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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第一章 世界の敵たる孤独な主従
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5 魔法実験


 「――サンタンカ、とは聞きなれない響きですね」


「異郷の言葉だな。ここよりもずっと東の地の言葉だ」


「異郷……。そういえば、主様は私と同じ言葉を話していますが、出身はどちらなのですか」


「ファーテルより南。ラヴェイラという国だった。あちらではまた違う言葉が使われていたが、言葉を覚えるのは得意でな」


「ラヴェイラ……確か、数年前に戦争で名が変わって今はラツア、でしたか。私はファーテルの言葉しか分かりませんが……」


「向こうの言葉ではラッツェア、だな。まぁ、特に愛着も無い」


 贄の王は故郷に対し酷くそっけない。


「ふむ……。言葉を覚えるのが得意、ということは他にもお使いになられるのですか?」


「あぁ、内海でラツアと交流のある言語はおおよそ分かる。アッサラの言葉も少し」


「さらに、“サンタンカ“の異郷の言葉ですか?それではもう、世界中どこでも言葉がわかるようなものですね…」


「それは言い過ぎだ。異郷の言葉は少し単語が分かる程度だしな。……世界は、お前の思うよりもずっと、広いぞ」


「世界……ですか。……天秤の神が奉じられていないところもあるのだとか」


「あるとも。先ほどから話に出ている異郷の地もそうだ。信心深いものどもが正義を広めなければなどとうるさかったくらいだ」


 そこで少女は憎々しげに吐き捨てる。


「あんなものに正義などありはしません」


「……聞いた経緯からすれば神を呪うのも当然か。【贄の王】に仕えることにしたのもそれが遠因か」


「いえ、そういうわけでは……。確かに、多少の同族感を得ていたのも事実ですが……」


「責めようつもりはない。気にするな」


 そう言うと贄の王は立ち上がり、サンにも立てるかと問うてくる。サンが危なげなく立ち上がるのを見ると、続けて実験をしておこうと言った。


「先ほどの魔法の実験ですか」


「そうだ。休ませてやるべきかもしれんが最低限は確かめておく必要がある。出来そうか。いくつか魔法を試すだけだ」


「ええ。問題ありません」






 贄の王はサンを連れて謁見の間を背にまっすぐ廊下を歩く。


 ただ人が歩くためにはあまりに大きい廊下は天井に嵌められた窓からの光で照らされ、壮麗な空気に満ちていた。


 やがて廊下はそのまま巨大な階段になり、いくつもの大きく開け放たれた門をくぐりつつ外へと解放される。そこは広大な中庭になっており、その中庭に突き出すように階段は終わっていた。






 ぐるりと宮殿に囲まれた中庭は褪せた緑の芝で整えられ、花壇や低木にはやはり色褪せた花々が咲いており、かつてとても美しかった姿のまま時が止まっているかのようだった。――鮮やかさだけを失って。


「見事な中庭……だったのですね。どうして荒れていないのですか」


「【贄の王座】の影響だ。この城は魔力が歪められている。城が廃墟でないことに疑問を抱いたか?」


「ええ。外の街は廃墟なのに……と」


「町も多少影響を受けてはいるようなのだ。そもそも石や木が風化するのは健全な魔力の自然的な営みのため。城ではほぼ完全に、街ではある程度まで、魔力が正常な営みを失っている。それゆえに石も木も植物もほぼ当時の姿を残している。……お前への影響も調べねばな」


「魔力の性質遷移が滞っているということですか」


「そうだ。正常な魔力の性質は火が風に溶けるように遷移するが、それがない」


「それで……。花々の色が褪せているのは?」


「魔力というよりは、闇が濃いせいだろう。光と闇を独立した魔力とする学説もあるが、それに例えるなら光の魔力量が正常よりずっと少ないからだ。鮮やかさは命の強さ」


「光と命は強さを比例させ、闇は逆。なるほど、言われてみれば単純な理論に従っているだけなのですね」


「そうなる。もちろん“そのもの”が光と闇どちらに属するかで反転するから外の魔物どもは強いわけだが……。ここの植物はとうに命を失っているだろうな。見えているのは全て、滅ばぬ骸だ」






