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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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60 夜の会合


 サンとシックが無事に宿へたどり着く頃には、サンの酔いもほとんど醒めて顔の赤みも随分抜けていた。


 二人はそれぞれ隣り合う部屋の前で別れると、朝の待ち合わせを決めてから自室へと入っていく。




 サンは宿の自室に入ると、右手人差し指に嵌められた指輪に魔力を込める。すると間もなく目の前に転移の闇が現れ、サンは礼をした姿勢で待つ。


 転移の闇がはらわれると、そこには彼女の主――贄の王が立っていた。


 贄の王はサンに頭を上げるよう言うと、会話を聞かれないようにとサンを連れて転移する。視界が見慣れた暗黒に包まれ――それが晴れると、そこはラツアの大灯台の上だった。


 巨大な大灯台の屋上は広く、高い柵もある。昼間は一般の観光客向けに開放されているが、夜間は閉められているのだ。声の聞こえるような距離には誰も居ない好都合な場所だ。


 「久しいな、サン。壮健か?」

「はい、主様。ご覧の通り怪我も病気もありません。」

「それなら何よりだ。――食事にでも行っていたか?」

「はい。同行者とちょっと良いレストランに行きまして……。その、お酒とか匂うでしょうか。」

「多少分かるくらいか。気にするな。楽しんだなら良いことだ。

――そのドレスも、良く似合っている。」

「ぁ、ありがとうございます……。」


妙に照れてしまうサンの肩に、贄の王が上着を脱いでかけてくれる。


「だが今は冷えるだろう。かけておけ。」

「ぇぁ……ありがとうございます。」


褒めてくれたドレス姿をもっと見せておきたいような、恥ずかしいので隠してしまいたいような複雑な気持ちになるサンだが、ありがたく上着を借りておく。贄の王の体温が残っている上着は暖かく、心地よかった。


「と、取り敢えず報告致します。この通りラツアの都まで無事に到着致しました。今後について相談をしたく……。」

「あぁ。……懐かしいな。10年ぶりか。変わっていないものだな。」


贄の王はそう言いながら柵に手を乗せて夜に沈む白い街並みを見下ろす。サンはそのすぐ横に並んで一緒に街を見下ろしてみる。


 さきほどのレストランからの夜景も見事だったが、それよりも遥かに高い大灯台の上から見下ろす景色はまた違ったものに見えた。


暗い夜の中、無数の明かりが街を浮かび上がらせている。夜だというのに歩き回る砂粒のような人々。サンは自分の泊っている宿を探してみるが、上からだとなかなか見つからない。


「久々の故郷は、いかがですか?主様。」

「あぁ……。懐かしいとは思うが、それだけだな。今更帰る場所でも無い。」

「でも、美しい街ですね。白い家々もなんだか素敵です。」

「ラヴェイラ……いや、ラツアは古来芸術の盛んな国。見ごたえがあるのは事実だな。」

「主様が暮らしておられたのはどの辺りでしょう。ここから見えますか?」

「見える。……やや右に大きい館があるだろう。あれだ。」


そう言われた方を見てみれば、確かに巨大な館がある。館と言うか、宮殿と言った方が相応しい建物だったが。


「……館って、あの、宮殿のような……?」

「一応、ここの王族だった。末端ではあったが。」

「そうだったのですか……。確かに、ただ者では無いと思っていましたが……。」

「少し生まれた場所が違っただけだ。学ぶ機会の多かったことは幸いだったが。」


王族である過去を事も無げに語って見せる贄の王。動作の一つ一つが洗練されていたり、傅かれるのにも慣れていると思えば、それは当然の事だった訳である。


 「さて、思い出話はこれくらいにしよう。今後について、だったな。」

「はい。神託者は今もどこにいるか知れません。捜索の方法も見当がつかず……。」


 贄の王は虚空から地図を取り出して広げると、それを宙に張り付けるように浮かべる。サンはすかさず”炎“の魔法で灯りを作り、地図を照らす。


 「神託者は魔境を目指している。次に目指すのは、ガリアだろう。」

「内海をまた南に渡るのですね。……でも、東へ向かって直接アッサラの方へ向かえばいいのでは無いのですか?」

「船が出ていない。数年前、ラツアがラヴェイラから国名を変えることになった戦争……俗に継承戦争と呼ばれているが、アッサラの異教徒たちはラツアの敵側についた。その報復として、直接の交易は止められているのだ。」

