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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
55/292

55 脱獄


 砲声とともに迎えた最低最悪の朝を越え、長い沈黙の昼が過ぎ、ようやく訪れた夕暮れ。サンとシックはこの町を囲む檻――外壁を越えて脱出する策を練る。ああでもない、こうでもない。それは危険、あれも危険。最小の声で行われた喧々諤々の相談の結果、決まった策は次の通りだ。


 まず、潜伏する部屋を出て一階に移動。シックが近くの馬屋に繋げているポラリスを回収し、サンは外壁の下へ。シックはポラリスに乗ってサンと反対方向で騒ぎを起こし、人目を引き付ける。その間、サンは“土”の魔法を駆使して外壁に馬が通れるだけの穴を空ける。穴が空き次第、魔法で合図を打ち上げる。シックは合図で穴へ駆け、先に外に出ていたサンが援護する。シックが脱出次第、外壁を崩落させて追手を封じ、二人でポラリスに乗って追手を振り切る。


 あまりにシックの役回りが危険だとサンは猛反対したが、逆では無理だ。魔法使いであるサンでなければ外壁には手も足も出ないし、サンでは囮を引き受けて生き延びるだけの戦闘力が無い。囮がいなければ穴を空ける時間を稼ぎきれないし、ポラリスがいては隠れようにも隠れられない。


 それに、どうもシックには何か秘策があるらしい。口は堅くサンには何も話してくれなかったがその秘策ならシックは無事に逃げ切れると確信しているらしかった。




 サンが押し切られる形で作戦は決まり、決行の深夜まで交代で仮眠を取ることになる。せめて、とサンが先に番を担当し、シックはベッドで眠りにつく。ちなみに、番を交代するつもりはサンには無かった。その傍らに座りながら、サンはいざとなれば自らの奥の手を使うことを覚悟する。それは権能であり、あるいは贄の王という切り札に頼ることだ。自らが人ならざる世界に足を踏み入れていることをシックには知られたくなかったが、二人の命には代えがたい。それに、正体をばらすことになっても贄の王なら許してくれるだろうという見通しもあった。


 サンはそっと懐の拳銃を撫でる。音を立てる訳にはいかないサンの方では活かせないし、せめてこれはシックに貸し出すつもりだ。必要なら他の装備を貸すことも厭うつもりは無かったが、魔法使いでないシックには扱えないものばかりなのだ。


 サンは眠るシックの髪に触れる。サンの柔らかいそれと違い硬い茶色の髪。敬虔なところなど気に食わないところもあるが、今やサンにとって大事な友人となったシック。ここが今生の別れなど絶対に嫌だった。二度も友人を失うなど絶対にごめんだ、とサンは思う。何としても、二人生きてこの町から逃げ延びるのだ。


「シック……。」


サンはシックの頬に手を添える。


「こんなところでお別れなんて、嫌ですからね。」


その頬を優しく撫でる。


「絶対に、無事でいて下さいね。」


眠るシックがサンの手に顔を擦り付けてくる。その様子に、サンは微笑む。


「私も、頑張りますから。」




 深夜。決行の時刻。


 どうして起こしてくれなかったのかと口を尖らせるシックを宥めすかし、サンは準備を整える。二人の荷物を持っていくのはサンの役目だ。


 シックは己の剣と、サンから借り受けた“雷”の拳銃二丁。勿論、シックが使う分には連続で撃てるだけの拳銃である。それだけでも強力だが、本来の性能は引き出せない。


 サンは以前贄の王からもらい受けた装備一式と、黒い“闇”の剣と、二人の荷物。拳銃だけが無いが、どのみち音を立てられない以上不要である。


二人は最後に目を合わせて無事を願いあうと、それぞれの役目に向かって歩き出す。シックはポラリスを駆り、囮へ。サンは外壁の下、脱出路を作る。




 サンは建物の二階から通りを見渡し、周囲を見張る。シックは既に立ち去っており、そのうち拳銃でサンに合図の音をくれるはずだ。その音が聞こえるまで、サンは建物二階から動かない。


 今か、今かとその音を待ち続けるも、なかなか来ない。もしやシックの身に予想外の事態があり、拳銃を撃つ間も無く囚われてしまったのではないか……。そんな心配に身を焦がし始めたころ、ようやく待ちわびた音が響いてくる。


 ばぁん……!


