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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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44 足二本の行方


 サンとシックにそれぞれ宛がわれた部屋は二階建ての建物、二階の隣り合った部屋である。サンの聞いた扉の開く音は、階下から聞こえてきた。


 サンは大きくため息をつく。――どうやら、予想通りらしい。


 続けて、階段を上ってくる足音が複数。あまり大きな音を立てないよう気を付けているらしく、夜の静寂に響く木の軋む音はどことなく不気味である。


 ゆっくりと近づいてくるその音に、サンは再びのため息をつく。――タイミングが悪い。もう少し遅いと思ったのに。


 今のサンは完全な旅支度の装いだ。いつでも抜け出せる。問題はシックの方にあって、身体を拭いているということは直ぐには終わるまい。着替え直して、荷物をまとめ直して、出てくるまで。


 階段を上がりきって振り返ればすぐサンの居る場所が目に入る。隠れる場所は無い。サンは敢えて音を目立たせるように荷物を置き、シックの扉のノックする。階段を上ってくる足音が止む。


「シック、いつでも出られるように荷物はまとめておいて下さい。私は自分の部屋に戻りますから」


 扉の向こうから帰ってくるシックの返事を聞かず、サンは階段の方に歩き出す。居ると分かっていれば、階段に息を殺す気配を感じられる。そのまま、階段の終わりまで行き、階下を見下ろす。


 暗闇の乏しい明かりの中、僅かに煌めいた鈍い銀色。サンは懐から拳銃を抜き出す。左手に”風“の魔法を準備。やがて暗闇に慣れた目に、複数の人影が浮かび上がる。


「誰か分かりませんが――」


 サンの声を聞き終えるのを待つでもなく、返事が返る。ただし、言葉ではなく。


 サンは高速で眼前に迫る鈍い銀色を躱す。


 背後でがつんと音がしたが、階段を駆け上ってくる足音に消されてしまう。


 サンはためらわず、発砲する。階段はあまり大きくないため避けられないと読んでのことだった。


 しかし暗闇に浮かぶ人影は一時怯んだかと思うと、すぐに再び駆けあがってくる。外したか、と判断するのと、左手の“風”の魔法が放たれるのが同時。


 傷を負わせるような魔法ではないが、巨大な風の弾は避けようもなく、その身体を背後に崩し倒す、はずだった。


 人影たちは一時足を止めたが、またすぐに走り出す。もう、サンのすぐ目の前まで来ていた。


 サンは今度こそ驚きを露わにすると、【強化】の魔法をかけながら素早く後退。同時に、再び拳銃を発砲。


 その時、サンは見た。階上の窓から差す乏しい月明りに照らされた襲撃者の身体は、人間のものではなかった。


 その黒い胸部に弾丸が空けた穴、噴き出す血。だが、止まらない。黒い手がサンの方に伸びる。サンはそれを躱し、さらに後退。発砲。


 目の前の影がぐらり、と揺らいで倒れる。


 急所にでも当たった? とサンが油断なく次の影を睨みつける。ばたん! と大きな音がして扉が開く。シックが姿を現し、周囲を見回す。


「シック! 襲撃です!」


「サン!? ……分かった!」


 一度引っ込むとすぐに戻ってくるシック。その手には剣の輝きがあった。


 襲撃者たちをサンとシックで挟み込む形になり、襲撃者たちもぞろぞろと階上に上がっては構える。シックが驚きに息を呑む。襲撃者たちは一人残らず、人間では無かったからだ。


