47 残熱
「さて……。調べるとは言っても、この灰だらけの有様ではどうしたものか。」
「お許しください……。その、必死だったもので。」
「責めるつもりは無い。……分かるか、サン。この灰はまだ、暖かい。」
そう言われて、地面の灰に触れてみる。すると、確かに僅かな熱を感じられる。
「お前の魔法の熱が残っているのだな。見事ではないか。これほどの大魔法を実際に行使したものはほとんどいない。お前の成したことは、歴史に残せる偉業だぞ。」
「そ、そんな……。偶然です。知識だけはあったものですから。」
「身体の持つ膨大な魔力。お前の知識。年に見合わぬ熟練の魔力操作。運、才能、努力。全てが噛み合った結果だ。……もっと、誇ればいい。」
「ありがとう、ございます……。」
そう言われてもぴんと来ないサンの様子にやや呆れながら、贄の王はサンの頭に手を乗せる。目を白黒させるサンに、贄の王は照れ混じりに言う。
「まぁ、なんだ。私も主としてお前を誇らしく思う、ということだ。見事だ、サン。」
頭の上に感じる主の手のひらは、大きくて硬くて、暖かい。サンはなんだか恥ずかしいような嬉しいような気分になる。子供じゃないのに、なんて素直じゃない感想を心中で呟きながらも、ちょっと居づらいような、暖かい居心地の悪さに浸る。
「ありがとうございます……。主様。でも、恥ずかしいと言いますか……。」
そう言われて、贄の王は手をサンの頭から退ける。頭に感じる余熱に寂しさを覚えるも、それを振り払う。もう子供じゃないのに、と再び繰り返す。
贄の王は灰の海に浮かぶいくつもの黒い焼け残りの一つに近づく。真っ黒で原型を思わせないそれはどうも、焼かれた狼人の遺骸らしい。贄の王はそれに注目するようにしゃがむ。
「ふむ……。流石にこれでは分からんな。もう少し体の残っている死体でもないものか。」
「ここは魔法の爆発中心だった場所です。もう少し端の方なら、あるいは。」
「では、少し歩きながら探してみよう。ついてこい。」
贄の王は適当な方向に向かって歩き出す。爆発の中心から離れるほど、黒い焼け残りの数と大きさは増えていく。
「しかし昨晩までは村だったとは想像し難いな。――このあたりは、家が並んでいたのか……?」
「黒くてよくわかりませんが、形が残っているのは家の下の部分、でしょうか。」
「そう見えるな。上の部分は完全に焼け落ちて分からんが。家の中に居た個体なら多少残っているかと思ったが、この炭の山ではな……。」
「ええと、主様。逆の方向の方がいいかもしれません。こちら側に向けて魔法を放ちましたので、反対側なら、もしかすると。」
「そうか?では、そっちに向かおう。」
魔法は半円上に向かうよう解放された。不完全な制御ゆえ、ちょうど一切れ切り抜いたケーキのような形で熱の余波が走った。一切れの空いた部分がサンたちの逃亡した方向になり、この部分はほとんど熱も来ていない。つまり、解放の方向に背中を向ければ魔法の被害は軽くなっているのだ。
最初に転移してきた位置を越えて、原型を窺わせる程度の元建物たちの群れを二人は抜けていく。このあたりに来るとまだ村だったと言われて信じられるかもしれない。
そんな建物の群れの中でもいくつかの狼人の遺骸が見つかり、贄の王はそれらに近づいて調べ始める。黒焦げの肉塊から何が分かるのかさっぱりなサンはその背後で静かに控える。
たまに転移で道具や何かを手元に取り寄せつつ、贄の王は黒焦げを弄り回す。
「魔物には間違いないな。通常の光に属する生命体では無い。……繁殖能力を備えているようだな。最初に発生したのは数体……、あるいは、一体だけだったのか。それが村を食い尽くした……。」
邪魔になるかと黙して待つサン。若干暇になってきたので、贄の王に近づいて手元を覗き込んでみる。黒い炭の隙間から焼き過ぎた肉の色がたまに見える程度で、何をしているかは全く分からない。
「……。」
「……気になるか。」
「あっ、いえ、その。……ええと、はい……。」
結局集中を乱していたらしいことを反省するサン。贄の王は気にした様子も無く、語り始める。
「今は死体に残った魔力を搾り取っているところだ。なかなか形を保ったまま取り出すのは骨でな。だが、これをすればその生命体の魂を想定出来る。魂が想定出来るということは、肉体や生命の性質を読み取れるということだ。」
「へぇ……。この真っ黒な炭から、元の身体が推定出来るのですか。」
「今の技術ならば、それなりに精密な推定が可能だ。多少計算は面倒だが、死体から生命体を調べたいなら最良の方法だ。」
「昼間に人として遭遇した際には何の違和感もありませんでした。そういった能力も?」
「無論だ。生命の核たる魂から読み取れない情報はほとんど無い。他の類似した魔物との整合性も含めて考えれば、固有の能力を調べる事も可能だ。」
「私はあまり詳しくありませんが、凄い事は分かります。流石は主様ですね。」
