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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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58 老いた覇者の都


 それから、サンとシックの旅路はとても平穏なものになった。野盗にも獣にも、もちろん魔物にも軍隊にも襲われること無く、ラツアの国境を超えることが出来た。


 国境さえ超えてしまえば後は楽だ。


 エルメアほどではないにしてもラツアは発展した国で、治安も悪くない。街道沿いの町々も道を経るごと急速に大きくなっていき、やがて武装した人間などどこにも見えなくなった。


 二人も文明に合わせ、それぞれの剣に布を巻くと背中の荷物の一部にした。サンの場合は懐に二丁の拳銃を忍ばせてはいるが、それが使われる場面も訪れなさそうである。


 旅の前半の難事の数々が嘘のように、何事も無く旅は進み――。


 やがて、二人はラツアの都に辿り着いた。




 ――ラツア。


 それは、人類文明の中央地点”内海“を制するいにしえの覇者である。


 古くは南方ガリアの一領土でありながら、やがて主人を追い落とし内海に浮かぶ島々を己の一部として内海の雄に成り上がった。


 ラツアの男たちは船を駆って内海を走り回り、交易と軍事を一手に握ってその都は繁栄を謳歌した。


 だが、盛者必衰の理とでも言うべきであろうか。


 巨大化し続ける人類文明にとって、いつしか内海は狭すぎる海になってしまった。


 自然、その巨体は更なる海を求めて“内海”から“外海”へと泳ぎだす。


 人類の海が内から外へと移り変わる中、ラツアはエルメアにその覇者の座を譲り渡すことになる。


 かつて海を制した覇者は老い、今や狭い内海の交通を取り仕切るだけの警備人となっていた。




 巨大な石の門をくぐり、最後の丘を越えると視界は一気に開ける。


 高い空の下、眼下に広がるのは白と青の街並み。陽光を反射してきらめく街の向こうには、どこまでも続くかのような海。


 涼やかな風が吹けば、海鳥たちの声が響き、闊歩する人々の靴音の向こう、天を衝く巨大な白の大灯台。


 いにしえの覇者の心臓部にして、内海の交通の最大拠点、ラツアの都である。




 「サン、ほら見て――。あれが内海、人類の母だ。」

「海、ですね……!こんなに広い……。」


終わり無い水平線にサンは感嘆する。海を見るのはまだ二度目であった。


「あのずっと向こうにはガリアの砂漠があるんだ。一度だけ行った事があるけど、どこまでもどこまでも砂だけがある不思議な場所だよ。」

「砂漠……。へぇ……。見てみたいかもしれません。」

「ちょっと船に乗るだけで着けるよ。二日くらいかな。」

「それだったら、行ってみてもよいかもしれませんね……。」


 ラツアの都はぐるりと囲むような斜面と港のある平地からなっており、二人は街の中心部に向かうべく白い街並みを緩やかに下っていく。サンが気になったのは、見たこともない真っ白な家々である。


「建物が真っ白で奇麗……。見たこともありません。」


他に、屋根や扉など随所に美しい青が飾られ、街並み自体がひとつの芸術品である。


「不思議でしょ?なんでも、昔々にすごい魔法使いが作った村を真似ているんだそうだよ。」

「魔法使いが……?“土”の魔法で作ったということでしょうか。」

「そうなのかな?俺は魔法には詳しく無いから……。」


“土”の魔法には確かに土や石の壁を生み出す魔法がある。それを応用して家を作るなど考えたことも無かったが、確かに不可能では無いのかもしれない。


 やがて二人は街の中心部に辿り着く。


 そこは広大な広場になっていて、噴水や泉がいくつも並んでいる。合間に植えられた花々は色とりどりに花開き広場を飾る。白と緑、それから花々。この見渡す限りの広場もまた、ひとつの芸術品のようである。


 「奇麗……。素敵な場所ですね。」

「ここは“サルバ広場”っていうんだ。昔ラツアが隆盛を極めたころの人の名前だって。」

「ふぅん……。」


サンは景色の美しさに心を奪われたままである。シックの解説を聞くとその光景にも何だか深みが増すようで、実に楽しい。


「どうして”サルバ“っていう人の名前が取られたかって言うと、その人は軍人だったんだけど、詩人でもあったんだ。それで、楽園を詩にした。

この広場はさしずめ、地上の楽園って言いたいんだろうね。」

「地上の楽園……。確かに、美しい場所です。」


 辺りをしきりに見回しては眺めるサンだったが、ひとつ思い当たる。


「というか、シック。詳しいのですね?」

「実は前に一度来たことがあって……。その時は両親と一緒だったんだけど、俺がさっきから言っているのは実は受け売りのままだったり。」

「そうだったのですか。両親は博識な方なのですね。」

「まぁ、そうだね。やけに色んなことを知ってたよ。

――それから、あっちに見えるのが大灯台。内海を行く船人達の無事を祈って作られたんだ。」


シックの言う大灯台は港の突き出た部分にあり、その高さは距離のあるサンたちから見ても見上げるほどである。あまりに高く都を囲む斜面の外からでも見えるため、ラツアの都の象徴ともいえる建築物だ。