 真っ黒い毛に覆われたヒト型のそれは、人と狼の合いの子とでも表現すればいいだろうか。


 頭部はほぼ完全に狼のもので、乏しい明かりの中ぎらぎらと輝く瞳がいくつも暗闇に浮かんでいる。もはや隠す気も無いのだろう、その口からぐるる、と獣の唸り声が聞こえる。


「こいつら!? 人間じゃない!」


「シック! 油断しないで。かなり、タフです!」


 最も近い狼人がサンに手を伸ばす。それは獣の素早さと力強さを併せ持ち、当たれば怪我は必須だ。


 単純な軌道であることに感謝しながら、サンはその場で回避。至近距離の頭部めがけて、発砲。


 がくん! と跳ね上がる狼人の首。生まれた隙にすかさずサンは蹴りを放つ。


 異常な体重を反動に感じるサンはその反動でさらに後退。蹴られた狼人は後ろに倒れこみ、背後の仲間にぶつかる。





 ぶつかられた仲間は片手で仲間を振り払うと、サンの方へ一歩歩み出る。サンのすぐ背後は突き当りの窓で、これ以上の後退は出来ない。


 サンに蹴られた二体目はというと、起き上がらないところから重傷以上らしい。


 サンは左手に“炎”の魔法を纏わせる。突然明るくなる周囲に、目を覆って一歩下がる狼人。人影の向こうで黒い影が倒れるのが僅かに見えた。


「シック!? 無事ですか!」


「大丈夫! 何ともないよ!」


 どうやら、倒れたのはシックではないらしい。


 広くも無い廊下で剣を振るい、この異常なタフさを持つ狼人を切り倒すとは、シックはかなりのやり手のようだ。サンは僅かに安心する。


 狼人たちは当然のように人の知能を持っているらしく、サンの炎を眩しい以上に恐れる様子は無い。しかし魔法使いであることは予想外だったか、警戒が強まったのを感じる。


 サンは考える。背後の窓から屋外に脱出することは可能だ。だが、屋外に逃げれば安心だろうか。


 むしろ、周囲を囲まれる危険があるとなれば、正面だけを見据えればいい今の方が楽かもしれない。何せ、村人がサンの味方とは思えないからだ。


 とはいえ、まさか相手が人間でないなんて予想外である。残り何体が今いるのかもわからないが、倒しきれる自信も無い。


 サンは相手の警戒に乗じて、拳銃を二丁目に持ち替える。残弾は、6発と2発。この狭さでは、剣は使いづらい。


 人影の山の向こうから獣の悲鳴が聞こえる。また、シックがやったらしい。生憎、サンには感心している余裕が無い。


 サンは最も近くの警戒している狼人めがけて発砲。命中するが、怯むだけ。僅かなうめき声が漏れ、狼人はサンに飛び掛かってくる。


 敵を見据えながらその場で屈むサン。跳躍している狼人の爪と牙が煌めく。


 敵の下に潜り込んで避け、左手と背中で背後に投げ飛ばす。


 がしゃあん! と盛大な音を立てて窓の外へ飛び出す狼人。異常な体重を投げたことで痛むサンの両腿。


 続けて駆けながら殴りかかってくる次の敵。


 サンはそれを辛うじて前に躱す。炎を纏ったままの左手を押し付ける。毛の焼ける嫌な臭いが鼻につく。


 明確な悲鳴を上げて引き剥がそうとしてくる狼人。しゃがみ込んで避けるサン。


 狼人はしゃがんだサンに向かって蹴る。立ち上がるように地面を蹴り、避けようとするサン。


 しかし、深くしゃがみすぎたせいで避けきれない。腿に鋭い爪先が食い込む。


 バランスを崩し後ろに転倒するサン。焼かれた胸部を抑えて睨む狼人だが、攻撃に転じようと踏み出す。


 倒れた姿勢を慌てて戻そうとせず、左手の”炎“の魔法をそのまま相手に向かって放つ。


 目の前でごう、と吹く炎にたたらを踏んで止まるも、全身を微かに炙られる狼人。再び獣の悲鳴。


 素早く立ち上がり、火傷に呻く影に発砲する。狼人は呻きをあげて胸を抑える。


 サンは続けて発砲。今度こそ、後ろに倒れる狼人。


 サンは必死に打開策を考える。このままでは、押し切られる。拳銃は4発と2発。


「サン! 無事!?」


「えぇ! こちらは何とか!」


 シックとの声のやり取り。どちらも、まだ無事らしい。


 荒れ始めた息で次の狼人を睨みつけ、銃を向けるサン。ぐるる、と威嚇しながらサンを睨み返す狼人。


 仕方ない、とサンは左手に”炎“の魔法を準備する。強力な”炎“の魔法では宿の建物ごと焼いてしまうが、背に腹は代えられない。じわじわと間合いを詰めてくる狼人。手に、古びた斧を持っている。