「なるほど……。では、南からガリア、ターレルを通ってアッサラへ向かう必要があると。」

「そうなる。もちろん後ろ暗い船はいくつも出ているだろうが、人脈も無しに見つかる船では無いな。単純にガリアへ向かうだろう。」

「ではガリア行きの船を探ればよいと言うことですか?」

「そのことだが……。ガリア行きの船は多い。全てを探るのは難しいだろう。その点、ここを見ろ。ターレルは大陸と大陸――こちらの信仰と異教徒の境目でもある。ターレルは厳格な交通管理をしている。ここであれば、間違いなく神託者を捉えられるはずだ。」

「では、ターレルまでは主要な街を通って追跡、ターレルで確実な捕捉を、ということですか。」

「それが良いだろう。……ターレルまでは半年以上かかる道。真面目に旅をしていたら疲弊してしまう。転移を上手く使え。」

「分かりました。ではひとまずは、ラツアでそれらしい人間を探してみます。その後、ガリアへ。」

「分かった。私の方からも二、三伝えることがある。」




 「まずは、ファーテルの大聖堂の地下の調査が終わった。やはりあそこは本来の“神託の剣”の安置場所で間違い無い。お前が見つけた古びた装備たちはかつての神託者の旅に使われたものだ。」

「やはり……。では、なぜ使われなくなったのでしょう?」

「詳細は不明ゆえ推測が入るが、恐らくは教会との軋轢だ。教会を信用出来なくなったか、敵対した神託者が剣を別の場所に隠したのだ。まぁ、結局見つかったようだが。」

「地図を持っていたのは教会ですからね……。」


「それと、気がかりなことがある。壁画を覚えているか。」

「祭壇の奥の壁にあったものですね。おおよそは覚えています。」


 大聖堂の隠された地下室、そこにあった壁画は6つの部分別れていた。

一つ目、大地を災厄が覆うさま。

二つ目、生贄が捧げられるさま。

三つ目、贄の王が王座に座すさま。

四つ目、贄の王が神託者に討たれるさま。

五つ目、剣が光り、王座に闇が集うさま。

六つ目、大地に光が戻り、人が剣を崇めるさま。


 「具体的には六つ目だ。あれに時代の合わない修正の跡がある。」

「修正……ですか。」

「下手人は教会と見ている。元々あった壁画を教会の都合の良いように修正した、と。」

「なんて勝手な……。元の姿は、お分かりに?」

「多分に私の主観が入ってしまうが、痕跡から復元を試みたものがある。これだ。」


贄の王はそう言って懐から一枚の紙を取り出す。その紙には確かにの壁画とよく似た絵が描かれていた。


 そこには、光り輝く剣と豊穣の大地と照らす太陽。そして、大地の下には書きかけの何か。復元しきれなかったようである。


 「書き加えられたのは剣を崇める人々。そして消されたのは大地の下の部分だ。丁寧に消されていてな。復元のしようも無かった。」

「大地の下に……本来、何があったというのでしょうか……。」

「分からん。だが、対比の構造からして……。闇あるいは、闇に属する何かだろう。」

「それの存在が、教会にとって都合が悪かった、ということですか?」

「恐らくな。あくまで推測だ。だが、大地の下に闇に属する”何か“があった――いや、今もきっとあるのだとすれば……。神聖なる神の大地などと嘯く教会には都合が良くないかもしれんな。」

「この大地の下に、今も”何か“が……。」

「私は今後も教会を探るつもりだ。神託者の方はお前に任せる。いいな。」

「はい。お任せ下さい。」

「今後とも何が起こるか分からない。身の回りには十分気を付け、何かあれば私を頼れ。」

「はい。ありがとうございます。」

「用件としては……それくらいか。他に、何かあるか。」

「いいえ、私からは何も。」

「そうか。……こうして話をしているのもいいが、あまり遅くなっても良くない。お前は宿へ戻るがいい。」

「分かりました。主様も、どうぞお気を付けください。」

「あぁ。お前もな。」


サンは贄の王に感謝の言葉と共に上着を返すと、一つ礼をする。それから、宿の自室に転移をした。




 一人になった部屋で、サンはドレスを脱いで普通の服に着替える。ドレスや靴の一式を傷まないよう城の自室へ片付け、そのまま入浴も済ませる。また宿に戻り、ようやくベッドに潜り込む。


 自分でも気づかないうちに疲れていたらしく、すぐに眠りに落ちていった。良い夢が見られる気がした。





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