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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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52 一時の安息


 二人はカフェを出ると、町の歴史や成り立ちについて調べてみることにする。といっても本格的な調査などでは無く、観光半分の気楽なものだった。


最初に、町の本屋を探してみる。たまに、地域に根付いた伝承や歴史などをまとめた書物があるので、そういった類を目当てにしてのことだ。


 二人並んでぶらぶら歩きまわり、書物を取り扱う店などを探す。流石に午後からのあと半日で町中を巡れるわけもないので、見つからなかったらそれまでだ。


「本屋、本屋……。この町にもあるといいんだけど。」

「無い事は無い、と思うのですが。見つけられるかどうかですね。」

「どうかな。主要な都から外れると文字が読めない人は一気に増えるんだ。この町はちょうどファーテルとラツアの中間くらい、つまりどちらからも遠い……。本屋が無い可能性は低く無いんじゃないかな?」

「文字が読めない人ってそんなに居るものなのですか……。私、あまり大きな都から出た事が無くて。」

「いるよ。通り過ぎた農村に文字、見つかった?ほとんど誰も読めないんじゃないかな。」

「言われると、確かに……。絵ばかりのビラはそういう意味だったのですね。文字を書いても、読まれないかもしれないから。」

「そうそう。エルメアなんかだと逆に文字ばっかりだけどね。やっぱり都に住む人たちは文字が読める人の方が多いんだ。」

「ふぅん……。字が読めないって、何だか想像がつきません。」

「サンは、そうかもしれないね。俺も両親に習ったから……確かにちょっと想像しづらいな。」

「本が読めていなかったら、私……。どうなっていたでしょう……。」


サンはふと考えてみる。自分が文字を読めなかったら。それはつまり、今のような魔道の知識は欠片も無いという事になるし、エルザと手紙のやりとりも出来なかった事になる。それ以前に、身の回りの事が何も分からないで下女の扱いを受けるままだっただろう。そう考えると、幼い頃に教育を受けられたのは幸運だったのかもしれない。


 サンが辺りを見回してみると、確かにこの町は文字が少ないかもしれない。読めない人々には、謎の模様にでも見えているのだろうか。


 そんな折、たまたまサンの目に留まったのは服を扱う店である。


 そのまま、横のシックを見てみる。旅の間なので当然と言えば当然だが、シックはずっと同じ服を着ている。


「シック。服を替えてはどうでしょうか。随分ぼろぼろになってしまっていますし。」

「服かぁ。確かに同じ服なのは気になるんだけど、余裕も無いし……。」

「でしたら、私がお金を出します。ほら、行きましょうシック。」

「いや、そんな悪い、じゃなくて待って。分かった。行くから引っ張らないで。」




 サンがシックを引っ張り込んだのはそれなりに大きなお店だった。町民から旅人向けまで多く扱いがあるが、店の半分ほどを見慣れない服が占めている。


「こちらはラツアで着られている服です。この町は古くから交易で成り立っておりまして。」


店員が言うには、そう言う事らしい。ファーテルとラツアのちょうど中間あたりにあるこの町は、両地の交易が盛んな町なのだとか。


「ラツアの。なるほど……。シック、折角ラツアに行くのだから服もラツアの物にしてはどうでしょう。」

「まぁ、いいけど……。何というか、ラツアの服は色合いが豪華だね?」

「あ、でもラツアの服なら現地に着いてから買った方がいいでしょうか……。ここで買ってしまったら勿体無いかも……。」

「あー……。そうかもね。じゃあ、普通の旅服で……。」

「む、ダメですよシック。せっかくの機会なのですから。」

「いや、お金も勿体無いし……。」

「そんなことは良いのです。気にしてはいけません。」

「そういう訳にはいかないよ。返せるあてもないのに。」

「返さなくていいのです。……うん、取り敢えず一回着てみてから選びましょうシック。取り敢えず、あっちのラツアのものから。」

「はーい……。」




 「うーん……。シックはどちらかと言うと明るい服の方が……。こっちかな……。」

「俺は無難なら何でも……。」

「着比べてみませんか。こっちと、こっち。」

「え、もう少し地味なやつで……。」

「一回。一回着てみましょうシック。お願いします。」

「う……。分かった、着てみる……。」

「ありがとうございます。それじゃあ、あと……。」

「ま、まだあるんだ……?」




 結果として、シックはラツア式だが派手過ぎず、色合いも落ち着いた服を着て店を出ることになった。言うなれば、ラツアの旅人といった風体はシックの雰囲気にもよく似合っていた。その疲れた顔だけが不思議と印象的ではあったが。


「私、服を選ぶのがこんなに楽しいなんて初めて知りました……。不服を言えばちょっと普通すぎるところですが……。」

「いいよ、普通で……。普通が一番だから……。」

「な、なんだかごめんなさいシック。すっかり付き合わせてしまって。」

「いや……。サンが楽しそうだったし、まぁいいかな。……ちょっと疲れたけど。」

「だって……。シックにはどんな服が似合うだろう、と思って……。つい……。」


ちょっとはしゃぎすぎてしまった、とサンは反省する。でもシックをあれこれ着飾らせるのはとても楽しかった。またやろうと密かに決意する。そう言えば、贄の王もいつも同じ服装だから、似合う服を見繕ってみようか。まずは、城にある衣装から……。


 そんなサンの表情はまだ豊かとは言えないまでも、出会った頃の動かない顔と比べれば随分変わるようになったとシックは思う。……疲れたのは事実だったが、何だかんだでシックも楽しんでいたのだ。主に、サンを見る方を、だったが。


