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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
53/292

53 砲声とともに


 何事も無く迎えた翌朝。サンは身支度を整えると、シックのいる隣室のドアをノックする。少しして返事がある。ドアを開けて中に入れば、既に身支度を整え終えて荷物もまとめ切っているシックがいる。サンの主とは違い、シックは朝に強い方なのだ。二人は揃って階下の食堂を目指しながら挨拶を交わす。


「おはようございます、シック。早いですね。」

「おはよう、サン。サンこそ俺より早いじゃないか。」

「私は元々、主様を起こすのが日課でしたから。ふふ、主様は朝が弱いんです。一度起こして差し上げるのに、大体もう一度眠ってしまうんですよ。」

「ははは、なるほどね。起こす方も大変だ。」

「普段は毅然としておられる方なので、何だか可愛らしいんですよ。……私が居なくて、ちゃんと起きておられるかしら。」

「へぇ。それは確かに、心配かもね。」


宿一階の食堂では既に朝食が提供されていた。適当な席で食べつつ、今日の予定を確認し合う。


「今日は、昼には出発したいね。出来ればもう少し早く。そうすれば、今日中に次の村に着ける。ここほどじゃないけど、宿で眠れるよ。」

「それはいいですね。慣れましたが、野宿は辛いものがあります。」

「そうだね。やっぱり、ベッドで眠りたいよ。」

「それで、食糧の調達だけしていきましょう。今のままだと、数日しか持ちません。」

「うん。戦争からは離れつつあるし途中の村々で買えるかもしれないけど、備えは必要だからね。」

「一番短いから、とこの道を選びましたが……。正直、違うルートでラツアを目指すべきだったかもしれません……。」

「まぁ、それだと俺とサンはこうして会えていなかったし……。これも巡り合わせじゃないかな。」

「それはそうなのですが。……?」

「どうかした……、ん。何の音だ?」

「分かりません。……何も無いと良いのですが。」

「見てくるよ。少し待っていて。」


そう言うと、シックは朝食を置いたまま宿の外へ出る。サンはそれを見送りながら、聞こえてきた音――何かが爆発するような――の正体について考えていた。


 どどぉおん!


聞こえてきた轟音に思わずサンは身をすくめる。床の下から伝わってくる振動。一体何事かと、宿の他の客たちもざわめきだす。


 宿の入り口からシックが歩いて戻ってくる。その顔は強張っており、何が起きたかを察しているらしい。


「サン。……少し、まずいかもしれない。」

「一体、何が?」

「ひとまず、部屋に戻って荷物を取ろう。それから、出来ればすぐに町を出る。急げば間に合うかもしれないから……。さぁ、悪いけど急いで欲しい。」

「……分かりました。すぐに行きましょう。」


サンは食べかけの朝食をそのまま残し、シックについて部屋に戻る。僅かに出ていた荷物を纏めて背負い、外へ。


 どどぉおん!!


 再び、轟音。先ほどよりもそれは確実に近づいていた。


「サン、これは大砲が着弾した音だ。どこか分からないけど、軍隊がこの町に迫っているんだ。」

「そんな。では、この町を攻撃に?」

「目的までは分からないけど、たぶん占領するだろう。ここは前線よりもずっと後ろだ。どうしてこんなところに……。」

「防衛の兵は居ないのですか。」

「全くいないはずは無い。でも、さっきの大砲を聞いただろう?間違いなく勝てないよ。」

「そうですか……。では、余計急がないと。」


 宿の脇で預けていたポラリスを受け取り、二人は早歩きで町の外を目指す。町は、既に混乱が起きつつあった。


「走ってはダメだ。混乱が加速したら余計に逃げられなくなる。」

「しかし、手遅れになっては……。」


 どどぉおん!!!


