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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
43/292

43 獣の村


 翌日、日が昇るとサンは朝食を用意する。


 と言っても、保存食を少し食べやすくしただけのものだ。それからシックを起こす。贄の王と違いシックは朝に強いようで、素晴らしい目覚めである。


 昨晩は番をシックが多めに持ってくれたらしく、サンが交代したときには夜も中ほどを過ぎていた。


 ちなみに、番のあいだ暇を持て余したサンは城に贄の王宛の書置きを置いて来たりしていた。


 保存食に少し手を加えただけの朝食だが、シックは大げさに感動してサンに感謝しながら食べる。昨晩の夕食もそうだったのだが、どうもシックは旅の食事に飽き飽きしていたらしい。まるでサンに感謝の祈りでも捧げてきそうな勢いである。


 大げさな、と内心呆れるサンだが、シックは似たような食事を延々と繰り返すことの辛さを語る。空腹で何か食べたいのに、手を付ける気が起きないのだとか。


 料理を覚えておくべきだった、と心底後悔しているらしいシックを見ていると、ともにいる間くらいは食事の世話をしてやろうと思うサンである。


 それから立ち上がって、昨日とおなじように道を南に歩き出す。適当に会話をするうち、話題はシックの旅路についてになっていった。


「俺はサレッジからファーテルまでの大陸鉄道に乗ったんです。途中、降りて路銀を稼いだりもしたけど、ほとんど真っすぐ。最初は大変でしたよ。元々、流浪の民だったことは言いましたよね。あぁ、自分はこんなにも両親に助けられてきたんだなぁって。思い知らされました。一人旅なんて初めてだったから……」


「それでも、鉄道に乗れるなら随分と楽が出来たのではないですか? 今はずっと徒歩ですし」


「そう! そうなんだよ。徒歩の一人旅がこんなに大変だなんて全く想像もつかなくって……。要らない苦労ばかりした気がしますよ……」


「まぁ、要らないと分かった分は学んだのではないですか……?」


「確かに、そうかもしれないけど……。でもやっぱりしなくていいならしたくない苦労でしたね。サンは、どうでした?」


「私も、まぁ……。似たようなものです。最初は不慣れで」


「そうですよねぇ。あぁ、これでもっと昔の人たちの旅は本当に大変だったんだろうな。便利な道具なんて何にもないんだから」


「私も、同じことを思いましたよ。それから、お金に余裕があったのも幸いでした。馬なども買えましたし」


「あぁ、それは羨ましいですよ。馬。俺は馬なんてとてもお金がなくて」


「運がよかったのです。主様はお金に困らない人ですから」


「主様……。そういえば、結局使用人はどうしたんですか?」


「続けていますよ。この旅も、その途中みたいなものです」


「そうなんですか……。でも、一人だなんて。他の使用人と一緒ではダメだったんですか?」


「えぇと、私一人で十分でしたし……。一人の方が都合が良かったというか……」


「ふぅん……? サンは変わっていますね」


「そ、そんなことはありません。私はとっても普通です」


「え? そんな風には見えないけど……」


「なぜです。どう見ても普通ではないですか」


「だって……――」











 それから、昼より前の頃。二人は道沿いの村に辿りついた。前に通りすがった村と目立って異なる点を探す方が難しいくらいのありふれた農村で、こちらも徴発にあったらしく人々は飢えていた。