 狼人は斧を振りかぶり、サンに向かって斜めに振り下ろす。軌道に沿うように体を傾けてサンは避ける。


 振り終わりの斧を刃も立てずに横へ振りぬく狼人。サンは思い切り身体を引いて避けようとするが、斧の側面が右腕を殴る。


痛みと衝撃でバランスを持っていかれるサン。狼人は続けて斧でめちゃくちゃに殴りかかってくる。


 またも避けきれないサンの左肩に斧の錆びた刃が血を滲ませる。サンは痛みを堪え、詠唱をする。


「『それは炎の蛇――』」


 狼人の斧がサンの顔に迫る。素早く身を屈ませて避けるサン。


「『我の怨敵を――』」


 斧の無い方の手でサンの右腕を掴もうとする狼人。サンは合わせて、銃床で狼人の手を殴る。


「『食いつくすなり!』」


 再び斧を下から振り上げるように攻撃する狼人。サンは体を斜めにさばいて避ける。


「『“火炎餓蛇“!』」


 サンの突き出された左手からうねる炎の柱が狼人に襲い掛かる。


 避けようとする狼人だが、炎の蛇はそれを追い、胸に食らいつく。


 獣の悲鳴と、肉の焼ける音が響く。炎の蛇は次の狼人へ向かってうねる。


 凄まじい熱量に内臓を焼かれて倒れる狼人。サンの炎を見て、慌てて逃げようと背中を向ける次の狼人だが、仲間たちが邪魔で動けない。


 背中から炎の蛇に食われる狼人。慌てて階段に逃げようとひしめきあう狼人たち。


 階段でつっかえつっかえする間に焼き食われていく狼人が一人、二人。


 やがて炎の蛇が力尽きて消えるが、すでに建物内のあちこちに火が移ってしまっていた。


 蛇が暴れて潜りこんだ階段は既に炎の海のようで、もう狼人たちが上がってくるのは不可能だった。


 サンの目に入るのは、シックと戦っていたらしい最後の狼人が貫かれて絶命するところ。剣を引き抜くと、鋭い目で周囲を見やるシックだが、炎が広がりつつある状況とサンの姿を目にすると、目を丸くする。


「サン!?」


「シック! 逃げましょう! もう炎が!」


 サンは炎が広がりつつある空間を走り抜けるとシックのすぐ傍までやってくる。火が移ったマントを脱ぎすて、シックのすぐ傍に転がっている自分の荷物を背負う。


「部屋の窓から! シック、荷物はどうです!」


「大体まとまってる! 行こう、俺の部屋から!」






 二人はシックの部屋に駆け込むと、後ろ手に扉を閉める。先に入ったシックは自分の荷物を担ぎながら、手の剣で窓を叩き割る。


 その時、サンはシックの剣に注視する。万が一にも、【神託の剣】でありはしないか、と。


 幸い、シックの手にあるのはどこにでもあるような平凡な剣だった。


「サン! 俺が先に降りる! 続いて!」


「分かりました! 気を付けて!」


 シックは窓枠に残ったガラスの残骸を足で蹴り砕き、下を覗きこんでから飛び降りる。サンも窓まで走り、シックの降りた周囲を見渡す。幸い、人影は無い。


「サン! いいよ、降りて!」


 その声を聞くや、サンも窓から飛び降りる。しかし、着地点にはこちらを見上げるシック。


「え、シック! どい――」


 サンは衝突を予期して目をつぶる。


 しかし、シックは落ちてきたサンを荷物ごと受け止めて見せる。構えていた痛みが何もないことに、サンが驚いて目を瞬かせる。ぽかんと口を開けたサンの表情は、普段とはまるで違う隙だらけの顔だったが、そんなサンを見てシックはにこりと笑う。


 触れそうなほど近い二人の顔。サンは感じるシックの身体が驚くほど硬く力強い事になんだか恥ずかしくなり、慌てて降りる。


「も、もう。一人で降りられました……」


「そう? ごめんね」


「いえ、ありがとうございます……」


 切迫した状況と裏腹に、複雑な感情になるサン。その顔が熱いのは炎の熱のせい、と自分では思う事にしていた。







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