 サンは“動作”の魔法で荷物を浮かせ、自身は窓から通りへ飛び降りる。そのまま着地し、わき目も振らずに外壁の下へ走る。荷物を投げ落とすように外壁の傍へ放り出し、“土”の魔法で外壁に穴を空け始める。


 慌てて外壁を崩さないように、なるべく音を立てないように、それでいて限界まで早く……!


 サンは己の人生でこれほどまでに集中したことはあっただろうか、というほどの集中で魔力を操る。ぼろ、ぼろ、と石組の外壁から石が外れていく。それと同時に、外壁全体が崩れないように補強する。右手と、左手。全く正反対の魔術を操りながら、サンは穴を空けていく。


 少しずつ、少しずつ。慌てず、騒がず、全力で急ぐ。


 必要なのは、馬が走り抜けられるくらいの穴。それはかなり大きな穴である必要があるという事だが、やるしかないのだ。サンは必死の思いで外壁の穴を広げていく。


 どれほどの時間が経ったか、やっとの思いで拳一つ分の穴が向こうまで貫通する。だが、ここからは少し楽だ。穴を作る石組をすこしずつ解いて、外していく。そうして、穴をどんどん広げていく。決して崩さないよう慎重に、でも急いで――。


「……おい!そこのお前。何をしてる!」


 びく!とサンの身体が驚きに跳ねる。勢いで外壁を崩さないよう、補強だけして後ろを振り向く。


 少し離れたところに、カンテラの光とそれを持つ男の紫色の軍服が見える。サンは集中しすぎて、見つかったことに気づいていなかったのだ。


 まずい、と唇を噛みながら、突然撃たれないよう従順さを示す。自分の体で壁の穴を隠しつつ、立ち上がって両手を上げる。すると、兵士がゆっくり近づいてくる。


 「おい!フードを取れ。それから、両手を上げたまま背中を向けるんだ。」


 サンは言われたとおりに、ゆっくりとフードを両手で取り、男に向かい合う。何故か、兵士の動きが一拍止まる。


 その隙をサンは逃さない。上にあげたままの右手から”水“の魔法で水球を兵士の顔面にぶつける。


 「ぶぉっ!……何――。」


 左手で、”土“の魔法。兵士の足元を勢いよく打ち上げ、その足をすくう。頭から転倒した兵士に走って近づく。走りながら抜いた剣で兵士を突き刺そうと――。


 ばん!


 兵士がやみくもに放った銃弾はまるで見当外れのところに飛んでいき、サンには掠りもしない。僅かに遅れて、その胸に黒い剣が突き立てられる。


 斬り裂くように剣を引き抜き、兵士を絶命させたサンは焦る。拳銃を撃たせてしまった。音を聞かれてしまう。


 ふと気づくと町の遠くの方から何やら騒ぎが聞こえてきている。間違いなく、シックだろう。だがそれを除けば静かな夜だ。今の銃声を聞きつけた者は絶対にいる。


 サンは作戦を変更する。その場で外壁の方に振り向くと、右手を地面につけて詠唱する。


「『我は大地の子。怒れるままに振り上げる。右の拳が大地を砕く。腕を伸ばして、天を掴む!“憤怒の城拳”!』」


 それは土砂の爆発だ。サンの眼前、外壁が地面から斜めに吹き上げる土砂の急流に押し流されて、打ち砕かれて、破壊される。凄まじい轟音と共に土埃が舞い上がり、視界が一気にゼロになる。