 贄の王は中庭の中央まで来ると足を止めて振り返る。中庭ならば魔法の影響が少ないということらしい。


「さて、では始めよう。まずは、最も単純な魔法より調べていこう」


「分かりました。では、【灯火】からやってみます」


 サンは右手と左手を体の前で天に向けると、魔力を練って編み、“かたち“をつくる。


 すると右手の上で指先ほどの火が灯る。左手には何も起こらない。


「左では外から、右では身体から魔力を練ろうとしました。……主様?」


 しかし贄の王は聞こえていないかのようにサンの手をじっと見つめており、何かを考えこんでいるようだった。サンはもう一度呼び掛ける。


「主様、主様?」


「――ん。あぁ、すまない、気にするな。それで、左は外、右は内だったか。……器用だな、素人でないようで何よりだ」


「ありがとうございます。魔力の扱いは多少自信がありまして。……見ての通り、左は魔法が成りません。これもこの城の影響でしょうか、魔力がほとんど動いてくれていません」


「そのようだな……。この場では大気の魔力が闇に侵されているせいで通常の魔法には使えないということか。身体の魔力であれば問題は無い、と。ほかの魔法はどうだ」


 サンは次に【動作】という魔法を試みる。身体の内から魔力を練り上げ、右手の指先に纏うよう“かたち”をつくる。


 指揮棒を振るように右手を軽く動かすと、使用人服を飾るリボンが一つするすると宙に解ける。


 見えない魔力の糸に繋げられたリボンはサンの振る右手に合わせてくるくると宙を踊る。サンが今度は左手をリボンに向けると途端にリボンはぽとりと落ちて、サンの右手に受け止められる。落ちることを予想されていたらしい。


サンは右手で再び【動作】を使用してリボンを元通りに結びなおしながら口を開く。


「【動作】も【灯火】と変わりは無いようです」


「ふむ……。では次だ、この桶に水を満たしてみろ」


 贄の王がそう言うと、足元に真っ黒な桶らしき器が現れる。サンが両手で身体の内から魔力を練り“水”の”かたち”を編むと、手から湧き出た水が桶を満たしていき、やがていっぱいになったところで魔法が止められる。


「余裕はどの程度ある?この桶ならばいくつほど満たせそうだ?」


「余裕はかなりあります。数で……少なくとも、100や200は問題無いと思いますが、はっきりとは」


「なるほど、それならば生活の水に問題は無いな。では、次は火だ」


 すると足元の桶が水ごと消滅し、サンの前、宙に黒い球体が現れ贄の王が燃やしてみるように言う。


 若干可燃物なのか疑問に思いながらもサンが両手を球体に向け炎で包むと、球体は火の中で小さくなっていき、10秒とたたずに姿を消す。


「ではこの場合余裕と数はどうだ」


「まだ、余裕はかなりあります。数も、200は下らないかと」


「なるほど……魔力はかなりあり、練度もそれなり。ここで暮らす分には魔法で成り立ちそうだな。では、今回は次で最後にしよう。……何でもいい。これを破壊してみろ」


 今度は二人から少し離れたところに大きな黒い球体が現れる。宙に浮かぶそれはまるで空間に突如として穴でも空いたかのように見えた。


 サンはエネルギーの大きい“雷”の魔法を使うことに決め、両手で体の内から魔力を練って編み……歌うように“雷”の魔法を唱える。 


「『我は竜、うたうもの。我が爪は空を裂き敵を撃つ。――【雷竜の右爪】』」


 サンが右手で中空を掻くように振る。同時に三本の雷光がサンの右手を追い、そのまま黒い球体に迸る。どどぉおん!と雷鳴が響き渡り、三本の雷は黒い球体を撃ち抜いてそれをバラバラに引き裂いた。


