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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第三章 夜陰に踊りて演じる舞台
62/292

62 踊る舞台は陽だまりの隣


 真夜中のラツアの都、サンは一人の男を追っていた。


 その男は見るからにカタギでは無いチンピラの類で、無意味に周囲へ威嚇するようにしながら路地を歩いていた。



 チンピラの頭上、屋根の上にサンの姿はあった。


 尾行の素人であるサンでは背後からの追跡は気取られることがあるし、フードを深く被って顔を隠している今のサンが怪しげな行動を取っていると、衛兵に見つかった時に面倒なのだ。


 その点屋根の上というのは案外目立たないもので、気取られにくくもある。屋根から屋根の移動は転移を細かく使用すればいい。サンがこの街で尾行をするには好都合であるとここ数日の”経験“から掴んでいた。



 チンピラがやがて一つの建物に入る。当然、サンの視界からは消えてしまう――と思いきや、その姿をサンはしっかりと見ていた。


 それは”透視“。贄の王の眷属として宿す、権能の力による”闇“の魔法である。


 視界に入る全てが半透明になり、壁や屋根越しでも建物の中の様子が見て取れている。チンピラが入ったのは看板も出ていないが、酒場であるらしい。


 酒場の客は多くないが、いずれもカタギではないようである。つまり、“裏”に通じる酒場と見ていいのかもしれない。



 ――ようやく、手応えあり……。


 いい加減空振りばかりだったので手段を変えようかと思っていたタイミングだけに、収穫がありそうなのは喜ばしいことである。


 転移で地上に降りてチンピラと同じ酒場に入る。目的のチンピラはカウンターに一人で座っており、サンはその少し離れたカウンター席に一人で座る。


 バーテンダーが寄ってくるので、無言のまま手で制し、懐から取り出したラツア金貨を放り投げて渡す。


 フードを被り声も出さず、注文もしない。明らかな”訳アリ“の客だというのに、バーテンダーは表情一つ変えることなくサンから離れていく。



 フードの中から”透視“で周囲を窺えば、サンに警戒をしている客と、まるで意に介していない客。位置だけ把握して、ただ待つ。




 少しだけ待った後、チンピラの右隣に身なりの良い男が座った。人の良さそうな柔和な表情を浮かべているが、明らかにただ者では無い。つまり、サンの求める人物――“裏世界”の男の可能性が高い。