 土埃にむせながら、続けて左手で“風”の魔法を使うべく詠唱する。


「――けほっ、けほっ。んんっ!……『荒れるものは天。荒むものは地。揺るがすそれは嵐の乱風。いざ!“翔乗風牙”!』」


 大地から渦を巻いて風が吹きあがる。急速に細まる天地逆向きの竜巻が土埃を風に乗せて一気に舞い上げ、天に打ち上げる。高く高く舞い上がった土埃が星々を覆い隠し、大地の夜闇を一層濃くしてしまう。代わりに、大地を塗りつぶしていた土埃は晴れ、サンの視界は透き通る。


 その目に映るのは、完膚なきまでに破壊され、巨大な穴状に欠けた外壁の姿。“憤怒の城拳”に吹き飛ばされ、瓦礫もほとんど無しにむき出しとなった地面は馬を横に二頭分ほどで、ポラリスとシックが走り抜けるに十分だ。


 その場で右手を天に向け、“炎”の魔法を放つ。詠唱も無しに放たれた火球は天高く舞い上がり、やがて消える。だが、夜の闇においてその光は一層輝き、大地を一時照らし出した。必ず、シックも気づいたはずだ。


 サンは傍に転がっている荷物を“動作”の魔法で持ち上げると、崩れた外壁の向こうに向かって走る、走る。


 途中振り向けば、外壁沿いの通りを遠く挟むように、無数の明かりが迫っていた。シックの無事を祈りながら、サンは外壁跡を越える。“動作”で持ち上げていた荷物を適当な距離に放り出すと、振り向いてシックを待つ。あとは、ここで援護してから、この跡を通れないようにするだけだ。


 まだか、まだかとサンは焦れる。走ったことで上がった息と、シックの無事を願う心が緊張して心臓を締め上げる。外壁沿いの通りをずっと遠くにあった明かりたちはどんどん近づいてきている。追手が迫っているのだ。


 まだシックは来ない。サンは両手に水の魔法を準備してひたすら待つ。


 まだ、まだ。まだ……来ない。


「はぁ……っ、はぁ……っ!シック……っ!」


 そして、どこからか馬の走る音が聞こえる。そちらを見れば、通りにシックの乗るポラリスが飛び出してくるところだ。その背後には、いくつもの騎兵。


 サンは喜びに声を上げそうになるのを我慢して、”水“の魔法を使うべきタイミングをはかる。


「……サン……!」


 シックの声が聞こえる。無事だ。


 シックとポラリスが十分近づくのを待ってから、サンはその背後に”水“の魔法で水をぶちまける。首元の”水“のペンダントを握り、水量をひたすら増す。凄まじい水の量は勢いづき、疾走するポラリスの足元に追いつき、追い越していく。


 ひたすらに水をまかれ続けた地面はぬかるみ、辺りはどんどん泥土で一色になっていく。シックを追っていた騎兵たちの馬はぬかるみに足をとられ、また大量の水をぶつけられて転倒する。あとからあとから出てくる追手たちも、水の無い場所とは思えないほどの大量の水の勢いに押され、シックを追って来られない。


 足元の水を跳ね上げながらポラリスが外壁を越える。”水“の魔法を行使し続けるサンの横を、一陣の風となって走り抜けていく。


 サンは魔法を止め、振り向いて走る。外壁から十分に離れたところで、残った外壁の根の部分に“土”の魔法を行使する。


 “憤怒の城拳”によってぼろぼろになっていた外壁はその小さな力で一気に崩れだし、滝のごとく石の雨を降らせ始める。瓦礫はサンたちの通った穴も塞ぐように降り積もり、再び舞い上がった土埃が辺りを覆う。


 そこまで見届けて、サンは荷物を抱えて待つシックの下へ。シックを前、サンを後ろに二人でポラリスの背に乗ると、シックがポラリスを駆けさせる。


「はぁっ!」


 一気に駆け出したポラリスの背、振り落とされないようシックの背にしがみついたサンは振り返る。土埃でほとんど何も見えないが、明かり一つ追っては来ない。遥か、外壁沿いにあるはずの門からも、追手らしい明かりは見えない。


 サンは、シックの熱い体温を感じながら、あの檻からの脱出に成功したことを確信した。





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