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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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48 星のはなし


 「――馬の名前?」


街道を並んで歩くサンとシック。思い出したようにサンが馬の名前を決めていない、と口にして、シックがそれに聞き返す。


「――えぇ。この子に名前をつけてあげたくて。ずっと考えているのですが、なかなかいい名前が浮かばなくて……。」


 シックは馬を牽きながら片手で頬をかく。


「馬の名前か……。ちなみに、男の子?」

「いえ、女の子です。シックは何か素敵な名前を思いつきませんか?」

「うーん……。すぐには浮かばないな……。」


サンの方も素早い返答を期待したはずも無く、気にした様子は無い。


「この子がいなければあの村からも逃げられませんでしたし……。お礼というわけではありませんが、何か良い名前をつけてあげたいですね。」

「少し考えてみようか。サンは何か案とか無い?」

「そうですね……。花や星の名前から取るのもいいか、と思ってはいたのです。意味も込めてあげたいですね。例えば、花言葉などもあるでしょう?」

「花言葉かぁ……。ちょっと詳しくないなぁ。薔薇が愛、くらいかな。」

「実は、私も詳しくは無くて……。困りました。」


 そこでシックは指を一つ立てて見せる。


「花じゃなくて星についてだけど。こんなお話があるよ。動かない星の話。」

「動かない星……ですか。聞いてみたいです。」

「うん。これは、まだ俺が両親と一緒に色々なところを旅していた時に聞いた話なんだけど――。」




 それは、むかしむかしのおはなし。


 あるところに、一人の少年がいました。少年は背が小さく、力も弱く、おまけに心も弱かったのです。


 少年はいつも周りからからかわれてばかりで、それに言い返すことも出来ません。少年はいつも独りぼっちで、誰にも見られないように涙を流すのでした。


 そんなある時、少年は一人の少女と出会います。


その少女は大変に美しく、誰からも愛されました。光を浴びてきらきらする真っ黒な髪がいちばんの自慢でした。


 その少女はただ一人、少年をからかいませんでした。心までも美しい少女は、弱々しい少年さえも大切な友達として扱ってくれました。


 少女のおかげで少年は段々と元気な性格になり、いつの間にかからかわれることも無くなっていました。


 でも、少年は怖かったのです。また、弱々しい自分に戻ってしまいはしないかと。


 だから、自分が強くなるきっかけをくれた少女を手放したくありませんでした。


 誰からも愛される少女だから、いつか誰かのもとへ離れて行ってしまうかもしれない。そんな恐れが少年を震え上がらせました。


 だからある日、少年は少女にこう言います。


「きみと離れたくない。ずっと、ぼくの傍にいてほしい。」


 ところが、少女はこう返します。


「でも、ずっと二人ではいられないわ。私、遠いところへ行かなくちゃ。」


 それでも、少年は離れたくないと嫌がります。


 どんなに少女にお願いしても、少女は決して頷いてくれません。


 それで少年は、こう言います。


「それならば、その美しい髪をひとふさ下さい。きみの代わりに、そばにおくから。」


 それで少女も納得して、その美しい黒の髪をひとふさ少年に渡します。


 少年は喜んで、これでずっとそばに居られるんだと安心します。


 ところが、少年が振り返ると、そこに居たはずの少女がいません。


 少年は大慌てして、少女を探します。


 あっちこっちをどこまでもどこまでも走って、少女を探します。


 でも、少女はどこにも見つかりません。少年はたちまち不安になって、とうとう泣き出してしまいます。


 わんわんと泣き続ける少年を見かねて、お日さまが話しかけてきます。


「いったいどうしたの。そんなに泣いていて。」


 少年は泣きながら答えます。


「あの子がいなくなってしまったんだ。あの子がいないと、ぼくは弱々しい人間にもどってしまうんだ。」


 するとお日さまは言います。


「それなら、泣くことはないよ。だって、ずっとそばにいるもの。」


 少年は言います。


「一体どこにあの子がいるの?ぼくはたくさん探したけれど、見つからないんだ。」


 お日さまは言います。


「お空をごらん。見上げてごらん。」


 少年はそう言われて、空を見上げます。少年に、お日さまは言います。