「多少知識のある者なら誰でも出来るさ。暇があれば、お前も生命を学んでみるか。」
「そうですね……。私は魔道ならば多少の知識もありますので、それと関連して魔力や魂について学んでみられれば嬉しいです。」
「いいだろう。今は無理だが、その内時間を取ってみようか。人に教えるなど初めてゆえ、上手く出来るかは保証しかねるが。」
「そんな。主様に手ずから教えていただけるだけでこの上ない光栄です!」
「そう言ってもらえるのは嬉しいが、結果として知識が身にならなければ意味が無いだろう……。さて、出来た。」
贄の王は何やら器具の中に透明な糸らしきものを入れていく。その糸らしきものはとても長く、器具の中にたまっていく。やがて全てが入ると、贄の王はそれを転移で消してしまう。
「今のが、魔力を疑似的に固定化して保存したものだ。」
「目に見えるものなのですか……?」
「見えているのは……、触媒とでも言おうか。アレに馴染ませるというか、絡ませるというか……。直接目に見えるものが魔力ではないな。」
「何だか想像し難いお話ですね……。」
「仕方あるまい。本来はもっと段階的に学ぶ領域だ。……さて。」
「――これで取り急ぎの用事は終わった。後は必要に応じてここを訪れるかもしれんが、今である必要は無いな。帰るとしよう。」
「それでしたら、申し訳ありませんが私は同行者のもとへ戻りませんと……。出来ればご一緒したいのですが。」
「同行者……か。どこにいる?」
「少し離れた木陰に。ご案内しましょうか。」
「あぁ。何かの縁だ。顔を見ていこう。」
サンは指輪に魔力を込めてからシックの元へ転移する。シックが目覚めていたらいきなり贄の王と遭遇させるのは驚かせると思ってのことだったが、幸いにしてシックはまだ深い眠りの中にあった。
指輪で状況を認識したらしい贄の王がサンの傍に転移してくる。そして、眠るシックの顔を見る。
サンが振り返って贄の王の顔を見れば、その顔は不自然に強張っていた。
「――主様?如何なさいましたか?」
「……。」
贄の王は一度長い瞬きをしてから、サンを見る。
「……いや、何でもない……。」
「主様……。」
何でもないはずは無かったが、サンの非難めいた視線を受けても贄の王は動じない。つまり、話すつもりはないのだろう。サンは諦め、再びシックの顔を見る。
「それにしても、神託者の追跡はどうしましょうか。この者と別れるに都合の良い言い訳が浮かばず……。」
「……。この男は、お前の友人か。サン。」
「友人……。そう、ですね。私には珍しい友人です。」
「……。そうか。」
そこで、贄の王は明らかに話を変えて見せる。そこに何の意図があるのかサンには分からない。
「それにしても、男と二人旅とは。身に気をつけろよ、サン。」
「……?シックが私に危害を加えるとは、あまり思いませんが……。」
「……、そういう意味では、無いのだが……。いや、そういう意味か……?」
「主様?」
「あー……。仮にも男女だろう。望まぬ事は許すなよ。」
「……?えぇ、気を付けます……?」
「……。」
沈黙。何故か遠い目をしている贄の王に、疑問符を浮かべるサン。一体何だと言うのだろうか。主の意図を拾いきれないとは従者失格だろうか……、などとサンが考え始めると、贄の王が口を開く。
「神託者の追跡だが、この道はラツアまでの最短ルートだ。このままこの男とともにラツアまで行くといい。今更他のルートに切り替えても見つかるとは思えん。」
「そうでしょうか……。いえ、分かりました。」
「あぁ。適度に指輪で連絡をよこすようにしろ。必要があれば私を呼べ。」
「はい。どうしてもと言う時は頼らせていただきます。」
「……まぁ、何とかなるだろうが……。サン。」
「はい。」
贄の王はサンの目を見る。その冷たい青の瞳には、暖かな優しさと気遣いの色があった。
「なるべく、危険な真似はしてくれるな。どうしてもと言わず、もっと気軽に私を頼れ。お前に万一のことがあっては、私も困る。」
「……はい。ありがとうございます。」
「と言っても、今後しばらくは平気かもしれないが……。まぁいい。では私は城に帰る。お前も無事でな。」
「はい、主様。お傍に控えられないこと、お許しください。」
「いいさ。10年はずっとこうだったのだから。――では。」
そう言って、贄の王は姿を消す。残されるサンと、眠るシック。
シックの傍に腰を下ろすと、その近くに馬が寄ってくる。そっと馬を撫でてやると、強い風が吹いてサンの髪を揺らした。顔にかかった一房を退けると、サンは呟く。
「あなたにも、名前を付けてあげなきゃね……。どんな名前がいいかな……。」
登り切った太陽の明るい日差しの下、金の髪を風に揺らす少女が木陰に一人。その傍で何も知らぬように眠る少年。絵画を切り取ったような美しい光景ながら、その影に潜む宿命を、まだ誰も知らない。まだ、誰も。