 気前よく食料を分けようとするシックを必死にとめるサン。自分たちまで飢えて死んだら意味が無い、と。それに、分けられる分では大した量にはならないから、と。


 それでも困っている人を見捨てるなんて教えに反する、と何かしようとするシック。妥協案として、サンは村人たちに手伝えることを尋ねる。






「――獣、ですか」


「はい。狼かなんかで、家畜が襲われたんだ。また襲われるんじゃないかって皆不安がってる」


「サン! 俺たちで何とか出来ませんか。家畜を失うなんて酷すぎる。助けてあげたいんです」


「調べてみるくらいは、出来るかもしれませんが……。追い払うなんて途方も無いですよ」


「じゃあ、まずは調べてみましょう。何か出来るなら、してあげないと」


 シックのあまりに真っすぐな瞳にやや気圧されつつ、サンは諫める言葉を考える。そこに聞いていた村人が割り込むように、言ってくる。


「ほんとか、旅人さま! 助かるよ、村の皆も助かる! ありがとう!」


「『汝困れる友を見捨てるなかれ。隣り合う全ての人を愛し、そのパンを差し出しなさい。』聖オファルの聖詩です。俺はただ、教えに従うだけですから」


「ありがたい、ありがたい! あれかし! あれかし!」


 勝手に盛り上がる二人を白けた目で見るサン。それで自分の分まで差し出して、自分が飢えたら意味が無いではないか、と思うのだが敬虔なシックはその辺りどう思っているのやら。


「はぁ……。では、出来ることだけでもしましょう。出来ないことは、諦めますが」


「サンもありがとう。皆もサンに感謝していますよ。心から」


「そうですか。やるなら早く済ませましょう。日が暮れてしまいますよ」


 二人は村人の案内で獣に襲われたと思しき現場まで赴く。


 そこは既に奇麗にされたあとだったが、跳ねた血の跡が僅かに残る家畜小屋だった。


「ここの牛が襲われたんだ。血まみれで、脚が二本無かった。どうしようも無いんで皆で食べたんだが……」


「脚が二本、ですか。それは無理やりちぎられたような? 例えば、獣に噛み千切られた、とか」


「確か……、まぁ、そんな感じだったな。はっきりとまでは覚えてねぇが……」


「……ではそもそも、何故獣の仕業だと? 姿でも見ましたか」


「あぁ、最初に見つけた奴が獣の影を見たんだ。暗かったし、何とまでは分からなかったらしいが」


「……獣はどこから入り込んだのですか? 扉は閉められていたのでしょう?」


「それがどうも、鍵を忘れた奴がいてな。押せば開いちまう状態だったらしい」


「杜撰な……」


 サンは眉を顰める。獣を追おうにも手掛かりが何も無いのだ。最悪はまた魔物の可能性もあるが、その場合はサンとシックの二人でどうにかなる話では無い。ただの獣ならば良いが……。


「シック、どう思いますか」


「うーん……。たまたま扉が開いてて、たまたま狼か何かが近くにいて、襲われたのかな。運が悪い……」


「というか、村人の犯行では? 最初に獣を見つけた人が見たと嘘をついているだけで」


 サンのその言葉を聞くや、村人は怒りだす。


「俺らの中にそんなヤツはいねぇ! 家畜は大事な村の財産だ。それを襲うなんてとんでもないことするヤツがいるか!」


「そうですよ、サン。いくら飢えたからって家畜を食べるなんて勿体無いこと出来ません」


「……そうですね。そうかもしれません」






 その後も色々と調べるが、手掛かりはほとんど無かった。


 結局日が暮れてしまい、その日は村の宿に泊まることになる。大きな街道沿いの村だけあって、宿は多いのだ。サンは自分に宛がわれた部屋の中、しばし身体を休める。


 周囲で誰も聞いていないことを確認すると、指輪に魔力を込める。贄の王に自分の無事を知らせ、今夜も帰らないことを伝えるためだ。


「――主様。お聞きでしょうか。書置きの通りです。今夜も帰りませんが、私は無事です。ご安心ください――」


 二三状況を伝え、連絡を終わる。対面の会話と違い、一方通行なのが指輪での連絡の難点である。


 出来れば転移で戻りたかったが、シックや村人が訪ねてきたらまずいと思うと出来なかった。もちろん、夜分に訪れてくる人などいないだろうが。


 サンは荷物をまとめ直すと、シックの部屋を訪れる。扉の前でノックをし、呼び掛ける。


「シック、私です。今、よろしいですか」


「あ、サン!? 今は、ダメです! ごめん、その、身体を拭いていて……」


「ぁ、そ、そうですか。えと、では、少し待ってから来ます。……なるべく早く、終わらせてくれると助かります」


「わ、わかりました。頑張ります」


 サンが出直すか、と振り向いたときである。


 ――どこかで、扉の開く音がした。





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