 さりげなく自分用の新しい服を手に持ちながらサンは歩く。その横を新品の服を身に纏うシックが歩く。穏やかで、和やかで、楽しい時間だった。


「思ったよりも時間が経ったけど、次こそは本屋が見つかるといいね。」

「そうですね……。というよりも、私の用事にばかり付き合わせてしまっていますがシックは良いのですか?」

「うん。俺には特に用事らしい用事も無いし……。こうしてサンに付き合うのも楽しいからね。」

「それなら、良いのですが。……では、本屋をまた探してみましょう。」




 その後、幸運にも二人は本屋を発見することが出来た。この土地の、と言うよりは先ほどの服屋と同じくラツアの本とファーテルの本が行き交う中継地点としての本屋のようだった。残念ながら二人ともラツアの文字は読めないため、ファーテルの本ばかりを見ることになる。


 店の中で別れ、サンとシックはそれぞれ自由に本を眺める。サンは主に“贄の王”や”神託者“にまつわる伝承の類を探す。まさかこんな所で新しい発見があるとは思わないが、僅かなヒントでもあれば、という思いだった。


 世間一般では、”贄の王“は半分おとぎ話の存在だ。何せ、”贄の王の呪い“なるものはあっても誰も”贄の王“を見たことが無い。その点ファーテルでは遠く魔境の地に住まう悪魔とされているだけ、馴染みのある方だろうか。エルメアなどでは完全におとぎ話の存在であるらしい。


 事実、ファーテルの都にいた頃のサンの周りの人間たちは”贄の王“とその”呪い“について懐疑的だった。その反動か、サンは”贄の王“に親近感のようなものをすら抱いていた。かつて魔境の城で初めて目覚めたとき、”贄の王“という相手の名乗りを素直に受け入れられたのはそういった要因が大きいだろう。自分の嫌いな世界を呪ってくれる自分の味方のようなものと、サンの幼さは思っていたのかもしれない。


 もちろん、今は違う。目にしてきた数々の超常現象の類から、”贄の王“もその”呪い“も真実だと知っている。それに、今や”贄の王“はサンの空想の味方では無く、正真正銘サンの味方で、主人だ。その身を伝承の終わり、すなわち”神託者“による討伐から救うためならばサンはどんな事でもする覚悟だった。


 だから、サンも内心では焦っていた。こんなところで油を売っている場合ではないのに。一刻も早く“神託者”を見つけなければ。そして、何としてもその足を止めるのだ。そうでなければ、サンの主は。サンを唯一、救ってくれた人が。サンがもう一度、救いたいと思った人が。


 サンは必死だった。どこか投げやりな気持ちで収まった従者の席。もはや、しがみついてでも離れまいとするその席。守らなければいけない、例え何を捨てることになったとしても――。


 そんな折、サンが開いていた本の中に気になる記述を見つけた。その書物は民俗学者が“贄の王”の伝承とそれに纏わる事柄に関して研究したものをまとめた書物らしく、かなり広範に渡って一般の見地から見た“贄の王”に関連する事実が纏まっていた。


 サンが気になった記述と言うのは、魔物に関してだ。魔物と言うのは一般的に、“贄の王”が放つ悪魔の尖兵という事になっている。しかしこの研究によると、魔物の発生は“贄捧げ”の儀式の後にこそ増えると書かれていた。


 これは明らかにおかしなことだ。少なくとも一般の見地からすれば魔物は“贄の王”が放つ存在で、”贄捧げ“とは”贄の王“に命を捧げることで”呪い“を解いてもらう、という理解になっている。それなのに”贄捧げ“の後にこそ魔物は増えるのだと言う。事実、この学者がまとめているデータによれば魔物の発見報告は明らかに”贄捧げ“のあとほど増えている。発見報告が最も減るのは”贄捧げ“の直前。最も”呪い“が濃い時期のことだ。


 これはサンからしても理解不能な事実である。サンの知る事実からすれば魔物と“贄の王”は本質的に無関係のはずだ。だが、“贄捧げ”は”贄の王“――正確には、”贄の王座“――とつながりがある。では、魔物と”贄捧げ“に繋がりがあるのだとすれば、それは?


 この学者が書物の中でまとめている事には、「魔物とは“贄の王の呪い”の具象化である。“贄捧げ”とは“贄の王の呪い”の形を変えているに過ぎないのだ。」とある。


 それが事実かはさておいても、何らかの繋がりがあるらしい事は間違いない。


 そこでサンはこの書物を購入してみることにする。自分では分からなくとも、あるいは贄の王本人なら分かることもあるかもしれないと思ってのことだ。サンが何か購入したのが気になったか、シックが寄ってくる。


「サン、何か買ったの?」

「えぇ、これを。」


そう言って見せると、シックが興味深いと反応する。


「『贄の王の呪いとその関連する事実全般についての調査と結果またその考察』……。へぇ……。かなり難しい本だね。」

「少し気になる記述もあったのです。もう少しちゃんと読んでみようと思いまして。」

「なるほど。もし機会があれば俺にも少し読ませてよ。ちょっと興味があるな。」

「えぇ、構いませんよ。」




 その後いろいろと見て回ったが特にめぼしいものは無く、ファーテル・ラツアの辞書だけ買って書店を出る。すると、もう随分日が傾き始めていた。二人はそろそろ宿に戻り身体を休めることで同意すると、宿の方へ歩き出した。




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