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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第三章 夜陰に踊りて演じる舞台
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63 人海戦術


 サンがラツアで神託者を探すにあたって、方針は簡単に立った。つまり、ラツアから出る船を見張ればいいのだ。しかしサン一人ではどうしたって手が足りない。内海の交通を取り仕切るラツアの港は一日に動く船の数も非常に多い。


 そこで思いついたのが、人を使うことである。全ての船は国の検閲がかかっている。ならばまずは、国の上層に伝手があればいい。そう思って、顔を隠して偉い人間を当たってみた。


 だがやり方がまずかった。船を監視したがる”従者“の存在は国の上層に知れ渡ってしまい、秘密裏に情報を流す取引など結びようも無くなってしまったのだ。偏に、サンの不手際である。


 反省しつつも、その過程で知ったことは“検閲を潜り抜ける船”の多さである。つまり、国と後ろ暗い繋がりを持つ裏の組織の管理下にある船だ。


 自然、サンの次の作戦は裏組織に伝手を得ることになる。


それらしいチンピラやらを尾行したり脅したりして情報を集めること数日。ようやく、それなりの立場を持つ男に巡り合えたという訳であった。



 男――フランコと名乗った――は裏の世界でも特に密航に関わっているらしく、サンとしては思った以上の収穫に喜ぶばかりである。


「最近街のチンピラどもが襲われているし、国の方は検閲を厳しくするし、何か起こっているとは思っていたんだ。それも、”従者“さんの仕業で間違いないんだね?」


 サンが一通りの経緯を話すとフランコは笑って言う。


「はっはっは!国に取り入ろうとしてミスった結果ぼく達の方に来たとは!なぁんだ、思ったより可愛らしい方だったんだねぇ。」

「し、しかたないでしょう……。こういう仕事は初めてだったんです。」


やや拗ねるサンに男は笑みを深める。


「あっはっは……。もっとずぅっと恐ろしい人だと思っていただけに、嬉しい驚きだね。」

「やかましいですよ……。全く。海に沈めますよ。」

「くくく……。あぁ、これは恐ろしい。」


 ひとしきり笑うと、男は笑みを引っ込めて目を細める。


「……でも、実際簡単に出来るんだろうね。」

「えぇ、もちろん。私には主様に頂いた力がありますから。」

「”主様“……ね。一体、何者なんだい。」

「主様は主様です。……あるいは“贄の王”と言った方がいいですか。」

「“贄の王”……。それが本当なら、訳の分からない手品も納得なんだけど……。」

「本当ですよ。別に信じなくても構いませんが。」

「取り敢えず、信じておこうかなぁ。」



 「さて、探したい人がいると。特徴を詳しく聞きたいんだけどね。」

「残念ですが、詳しい特徴は私も知りません。とある“剣”を持っている事だけは確かなのですが。」

「“剣”ねぇ。それはどんな?」

「古びてぼろぼろの剣です。藍色の鞘と柄。柄頭には赤い宝石。刀身は不明です。」

「そのぼろぼろの剣を持った人間を探せと。他に情報は?」

「大体、それぐらいですね……。恐らく、ここ一月前後でラツアに入っているか、あるいは入ってくるはずなのですが。」


フランコは大仰に両手を上げると、呆れを表現した。


「それだけの情報で?これは参ったな……。」


情報の少なさはサンの方も身に染みている限りなので、正直申し訳なくなってくる。


「性別、年齢、同行者、外見的特徴、ラツアに入る時期、ラツアを発つ時期、明確な行先……なーんにも無し。あるのはぼろぼろの剣を持っているらしいことだけ。

これは本当に申し訳ないけどね、”従者“さん。発見はお約束出来ないよ。」

「そうでしょうね……。」

「正規の船に乗っているなら完璧な把握は出来ない。裏の船だとしても荷物を全部ひっくり返す訳にはいかない。正直を言うと、“出直してこい”って言いたいところだねぇ。」

