57 嘘つき
“神託の剣”。神に選ばれしもの“神託者”をたらしめる剣である。“剣”に宿る強力な祝福は人の理を越えており、同じく超常の権能を持つ“贄の王”を討つことの出来る唯一の力である。贄の王を主人とするサンにとってはこれ以上無いほどに忌々しい“それ”は、今この広い大地のどこにあるのか知れない。
サンと違い敬虔で、教会についても知識を持つであろうシックなら何か知ってはいないかと思い質問をしてみる。ただ“神託の剣”は基本的に公にされていないものなので、駄目で元々である。
しかし、サンの予想に反してその言葉を聞いたシックの反応は劇的だった。ひどく驚きながらサンに振り向いたその顔には、驚き、混乱、疑念、そして悲しみ。
そんなシックの反応にサンの方こそ驚いてしまう。
「えぇと、シック……?何か、おかしなことを聞いてしまったでしょうか……?」
シックは答えない。黙ったまま前を向き、止まっていた足を再び動かす。
「あの……。」
「……。
サンは、その名前をどこで聞いたのかな。」
その声は恐ろしく無感情で、まるでサンの知るシックではないようである。
「た、たまたま、耳に挟んだのです。」
「そうなんだ。……あまり、人の知る名前じゃないはずなんだけどね。」
その声は最早ある種の険呑さすら孕んでいた。
サンは混乱し、恐怖を覚える。一体シックはどうしたのか。その言葉を知っている事がどれほどの事だと言うのか。
「私の、主様に関わることです。……ほんの偶然で耳にしたのですが、それが何なのか分からなくて……。シックなら何か知っているかと……。」
「そっか。そう……。」
再びサンの方を振り向いたシックの顔には笑みがあった。ただ、それは決して嬉しげでも楽しげでもなく、ただ寂しさだけが浮かんでいた。
「サン。その名前はね、あまり口にしない方が良いよ。とても、畏れ多いものだから。」
「畏れ多い……?」
「そう。そんなに色々なことを知っている訳じゃないけどね。名前と、逸話を少し知ってる。
教えてもいいけど、約束して欲しい。――誰にも話さないでほしい。決して、誰にも。約束してもらえる?」
サンはシックの雰囲気に気圧されながら頷く。
「はい。誰にも、話したりはしません。」
「ありがとう……。と言っても、大した話じゃないよ。
――昔、一人の男がその剣を手にしたんだ。男は自分の使命を果たして見せたけど、誰にも愛されることは無かった。そのまま、孤独に一人で死んでいった。
その男だけじゃない。“神託の剣”を手にした人はみんな、“最も望んだもの”を手に入れることなく失意のままに死んでしまったんだ。
そんなところかな。」
その話がサンの胸中に訪れさせたのは様々な思いだったが、理解しがたいのは“どうしてそれを人に話してはいけないのか”だった。
言ってしまえば、それはありきたりだ。まるで呪いの剣だが、そんなものはおとぎ話の中に散見するような類でしかなくて、とても人に決してと念押ししてまで口留めする話には聞こえない。
シックは何か隠している。それがサンの結論だったが、流石にそれを聞くわけにはいかなかった。その代わり、どうしても聞きたい事がひとつだけ――。
「……話は、分かりました。誰にも話しません。でも、どうして……。
――どうして、そんな顔をするのですか?」
話し終えるころ、シックの顔はほんの少しだけ色を変えていた。サンには、それがどうしても泣きそうな顔にしか見えないのだ。
シックは意識して表情を消すと、嫌に上手な作り笑いを浮かべて見せた。
「そんな顔?何か、おかしな顔でもしていたかな。」
サンは心の中で呟く。
――嘘つき。
「……。えぇ、とっても。とっても、おかしな顔でした。」
「それは酷いな。顔は生まれつきさ。俺だって本当は――。」
続くシックの冗談めかした話などサンはほとんど聞いていなかった。
シックに嘘をつかれたことも、嘘をつかせてしまったことも嫌だった。そして自分だって嘘ばかりついていることが嫌だった。
でもどうしたらいいか分からなくて、何が出来るか分からなくて、もう一度心の中で呟くしか無かった。
――嘘つき、と。