 ”強化“で聴力を高め、チンピラと男に会話が無いか注意を払う。


 「……おう、旦那。」

「ん。良い夜だね。……マスター、適当に一杯くれ。強いのが良いな。」


 男の前に何かのグラスが置かれ、男はそれを口に運ぶ。


「新しい仕事を見つけたんだ。静かにアッサラまで行きたいってんで、旦那に相談しようと思って。」

「アッサラね……。最近お偉いさんたちが厳しいからなぁ。ま、ちょっとやってみるよ。今度紹介してくれ。」

「あいさ。また、ここで?」

「うん。ここでいいんじゃないかな。3日後の夜に待ち合わせだ。それまでには何とか分かるはず。」


 そこまで聞いて、サンは男の右隣に移動した。チンピラ、男、サンの順になる。


 当然、突然寄ってきた怪しさ満点の人物にチンピラも男も口を閉じて目を向けてくる。


「こんばんは。お隣、いいでしょうか。」


 男とフード越しに目を合わせながら言う。男の方はサンが女の声を発したことに少し驚いた様子だったが、にこやかに返してくる。


「こんばんは。素敵な声のお嬢さん。良い夜だね。」

「おい、お前……。」


チンピラの方がサンに何か言おうとするのを、男の方が制する。


「それで、不躾だけど用件を伺うよ。一体、ぼくに何のご用だろう。」

「少し、気になるお話が聞こえてしまったものですから。

――アッサラまで、静かに。そのお話、私にも聞かせて欲しいんです。」


男はにこやかな雰囲気を崩さないままだ。


「申し訳ないけど、ぼくのお仕事だからねぇ。お嬢さんが商売敵とも限らない訳だし。」

「商売敵なんて。私はむしろ、お客さんの方ですよ。」

「おや、それなら歓迎しなくちゃいけないんだけど、見ての通り今日は先約がいてねぇ。また今度、という訳にはいかないのかな?」

「失礼をお詫びします。私も急ぎなので……。ただ、3日後の待ち合わせとやらに私も同席させて欲しいだけですよ。」

「ふむ。いや、残念だけどお断りを……。」

「申し訳ありません、誤解をさせてしまいました。――これはお願いじゃなくて、命令なんです。」

「ほう……。」


そこで初めて、男はにこやかな表情を消す。細めた目でサンを観察してくる。


「それは何とも、なお話だね。――聞かせてはくれないかな。お嬢さんは一体、どこのどなたなんだろう。」

「私ですか?私は、そうですね……。とあるお方にお仕えするただの従者です。怪しい者じゃありませんよ。恰好はこうですが。」

「従者、ね……。

――何を聞きたいんだい、お嬢さん。」

「情報が欲しいんです。人を探していてまして。その人は多分、アッサラを目指していて、ガリアの方を迂回するのか、直接行くのか分からないんです。あなた方なら調べられるかもと思いまして。」

「ふぅん。……ところで、ぼくの周りでこんな話があるんだ。

曰く、”従者“を名乗る者に襲われた。船を監視したいとも言っていたそうだよ。」

「それはそれは。一体どこの誰なのでしょう。

……そう言えば、私も道行く人にお話を聞かせてもらおうとしたりしましたね。」


がたっ!と音を立ててチンピラが立ち上がる。


「てめえ……!」


しかしそれもまた、男が手で制する。


「旦那……!?」

「ま、静かに、静かに……。他のお客さんも驚いてしまうからねぇ。」


 男は身体ごとサンに向けて座り直すと、脚を組む。


「流石に、ぼくもお仕事柄舐められる訳にはいかないんだよ、”従者“のお嬢さん。

……命令、と言うのはどういう意味かな。」

「命令、というのはそのままの意味です。私の言うことを聞かないのなら、どうなっても知りません。そういう事です。」

「これは、これは……。」


男は足を組んだまま、懐から銃を取り出してサンに向ける。


「舐められる訳にはいかない、と言ったんだよ。”従者“のお嬢さん。」

「舐めてなどいませんよ。ただ、歴然とした力の差があることを証明した方が互いにとって良いようです。」


 言葉を言い終えるより早く、サンは転移をする。男の背後に回り込み、左手で懐から”雷“の拳銃を抜いて男の後頭部に突きつける。


 少しだけずらし、男の頭すれすれに銃口を向けて発砲する。


ばん!


 酒場の中に銃声が響き渡り、その後は静寂に包まれる。酒場の中の人間はみな固まってサンの方を見ており、唯一弾丸を掠めさせられた男だけが微動だにしていなかった。


 静寂の中にあって、サンが口を開く。


「いいですか。私は必要とあらばこの都を丸ごと灰に沈めることが出来ます。舐めるとか舐めないの話ではありません。私の言うことを聞くか、死ぬか、選んでいただきます。」

「……あちち……。お嬢さん。脅すなら痛くないようにしてほしいねぇ……。」

「あら、これは失礼を。もう少し大きく外した方が良かったですね。」


 男はサンのいた虚空に向けていたままの銃をカウンターに置く。


「分かったよ、“従者”のお嬢さん……。言う事、聞けばいいんだろう?」

「話が早くて助かります。」


 サンは拳銃を収めると男の正面に転移し、悠然と椅子に座って見せる。男と向き合う形になってから言う。


「……お話は、向き合った方がやりやすいですよね。」

「どういう手品やら……。種明かしはしてくれないのかい。」

「これは私の眷属として主様から頂いた権能です。とても、使いこなせてはいないのですが。」

「何の話か分からないが、脅しはそれくらいでいいよ、お嬢さん。力の差は教えてもらったとも。

……じゃあ、ちょっと奥を借りるよ、マスター。」



 男はカウンターに置いた銃を懐に仕舞いながら、勝手知ったる様子で酒場の奥のドアへ消える。


 “透視”でドアの先を見れば、小さな部屋にテーブルとイスだけが置かれていて、そのうちの一つに男は腰掛けていた。


 せっかくなので転移でその小部屋に移動し、男の正面に座る。


「それ、便利だねぇ……。ぼくも真似出来たりしないのかい。」

「人の身には無理ですね。諦めることをお勧めします。」

「そう。そりゃ残念……。

さて、お話といこうか。」







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