 次は明白だった。町の中、サンたちの遥か後ろの方で勢いよく土煙があがる。町の中に着弾したのだ。辺りから悲鳴が上がり、数多くの人々が遠ざかろうと走り出す。サンは後ろから勢いよくぶつかられ、思わず倒れそうになるのをシックが支える。


「まずい。サン、走るよ!」

「は、はい!」


 二人は人の流れに乗るように走り出す。やがて見えてきた町の出口には、人だかりが出来ている。


「遅かったか……!」

「出口が、塞がれているのですか?」

「敵は反対のこっちにも兵を回していたんだ。あの人だかりの向こうで――。」


シックが言い終わらないうちに、人だかりが割れる。その向こうから現れたのは、馬に乗ってライフルを構える紫の集団。


「サン!こっち!」

「はい!」


二人は慌てて横の路地に駆け込む。シックはフードを深く被り、横のサンにもフードで顔を隠すよう指示してくる。少しすると、先ほどまでサンたちが居た大通りを騎兵たちが駆けていく。嵐のような蹄鉄の音が過ぎ去ると、シックが大通りを覗き込む。そしてサンの方を振り返り、首を横に振りながら言う。


「ダメだ。もうあそこからは出られない。かといって、ここが潰されているとすると……。」


どどぉおん!!!


 また、着弾。今度も、先ほどと同じ町中のどこかだ。


「シック、どこかに隠れましょう。夜を待って、脱出の機会を探った方が良いと思います。」

「しかし……。見つかってしまったら……。」

「無理に抜けようとする方が危険だと思います。違いますか。」

「……その通りだ。見つからないで逃げるのは不可能。かといって軍隊を相手にも出来ない。となれば……。夜を待つ、しかないか……。」

「はい。……大丈夫。私たちなら身を守るくらいは出来るでしょう?」

「……そう、だね。でもサン。……絶対に、俺から離れないで。」

「はい。分かりました、シック。」




 二人は隠れる場所を探して路地を走る。狙いは、目立たない建物の中。地下室や、二階以上の部屋。それから、町の外周に近い場所。脱出の際、町の中をばたばたと走るのは賢明とは言えないからだ。


 町の外周を目指して路地を走る、走る。途中、一つの曲がり角を曲がって――。


 紫の軍服に身を包んだ男二人組と鉢合わせる。男二人はサンたちの足音を聞いていたか、既にライフルを構えている。


「止まれ貴様ら!地面に――。」


サンよりも前にいたシックが動く。仲間を呼ぶ暇を与えないつもりだ。閃光のごとき斬撃が男の喉を斬り裂く。


「な――。」


もう一人、男がライフルのトリガーに力を込めようとして――。次はサンが動いていた。シックの陰から飛び出すように剣を振るい、男の右腕をすくい上げるように斬り落とす。痛みと驚きに悲鳴を上げようと大きく開いた口に、シックの剣が突き立てられる。男は悲鳴の代わりに掠れた空気と血泡を吹き出して倒れる。


「流石です、シック。」

「サンも。行こう。」


 幸いそれ以上の接敵も無く町の外壁まで辿り着くと、二人は手近な建物を決めて中に入る。ポラリスは、少し離れたところにあった馬屋に繋ぐ。


 なるべく音を立てないよう中に入ってドアを閉める。一つだけの階段を上り、二階、三階へ。二つあるドアの片方を開けると、そこは寝室らしかった。サンとシックは目線を合わせて頷きあうと、ここを隠れ場所に決める。内側からドアを閉め、鍵はあえてかけないままにする。それから床に荷物を下ろし、それぞれ椅子とベッドに腰掛けて、ようやく一息をつく。


「はぁ……。まさかこんなことになるとは……。」

「本当に……。昨日出立しておくべきでしたね。ごめんなさいシック。私のワガママで。」

「サンのせいじゃない。所詮、後からなら何とでも言えるってだけだよ。それに、滞在を提案したのは俺だ。」

「……そう言ってくれると楽です。ありがとうございます。」


シックは強がりに笑って大丈夫だ、と答える。サンも、それ以上は掘り返さないことにする。


 時間はまだ、昼前である。長い一日の始まりになりそうだ、とサンは思った。





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