「空を探してごらん。きっとあの子がいるはずさ。」


 それで少年は、空を見上げて少女を探します。ずっとずっと探し続けて、とうとう少女を見つけました。


 少年は大喜びして、少女に言います。


「やっと会えた。嬉しい。これで僕は、また強くなれる。」


 少女は言います。


「でも、私はずっとここにはいられないわ。また遠いところへ行かなくちゃ。」


 少年はまた落ち込んでしまいます。そんな少年にお星さまは言います。


「それなら、私の髪をお空の上に浮かべてごらんなさい。空の代わりに、あなたをそっと包むから。」


 少年はうなずいて、少女の美しい髪を天の上に浮かべます。


 すると、世界中が美しい黒い空に包まれます。少女の髪は、空の代わりになったあともきらきらして、とても美しいのです。


 それから、お空の少女はきらきらの一つになって、お空にずっと輝きます。


 少女は言います。


「これからは、一日のはんぶんだけ私の髪が空を包むの。私はお空で、ずっと輝いています。」


 それで、少女の美しい髪が空を包むあいだを夜と呼ぶようになりました。


 お空のきらきらはお星さまと呼ばれて、そのうちのひとつが少女なのです。


すっかり泣き止んだ少年に、お星さまになった少女は言います。


「あなたが私を探さなくていいように、私はずっとここに動かないでいるわ。」


 その言葉の通り、少女だったお星さまはひとつだけ、動かないでそこにじっとしているのです。


 それから、少年は夜になるたび少女のお星さまを眺めました。


 すっかり強くなった少年は、こう言うのです。


「お空のお星さまがぼくを見ているから、ぼくはずっと強くいられるんだ。その中の、あの動かないひとつが一番きれいなんだ。」


 少女だったお星さまは、ずっとずっと夜になるたび少年の傍にいました。


 少年は、その動かない星に名前をつけて、涙の星と呼びました。


 その星が、まるで少年の涙を奪ってしまったみたいに、少年は変わったからです。


 少年はもう、泣くことは無くなったのです。


 弱々しかった少年は、いつしかりっぱな大人になりました。


 とっても大きくなった少年は、いつか涙を取り返しにいくからねと、お星さまに向かって笑うのでした……。




 「――素敵なお話ですね。」

「俺もこの話はお気に入りなんだ。それで、この涙の星って呼ばれている星はほんとに空にあるんだよ。」

「確か……。北極星ですか。」

「そうそう。北の空で、ずっと輝いている星。……名前を、ポラリス。」

「ポラリス……。」

「この馬の名前にどうだろう、ポラリス。おはなしの少年が俺たちだとして、ずっと傍にいてくれる星。」


 サンは目を輝かせ、頷く。どうやらサンの琴線に触れたようである。


「素敵な名前です、シック。ありがとうございます。」

「どういたしまして。」


 馬の名前が“ポラリス”に決まり、サンは早速呼び掛けてみる。”ポラリス“は呼ばれるとサンの方に振り返る。それが偶然かは分からないにしても、何だか歓迎しているようでサンも嬉しくなる。


「ふふ。良い名前を貰えてよかったですね、ポラリス。」

「それに、“サン”とも相性がいいかもしれないね。対照的なようで、似ているようで。」


サンは疑問符を浮かべて首を傾げる。


「それは、どういう意味なのでしょうか?」

「“サン”っていうのはね、エルメアの言葉で太陽を意味するんだよ。太陽と星、どちらも人を導くものでもあるしね。」

「太陽……。そうなのですか。」


“サン”は本来“サンタンカ”という名前なのだが、そう言われると空の太陽も何だか近しいような気がしてくる。


 眩しさに目を覆いながら、太陽を見上げてみる。とても直視出来ない光。遥かより人類と大地を照らし続けてきた力。――とても自分には似合わないな、とサンは思うのだった。


「――とても、私は太陽という感じではありませんが。」

「ははは。確かに、サンはどちらかというとお月さまっぽいかもね。静かで、優しい感じ。」

「私、太陽よりは月の方が好きですね。」

「そっか。俺は太陽の方が好きかな。何だか、力を貰える気がするんだ。」

「確かに、晴れた朝昼などは気分も良いかもしれません。」

「でしょう。今は、ちょっと暑いのが難点だけど。」

「本当に。汗をかいてしまいます……。」

「もう少し行ったらどこかで休もうか。日陰とかで。」

「えぇ。そうしましょう。」


会話が終わり、和やかな沈黙が二人の間に降りる。


サンと、シックと、ポラリス。二人と一頭は平穏な旅路を行くのだった。





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