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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
46/292

46 生還者


 大魔法“新星の炎”は極小の極熱を生み出し、指向性を持たせて解放する魔法である。凄まじい魔力を消費し、緻密な制御を必要とするため、使う為には長い詠唱もほとんど必須である。詠唱無しはほとんど理論だけの存在と言えるだろう。


 それでも、やはり使いこなせる者は非常に少ない上に、完璧な制御は不可能の領域にある。結果、サンは魔法を使い終えるとやがて意識を失ってしまい、シックは慌ててそれを支えることになる。漏れ出た熱風が二人と馬に軽い火傷を負わせるほどで、村にあって生き残っている存在は他には居なかった。




 シックはサンを支えながら馬を操り、少し離れた木陰でサンと馬を休める。服から露出していた肌の部分はうっすらと火傷を負っていて、ひりひりと痛む。後に残ったりしたらかわいそうだ、とサンに水を当てて冷やそうと試みる。幸い村が近くにあっただけに水源も近くにあって水には困らないのだった。


 それからしばらく経って朝焼けの頃、サンは目を覚ました。魔力を一気に消費したことによる倦怠感に苛まされながら体を起こすと、シックと目が合う。


「サン!起きたんだ。良かったよ。」

「シック……。どう、なりましたか……?」

「まぁ、俺もサンも無事だよ。馬もね。村は見た方が早いよ、後ろ。」


そう言われて後ろを振り返ると、やや離れた位置に廃墟と灰の海が見える。サンの魔法の結果である。


 使用したサン自身も流石に驚く。これほどの大魔法は知識だけで、実際に使ったのは初めてだったのだ。


「驚いたんだよ?熱いし、サンは落ちそうになるし……。」

「ごめんなさい……。私も使うのは初めての魔法だったので。」

「いや、いいんだけど……。言ってほしかったかなってぐらいで。」

「次からはそうします。」


シックは微妙な表情で笑う。次は無いと助かる、と。サンの方もそれはそうだと頷いて、二人で笑いあう。死地を生き延びた者同士、不思議な連帯感があった。


 「それにしても、一体何だったんだろう……。昨日の昼には皆人間だったよね……。」

「あの家畜が襲われた、というの話からして怪しかったので、夜に何かあるかもと思っていたんです。襲撃直前にシックの部屋を訪ねたのを覚えていますか。」

「うん。覚えてるよ。慌てて服を着てたら銃声がしたから何かと思って。」

「あの時、逃げる相談をしに行ったのです。そうしたら、階段を上ってくる足音が聞こえて――。まさか、人間でないとは思いませんでしたが。」

「まるで立ち上がった狼だった。やけにタフだったし……。」

「シックは当たり前に斬り捨てていた気がしますが……。魔物の類、でしょうか。」

「魔物か……。まぁ、普通の生き物では無いと思う、かな。」

「しかし魔物が人間に化けていたことも何も、聞いたことがありません。」


サンとシックは共に悩む。だが、とても”何だったか“の答えは出そうになかった。


 そこでサンが気づいたのは、シックが自分の治療をほとんどしていなかったことだ。


「シック!ちゃんと治療をしてください。」

「いや、平気だよこれくらい……。血もほとんど出てないし。」

「ダメです。きちんと消毒もしないと……。ほら、上着を脱いでください。」

「わ、分かったよ……。」


そう言って上裸になるシックだったが、サンは己の失敗を悟る。考えてみれば、サンは男の肌などほとんど見た事が無い。かつて同じ家に居た者は例外として。


 サンは恥ずかしさに真っ赤になりながらシックの傷に消毒をして軟膏を塗る。シックは最初サンに背を向けていたため気づかなかったのだが、サンが前に回ってくるとその真っ赤な顔に気づく。それでシックの方まで恥ずかしくなってしまい、二人の間に微妙な沈黙が流れる。シックの方も気づいてみれば、美しい少女が甲斐甲斐しく治療をしてくれるなど人生初の経験であった。これで平然としていられるほど、二人は色々と慣れていないのだった。


 「あー……。えと、サンも治療はしないと。流石に、ほら、脱がせるわけにもいかなかったから……。」

「は、はい。そうですね。します。だから、その、はい。後ろを向いていて下さいね……。」

「ぅ、うん。分かった。」


脱いだ上着を再び纏い、後ろを向くシック。後ろから音が聞こえる。ごそごそ、もぞもぞ。ばさり、ぱさ。ごそごそ……。


 シックは目を強く閉じ、両手で耳を塞ぐ。全力で雑念を追い払う。ひたすら、頭の中で数を数え続ける。それは熾烈な戦いであった。終わりなき戦いであった。だが、彼は戦った。決して負けるわけにはいかないと、抗った。何に、と聞いてはいけない。何かに、負けてはいけないのだ。彼だけがそれを知っているのだ。