「そうでしょうが、そういう訳にもいかないのです。あるいは発見出来なかったとしても構いません。やるだけやってみてもらえますか。」

「はいはい。“ご命令”とあらば……。ただ、出来れば報酬は欲しいね。他の奴らも動かさないといけないからさ。」


 サンは懐から財布を取り出すと中身をテーブルの上にひっくり返す。じゃらじゃらと音を立てて金銀銅の硬貨が広げられる。


「幸い、お金は文字通りいくらでもあります。欲しい額を言えば差し上げましょう。」

「おっ。これはいいね……。太っ腹なお客様は大好きだよ。カネがあれば手下も同僚も動く。多少は無理な捜索も出来そうだ。」

「私の手持ちですが、ひとまずは全て持っていくといいでしょう。必要な分は言ってください。主様にお願いしなければなりませんので、出来れば早めに。」

「まぁ、分かったよ。やるだけやってみるさ。“従者”さんへの連絡はどうすればいいのかな。」


サンは自分が取っている宿と部屋を教える。必要があれば、書置きでも言伝でもそこに連絡をするようにと。


 ちなみに、そこは流石に本名では取っておらず、“エルザ”の名前を使わせてもらっている。


「ホテル・ヴィーノね。良いところだよねぇ。この都一番の宿と言っていい。あそこの夕食はもう頂いた?絶品だよ。」

「えぇ、頂きました。確かに素晴らしい料理でした。今度主様もご招待差し上げるつもりです。」

「はっはっは!大悪魔“贄の王”が一流ホテルでご夕食か!これは面白いな!」

「……おや、あなたは“贄の王”を信じているのですか?」



フランコはすぐに答えず、葉巻を加えると指先から小さな炎を出し、火をつけた。


「やはり、魔法使いでしたか。」

「まぁねぇ……。大した腕じゃないけど。

――昔は”贄の王“なんておとぎ話だと思ってたよ。大人が子供を脅かすための、ね。」


フランコは天井に向かって煙を吐き出すと、続ける。


「でもね、この国には不思議なことがいくつか起こって……。長くなるから省くけど、いつしか思うようになったのさ。“贄の王の呪い”も、“贄の王”も、本当なのかもしれないってね。

――そこへ来て、さっきの手品だ。あれ、魔法じゃないね?」

「えぇ、魔法ではありませんね。」

「さらに使った当人は“贄の王”の“従者”だなんて名乗る。もしかしてもしかして……なんて思ったりもするのさ。」


 ほぅ、とサンは少し感心する。フランコは随分柔軟な考えの持ち主のようだ。あるいは、やはり魔法使いであるからこそサンの転移の異常さに気づけたというのか。


 「……縁があれば、主様に合う機会を設けても面白いかもしれませんね?」

「勘弁してよ。贄になるなんて真っ平なんだけど。」

「しませんよ。ラツアはとっくに贄を捧げているでしょう。」

「それなら安心。あ、欲しければ言ってよ。人身売買やってる知り合いもいるからさ。」

「そうですね……。実験体が欲しくなったら頼ってみます。」

「……それ、冗談だよねぇ?怖いんだけど……。」

「……冗談が下手で申し訳ありませんね……。」






 サンはフランコと別れると、転移で宿に戻った。そこはこの都で一番ともいわれるホテル・ヴィーノの一室だ。


 そこでフードの不審者から上品なご令嬢に着替えると、ホテルつきのレストランに向かう。もう日付も変わった時間だが、横のバーなら軽食くらい出してくれるだろう。尾行に時間をかけ過ぎて夕食を食べていなかったのだ。



 レストランは閉まっていたが横のバーはまだやっていた。一人でカウンターに座り、軽いドリンクと軽食を頼む。


 出てきたのは赤いトマトソースのパスタだった。服を汚さないよう気を付けながら食べ、その後も折角なので少しお酒を頂くことにする。


 サンはどちらかと言うと度数の高くない酒を好むタイプで、最近一番のお気に入りはワインにスパイスなどを混ぜ、温めて飲むホットワインである。


 夏も終わりが近く、夜には大分冷えるので身体を温めるのにも好都合なのだ。美味しいお酒を見つけたら記録しておく。そのうち主と一緒に飲むのをちょっとした楽しみに思っているのだ。贄の王が酒を好きかはよく知らないのだが。