「大きいですね……。来るときも見えていたのであれは何だろうと思っていたのです。」

「あれも確か人の名前をつけていたんだけど……。何だったかな、忘れちゃったな。」

「おや、その”忘れちゃった“も受け売りですか?」

「はは、流石に違うよ。忘れたことまで真似したってしょうがないじゃないか。」

「ふふ、それもそうです。」


 二人で談笑しながら広場を離れ、宿を探す。相変わらずサンには無尽蔵の金銭があるので、サンの財布頼りである。ちなみに、ファーテルの硬貨なので両替しつつである。


 サンは折角だからと高い宿を提案し、遠慮するシックが自分だけでも安宿にと提案する。仕方ないので、間を取ってほどほどの宿に泊まる。サンとしてはやや不服であったが。


 「もう……お金なんて気にしなくていいと言っているではないですか。」

「そういう訳には……。サンが頑張って稼いだお金だし……。」

「ならば私が使い道を決めるのも道理ではないですか?まぁ、いいですけど……。」

「うっ……。いや、でもやっぱり悪いし……。」


ほどほどの宿なので、窓から見える景色も出てくる食事もほどほどである。せっかくラツアの都に来た以上、最初に取る食事がほどほどではつまらない。そこでサンは街一番のレストランを街人に紹介してもらい、向かう事にした。シックを引きずりつつ。




 ドレスコードがある、ということなので近くの服屋で一式買いそろえる。借りても良かったのだが、折角、なのである。シックは断固借りることで済ませた。シックからすれば、それも正気を疑うレベルの金額だったが。


 サンは青いドレスを選び、シックは無難なタキシードを選んだ。


「こういう服は慣れない……。服に着られてる気がするよ……。」

「いいえ。よく似合っていますよ、シック。自信を持ってください。」


そう言われてシックが見るサンはとても美しい。艶やかな金髪に空色の瞳は青いドレスに良く映え、白い肌には色香が漂う。普段よりもずっと大人らしい様にシックは少し見惚れてしまう。


「……。

いや、サンの方こそ……。その、すごく綺麗だ。」


 サンは薄く微笑む。そんな表情もいつもとはまるで違って見える気がして、シックはやけに緊張してしまう。


「ありがとうございます、シック。……さ、行きましょう。」




 せめて恰好だけでもつけようと、ぎこちないながらもサンをエスコートするシック。如何にも場慣れしていない感じが実に微笑ましいが、サンはそれを笑うこと無く支える。


 やがて通されたテーブルは夜明かりに照らされた街を見下ろすことができ、遠くに見える暗い海の香りも漂ってくるような、良い席だった。


 シックはサンの椅子を引いて座らせてやり、サンはそれに礼を言う。


 すぐに運ばれてくる食前酒を前に、サンは実は楽しみにしていた初めてのお酒だと期待する。生まれてこの方、酒を口にする機会など無かったのだ。


「私、実はお酒が初めてです。ちょっと楽しみにしていました。」

「そうなんだ?ならウェイターさんに言っておくよ。

……実は俺、結構お酒好きなんだ。」

「へぇ、何だか意外です。シックは水しか飲まないようなイメージでした。」

「あまり口にする機会は無いけどね。……じゃあ、早速頂こうよ。」


サンはまるで戦いの前のように気合を入れて目の前の酒を見る。


「……はい。覚悟は出来ました。」

「覚悟って……。まぁ、うん。」


二人はグラスを手に持つと、視線を交わす。


「「乾杯。」」


グラスを傾け、酒を口に含む。サンは目を閉じて口内の液体に全神経を集中させ――。


「……ど、どう?サン。」

「……。

思っていたものとは少し、違います……。でも……。」


もう一口、口に含む。


「悪くない、かもしれません……。」


そのまさしく”覚悟“の入りようにシックは笑いながら言う。


「そっか……。それならまぁ、よかったよ。」




提供される料理と食中酒を頂きながら、二人は談笑する。短いようで長い旅は一つ終わり、あるいはこの後別れが来るかもしれないとしても、今この場に悲しい話題など不要なのだ。




「道すがら、ラツアの言葉を勉強しましたが意外と似ているものなのですね。簡単な会話なら成立していました。」

「そうだね。ファーテルとラツアの言葉は大分似ているらしい。ファーテルとエルメアの言葉も結構似ているし、覚えるのが楽で助かった――。」




 「あ、シック。私、これ好きです。美味しい。」

「甘めのワインだね……。なんなら一本、貰っちゃおうか?」




 「ごらんよ、サン。夜の街も綺麗でしょ?」

「本当に……。昼間の明るい雰囲気も綺麗でしたけど、明かりに照らされる様子も綺麗です。」




 「サン、顔が赤いよ。」

「確かに、何だか熱いです……。飲めば冷めるかもしれません。」

「飲んだら余計……、あ!一気に飲んだね?」




 「うぅ……。しっくぅ。ふらふらしますぅ。」

「だから飲みすぎだよ……。この辺で終わりにしよう、ね?」

「そうしておきます……。でも、もう一杯だけ……。」

「ダメだってば。」




 夜は、更けていく――。





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