「……シック?大丈夫ですか?」

「……。

大丈夫。うん、大丈夫。」

「あの、とてもそうは見えないのですが……。」

「……。

大丈夫。本当に、大丈夫だから……。」

「そ、そうですか……?」




 やがてサンから戦いの終わりを告げられ、シックは現世に帰還する。彼は勝利を喜んだ。一抹の悲しみは見ないふりをした。


 シックが振り返れば、そこには元通りマントを羽織ったサンがいる。顔の熱も大分引いてきたらしく、頬以外は元の白い肌である。


「……はぁ。えぇとじゃあ、どうしようか。」

「シックはまだ休んでいないのでしょう?少し眠ってはどうですか。私が番をしていますから。」


そう言われれば、正直なところかなり疲労を感じていたシックなので、素直にありがたかった。


「じゃあ、ちょっとそうしようかな……。」


シックはその場でごろりと横になる。高い朝の空がいっぱいに広がり、ひょこりとサンの顔が覗いてくる。その顔がやけに愛らしく見えて、シックは慌てて目を閉じる。


「……。おやすみなさい、シック。」

「うん……、おやすみ、サン。」


 シックはそのまま意識を遠のくに任せた。途中、何かサンの話すような声が聞こえた気がしたが、気のせいだと思い直す。やがて、深い眠りに落ちていく。




 シックをつついて、眠っているらしいことを確認するサン。やりすぎて起こしては仕方ないので、ほどほどに。それから、城に転移する。


 僅か二晩だと言うのに随分懐かしい気がする城の自室から、贄の王の部屋に移動する。この時間なら、恐らく眠っているだろうと考えてのことだ。


 主の自室をノックしてから覗き込むと、予想通り散らかり尽くした部屋である。返事が無いのを確認すると、そのまま寝室のベッドまで歩み寄る。眠る主に心中で謝罪しながら揺り起こす。一日ぶりだが、日課なので最早慣れたものである。大体、主が二度寝することまで含めて。


 やがて贄の王がはっきりと目覚め、サンの顔を見る。


「サン……?帰ったのか。」

「はい、主様。昨晩道沿いに村に泊ることになったと報告した通りでしたが、少々色々とありまして……。」

「ふむ。その傷は……。説明してくれるな。」


サンは頷く。


「朝食は如何しましょう。ご用意の後、お話させていただきたいと思います。」

「もらえるなら、助かる。」

「はい。少々お待ちください。」


 サンは寝室から失礼して、台所に向かう。作るのは簡単なスープだ。贄の王は朝からあまり多い食事を好まない。魔法で火を付け、湯を沸かす。そこの小さく刻んだ野菜類を放り込み、火を通す。最後に味を調えて、終わりだ。小さく切ったパンをつけて、贄の王の自室まで持っていく。


 主は自室の居間に座っていた。既に服装も整えられて完璧な佇まいである。朝食を目の前に置くと、贄の王が口を開く。


「いつも助かっている。私に食事は必要では無いが……、お前の作る食事は、嫌いではない。」

「ありがとうございます、主様……。ふふ、何だかこうしている時が一番好きなのです。」

「そうか……。では、お前も座るといい。話を聞こう。」


 サンは村の宿で夜に報告をして以降の事を話す。村が魔物らしきものに乗っ取られていたこと。襲撃を受け、脱出したこと。村はずれで今、同行者が眠っていること。


「主様は、今言ったような魔物をご存じでしょうか……?」

「魔物というものは基本的に同一の存在が生まれる事は無いが、似たようなものなら見たこともある。一体ずつは弱いが、群れとして脅威になる魔物だな。」

「なるほど……。しかし人に完全に化ける魔物など、聞いたこともなく。」

「確かにそれは少し気にかかる。私も聞いたことの無い能力だ。少し、調べに行くとしよう。」

「でしたら、ご一緒します。シックと言うのですが、同行者が起きないといいのですが……。」

「手早く終わらせるし、ずっといる必要までは無い。大丈夫だろう。」




 サンは贄の王の食事が終わるのを待ってから、元の村まで転移する。シックの傍ではまずいかと村だった灰の海の中心だ。一拍ほど遅れて、贄の王も転移をしてくる。贄の王は周囲を一通り見まわしてから、サンを見る。


「――。サン……。」

「は、はい。主様。」

「魔法で焼いたとは聞いたが、ここまでとは聞いていないぞ。」

「も、申し訳ありません……。」




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