 そんな折、ふとサンのすぐ隣に誰かが座り、話しかけてくる。


「やあ、お嬢さん。お隣を失礼するよ。――マスター、彼女と同じものを。」

「えぇ、こんばんは。……一体、私に何かご用でしょうか。」

「あぁ、大丈夫、口説きにきたわけではないから。」


その者は品の良いシャツに身を包んだ若い男であり、”警察“だと名乗った。最近ラツアに誕生した衛兵に代わる治安維持の組織で、男はその一員なのだとか。


「実は、今ちょっと我々は探し人をしていてね。お嬢さんにもちょっと話を聞いておきたいなと思ったのさ。」

「構いませんけれど、何か知っているとは限りませんよ。」

「えぇえぇ、それで大丈夫。”知らない“というのも貴重な情報でね。」


 バーのマスターがホットワインを”警察“の男に運んでくる。男はそれを傾けながら、ルシアーノと名乗った。


「それで、そのルシアーノさんがお聞きしたいことは何でしょう。」

「いえね……。こういう男を見ていないかな?」


そう言って懐から取り出したのは、誰かの人相書きだった。若く整った顔立ちをしており、見るからに好青年と言った感じの男の顔だった。


 サンはそれをしばらく見つめてみるが、特に記憶に蘇るものは無かったので、素直にそう言う。


 ルシアーノはとくに残念そうなそぶりも見せずに人相書きを折りたたんで元通りに仕舞う。


 「その人は一体何者なんです?」

「それが、実は我々にも良く分かっていないんだけど。何でも、教会から大切な物を盗み出したんだとか。今は恐らくラツアにいるらしいので、我々がこうして捜しているのさ。」

「大切な物……。具体的には分からないのですね。」

「そう。全く教えてくれない。何かも分からない物を探すなんて、滑稽な話だよ。」


 サンがそう聞けば、どうしても思い浮かぶのは“神託の剣”だ。公にされていない為明かせず、教会からすれば盗み出されたと言っても間違いでは無い。流石に儚い願望かとも思いつつ、万が一そうだったら困る。何故なら、教会に先を越されたくは無いからだ。


 サンはルシアーノにもう一度見せてもらうよう頼み、人相書きを見つめてその顔を頭に叩き込む。


 「どうしたんだいそんなに熱心に見つめて。その気を起こしちゃダメだよ。ソイツは多分、犯罪者だからね。」

「いえ、折角だから覚えておこうと思いまして。街中で見つけたらお教え出来るでしょう?」

「それは助かるよ、お嬢さん。ところで、名前を聞いても良いかな?」

「えぇ。エルザ、といいます。」

「エルザ!それは素敵な名前だ。美しい君にピッタリだね。」

「それはどうも。ルシアーノさんも素敵なお名前ですよ。」

「あぁ、ありがとうエルザ。君との出会いを神に感謝、だ。」


ルシアーノはそう言いながら自分の杯を持つとサンの手元に向けてくる。乾杯、ということらしい。


 適当に杯を合わせ、一口含む。温かくスパイスの風味が効いた美味しいホットワインだ。



 「この素晴らしい出会いに感謝、感謝。

――さて、いつまでも君と一緒に過ごしていたいけれど、エルザ。俺はもう行かなくては。もし俺に会いたくなったら、港傍の警察署まで来てくれ。ルシアーノと言えば分かるはずさ。」


 そう言い残すと、ルシアーノは勘定をしてから去っていく。


 去っていくその背中には全く興味が無いサンだったが、捜している男というのは気になる。



 ホットワインを飲み干すと、サンも立ち上がって勘定を済ませる。自室に戻りながら、次に取るべき行動を考えていた。







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