済みかな。俺は二重のフェイクに引っかかった間抜け、ってところ?」


「さぁ……。私に聞かれましても。」


「……参ったな。ここまで迫るのに結構苦労したんだけど。君がここまで手強いのは予想外だ、”サン“。」


「ちなみに、どんな苦労かお聞きしても?」


「それはもう、色々だよ。北から入った人間を全部洗ったり、その人間の足跡を追ったり。署内でも俺だけ浮いているんだ。一体何を追っているんだってね。」


「……全く、私も同感ですね。」


「完全に否定すると?」


「えぇ。私は人相書きの人とは一切無関係ですし、ルシアーノさんが口にしたのは見当違いの妄想です。」


「……そうかい。それは残念だね。また、洗い直しかなぁ……。」


「……私、この辺りで失礼しても?何だか徒労だったようですし。」


「まぁ、止める権利は何も無いよ。今のところ、君は協力的なただの旅行者だから拘束なんて出来ない。どこへ行くのも、自由だよ。……法を犯さなければ、ね。」


「まだ、私を疑っているのですね。はぁ……。

――では、これで。お時間ありがとうございました。ルシアーノさん。」


「こちらこそ、ありがとう。

――また会えるのを楽しみにしているよ、“サン”。」



 サンはルシアーノに背を向けると真っすぐ宿に向かって行く。本当は適当なところで転移を使いたかったが、それを目撃されると面倒だからだ。サンは贄の王と違い、周囲の意識の外で転移を行うことが出来ない。


 それにしても、流石に自分が疑われているとは思っていなかったサンである。


 どうしてわざわざ自分に話を聞いたのか疑問だっただけなのだが、全く見当違いの妄想を語られるとは驚きだった。


 というより人相書きの男を探しているのはサンも同じなのだ。シックとすり替わった話なんて、何を言っているのかよく分からなかった。


 サンはまだ”警察“なるものがどういうものかピンと来ていなかったが、公的権力を持つ組織に追われるのは勘弁願いたいと思った。話は見当違いだったが、後ろ暗いところがあるのは事実なのだ。


 裏組織の男フランコからの連絡先も”ホテル・ヴィーノのエルザ“にしてしまっている。


 今からでも変えた方が良いのだろうな……と、サンは考えていた。ルシアーノの事など、面倒な存在くらいにしか思っていなかった。


 ――この時は、まだ。






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