 それを見た贄の王はほう、と息を零し、僅かな驚きを顔に浮かべた。


「見事だな。この場合、余裕と数はどうだ」


「先ほどより魔力を多く使いましたが、余裕はまだあります。数で言えば……10までは確実かと」


「なるほど、なるほど……。よく分かった。疲労も然程無いようだな」


「はい。問題ありません」


 贄の王はまたも取り出したノートにいくつか書きこむ。


「サン。お前は優秀な魔法使いのようだ。……いくつか参考までに聞いておく。魔法は誰に習ったか、また戦闘の技術はあるか」


「魔法は国の魔法使いの教えを受けていました。戦いは……教練ですが実戦も少しだけ。魔法の他に剣と槍、弓を訓練していました」


「ほう。近衛貴族でも女子まで実践向きとは稀だな。ファーテルか……確かに戦士の国ではある。」


「父は近衛でも高い役職だった筈です。女子であれ家名に関わったのかと」


「なるほど。――身を守る程度は出来るか」


「ファーテルで並程度の魔法使いであれば逃げるくらいは出来るはずです。魔物相手は経験がありませんので……」


「なるほど、なるほど……。権能で加護を与えることも考えたが、当面必要は無さそうだ」


 ぱたん。贄の王がノートを閉じるとペンも宙へ姿を消す。


「では今回はここまでだ。何も無ければ部屋へ戻り休むがいい。今更ではあるが、お前は昼に目覚めたばかりの身であるしな」


「――お心遣いに感謝致します。しかし……出来れば一度人の街へ行きたいのですが……」


 贄の王はやや顔をしかめつつ答える。


「人の街か……。確かに転移は可能だ。しかし、何の用だ?後日ではダメなのか」


「いえ、少々買い物と言いますか、必要な物がありまして……」


 それを聞いた贄の王は納得した顔で頷く。


「確かに、不足する物もあるだろうな。婦女子に入り用な物など私には分からないところでもある……。であれば人の都に送るとしよう。――さて、どこがいいやら」


「どこ、とは転移には場所も融通が利くのですか?」


「あぁ。その場所を知っているか、座標が分かればいい。経度の話だな」


「なんて便利な……。それは私にも使えないものでしょうか」


「無理だろうな。これは贄の王の権能によるものだ。普通の魔法とは違い、いわば超常現象の類に近い」


「そうですか……」


 贄の王はまたもどこからか折りたたまれた紙を取り出す。それを宙に放り投げてから魔法で開いて空中に張り付けると、サンが見たことも無いほど精巧な世界地図だった。


「お前が勝手を知るファーテル……は、ダメだな。外見が姫なのだったか。では、エルメアが良いだろう。人の手に出来るものならば、おおよそ手に入る」


「エルメア……知識だけはありますが……。それに、言葉が分からないのですが……」


「エルメアであれば案内を雇えるだろう。ファーテルの言葉が分かる者もそれなりにいるはずだ」


「それでしたら。……それから、図々しく申し訳ありませんが、金銭はお与え頂けるでしょうか」


 贄の王はやはりどこからか小さな袋を取り出すと、ジャラジャラと音をさせて硬貨を放り込んでいく。サンに手渡されたそれはずしりと重みを感じさせ、それなりの金額が入っていることを窺わせた。


「ありがとうございます。……あの、先ほどから、どこから?」


 さっきから気になっていたことをついにサンは聞く。


「作っているか、転移で手元に移している。人の硬貨を造るなど容易いことだ」


 簡単に返ってきた答えに愕然とする。サンにとって、硬貨を造ったという返事はそれなりの衝撃だった。


「何というか、各国の既得権益層がどんな顔をするやら……?」


「何を言っている?」


 すると贄の王はニヤリと笑う。


「お前の目の前にいるのは【贄の王】。世界を呪いに沈める悪魔だ。一体そいつらが私に何を出来ようか」


 堂々たる姿にサンは今度こそ感嘆する。確かに、目の前の主は世界を相手に勝利すら出来よう超常の存在なのだ、と。


「では、ありがたく頂きたく存じます。ありがとうございます、主様」


「あぁ。では、準備などはあるか。転移はすぐに出来る」


「いいえ。問題ありません」


「分かった。――行くぞ」


 贄の王がそう言うや否や、世界が瞬きの間に闇に包まれる。サンの視界はその全てが闇に染まり、主の姿だけがぽつんと浮いていた。時間にすれば本当に一瞬で、世界から闇がはらわれる。


 サンが眩しさに思わず目を覆うと、そこは人で溢れる都の真ん中だった。






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