61 見送り
「そう。じゃあ、サンはしばらくラツアに残るんだね。」
翌朝、宿の朝食を食べながらシックと今後について話す。そして、シックに自分は暫くラツアに残ることになるだろう、と話した。
「えぇ、折角ですし、もう少し観光もしていこうかと思います。シックはどうしますか?」
「俺はこのままガリアの方に行くよ。そのままぶらぶらして、どこへ行こうかな。」
「そうですか……。では、ここでお別れになるのですね。」
「そうだね。……次に会えるのはいつになるかな。」
「案外、近いかもしれませんよ。私もラツアを出たらガリアを通って、ターレルまで行くつもりなんです。」
「ターレルに?じゃあ、道は一緒だ。」
「えぇ、ですから運が良ければどこかで会えるかもしれません。」
「なるほどね。なら、また会える偶然をお祈りしておくよ。」
「では私は、そのお祈りを聞き遂げるように脅しておきます。」
「ははは……。聞いているのが俺だけで良かったよ……。」
「シックは、今日には発つのですか?」
「船があれば。無かったら予約して、明日になる。」
「そうですか……。」
つまり、共に朝食を取るのは今が最後かもしれないのだ。そう思うと自然、貴重な時間に思えてくる。
「この一月、長かったような短かったような……。過ぎてみれば一瞬だったような気もします。」
「うん。サンと再会したのが昨日の事みたいだよ。」
「そう言えばシックはあの時笛を吹いていましたね。もう吹かないのですか?」
「なんとなく、タイミングが無かったからね……。機会があればまたお聞かせするよ。」
「それは楽しみですね。奇麗な音色でしたから。」
「そんな大したものじゃないよ。まぁ、昔からたまにね。」
気づけば朝食も終えていたので、そのまま二人で席を立つ。
今日は一日、シックの方に付き合うことにした。
「いいの?」
「えぇ、一日くらいなら平気です。」
「そう。ありがとう。」
シックは一度自室に戻って荷物を全てまとめると、サンと二人で港へ向かう。
巨大な港には大小無数の船が並び、遠い海の上にも行き交う船はいくつもあった。
二人はたどたどしいラツアの言葉でガリア行きの船を探す。やがてひと際大きな船に近くまで来て聞くには、一人なら昼に出る船に乗れるらしい。
シックはそれに乗せてもらえるよう頼み、運賃を先に払う。ちなみに、流石にサンのお金は使えないとなけなしの路銀からひねり出していた。
二人は昼までを適当にぶらついたり、シックの旅の荷物をそろえて過ごし、その内に出航の時刻となる。
「では、シック。どうか元気で。」
「うん。サンもね。」
「それから、これは旅の餞別です。受け取ってください。」
それは大ぶりのナイフだった。旅の途中、シックの持つナイフが随分なまくらになっていたのをサンが覚えていたのだ。
「これは……、本当に?」
「えぇ。その代わり、また会った時には何かお返しを期待していますから。」
そう言ってサンは冗談めかして笑う。シックもつられて笑い、礼を言ってナイフを受け取る。
「ありがとう、サン。何だか、サンには本当に貰ってばかりだ。満足出来るお返しを探しておかないと。」
「いいんです、気にしないで。それより、シックが無事でまた会えることが何よりですから。」
「うん……。ありがとう。」
シックはしゃがんでナイフを荷物に仕舞うと、立ち上がってから別れを告げる。
「……じゃあ、行くよ。そろそろ置いていかれてしまう。」
「はい。……きっと、また会いましょう。」
「必ず。……じゃあ、またね。」
二人は手を振り合って暫しの別れとした。
シックは振り返って船に乗り込む。サンは船が出るまで眺めていたが、他の乗客たちの姿もあってシックの姿は見えないままだった。
少し残念に思いながらも船を見送っていると、いつか聞いた笛の音が聞こえてきた。
それは当然、ゆっくりと速度を上げていく船のどこかから聞こえてくる。奏でているのは、どこか楽し気な美しい音色。
笛の音が聞こえなくなって、船が水平線の彼方に沈んで行くまで、サンはずっと見送っていた。
やがてサンは振り返って海に背を向けると、ラツアの街の方へ戻っていく。
約束通り、その心中で神にシックの無事を脅しかけておく。もし道中でシックの身に何かあったら、大地中の教会と言う教会を破壊してやる、と。
――きっとまた、無事な姿でシックに会えるように。
本人は否定するだろうが、それは”祈り“と呼ばれる類のものであったろう。旅立つ人の無事を祈る。たったそれだけの、実にありふれた見送りの一幕だったに違いない――。




