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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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41 再会


 そのまま道を行くうち、また夜が訪れる。月明りを頼りにし始める頃、サンは城へ帰る。


 サンには不思議なことだが、魔境ではすっかり夜だった。


 最初は転移の間は時間の流れが違うのか、と考えたが、どうも違うような気がする。魔境だから太陽が隠れるのも早いのか、なんて考えるも、それも違うように思う。それは、朝もなのだ。朝早くにこちらから転移すると、向こうではもう少し高い位置に太陽があるのだ。


 頭の中に太陽と月の謎で()()()をたくさん浮かべつつ、サンは主の元へ参上する。そして、今日一日の報告をする。


「――なるほど。ならば、その男が神託者の可能性はあるな」


「主様もそうお考えになりますか」


「うむ。わざわざ旅人が少ない食料を分ける信仰心。タイミング。無論、違う可能性も低くは無いが、当たりである可能性もまた低くは無いように思う」


「ならば、明日よりは少し足を速めてその男を追ってみます。徒歩だったそうなので、それほど遠くはない筈ですから」


「それがいい。ただし、警戒を強めろ。その男が【神託者】であった場合、何が起こるか一切分からん。お前が私の眷属――闇に魂を浸している存在だと看破されれば、いきなりの戦闘もあり得る。その場合、撤退を最優先しろ。例え相手がお前より弱くとも、だ」


「はい、肝に銘じます。まずはそれらしき男を発見した場合、指輪にて報告。遠方より監視し、神託者かどうかを見極めようと思います」


「剣が見えれば間違い無いが……。隠されていれば分からん。慎重にな」


「最悪は、接触しての見極めもあり得ます。もし私から何の形での連絡も無い場合……」


「死んだか、重傷だと? そうなることは許さん。無事に帰ってこい」


「……はい。ありがとうございます。主様」


 贄の王は無言で下がるように手を振る。顔をこちらに向けない辺りに不敬ながら可愛げを覚える当たり、サンはなかなか肝の太い従者でかもしれない。何せ、相手は現世の大悪魔【贄の王】なのだ。もちろん、そんな作り話をサンは僅かほども信じていなかったが。











 自室に戻り、夕食と今日の片づけ、明日の支度。入浴を済ませてさっさとベッドに入る。


 なんとなく、明日は長い一日になりそうだ、とサンは思う。何の確証も無いが、そんな気がしたのだ。


 もし、その男と遭遇して。


 さらに、その男が神託者で。


 そして、いきなり戦闘になったとしたら。


 主は『撤退しろ』と言ってくれたが撤退出来る可能性は高くないだろう。つまり、サンが敗死する可能性の方がずっと高い。もちろん、いくつも過程を重ねた最悪のケースだが……。


 この夜が城で過ごす最後の夜、という可能性を考えると、サンの胸が詰まったような感じになる。覚悟はいつでもしているつもりだ。いつ死んでも、主の元に帰ってこられない覚悟を、持っているつもりだ。


 だが所詮、“つもり”なのかもしれない。無意識のうち、またここに帰ってくることを当然のように思っているかもしれない。また主の部屋の片づけをする明日を、信じているかもしれない。


 サンはかつてリーフェンの瓦礫の下で感じた死の恐怖を忘れていなかったのだ。自分がもはや死に焦がれておらず、『生きたい』と願ってしまっていることを知っている。どうしても死ぬならば、それは主のために使わなければならないと思っていても、やはり出来る事なら死にたくない、と思ってしまう。


 また主の声を聞きたい。あの冷徹なようで優しい人。強いようで寂しい人。いつしか、サンにとって消えてほしくない人になっていた人――。


 サンの頭の中で、主の声が響く。――死ぬことは許さない、と。その声が何度もこだまして、サンは知らず笑みを浮かべていた。


 ――あ。太陽と月の謎、聞き忘れたな……。


 いつしか、サンは眠りについていた。いつの間にか、悪夢は見なくなっていた。











 翌日、サンはやや馬を急がせて道を進んでいた。目標が定まった今、のんびりと行く理由が無いからだ。転移で多少間を飛ばすことも考えたが、探している男をうっかり追い越してしまうと面倒になる。やや馬に負担をかけてしまうが、道なりに急ぐ方が良いのである。


 すでに城を出てからそれなりの時間が経過し、太陽はほとんど真上にある。早ければこの辺りで追いつく可能性もあるだろう。


 道の先を見る目は自然、険しさを増してしまう。緩やかな丘陵が続くこのザーニア高原はとてもとても緩やかに標高を上げていく。じきに、土の色や草花も姿を変え始めるはずであるが、起伏のせいで道の先が見通しづらいのである。


 不意の遭遇だけは気を付けないと、とサンは馬を急がせる。だが、そろそろ馬も休憩を挟まねばならない頃だろうか。それに、蹄の音で先に気づかせれば警戒させるかもしれない。やはりこの辺りで速度を落とそうか、いや既に近いとは限らない――。


 そんな迷いもほどほどに、サンは一つの木陰で馬を休ませることにする。水を飲ませ、労わるように撫でてやる。水場を探す必要の無い魔法使いは、やはり便利であった。


 そんな折、サンの耳にどこからか笛のような音が聞こえる。一体何か、と探れば、もう少し道の先から風に乗って聞こえてくるらしい。


 馬から降りたまま、サンは道の先へ進んでみる。何となくだが、その音に危険さを感じなかった。サンは素朴な好奇心で、丘を一つ越えると……。


 ちょうどそのもう一つ向こうの丘の上、地面から突き出た岩の上に人影が座っている。


 遮るものを無くした音色ははっきりとサンに届き、その耳をくすぐる。


 はっとして、サンは下がって丘の陰に身を隠す。考えれば、今見た人影が追っていた男であるはずのだ。つまり、最悪は戦いになる。自然、サンに緊張が走る。


 指輪に魔力を込め、主に話かける。


「主様、昨晩お話した男と思わしき人影を発見しました。少し遠いため、これより接近します。警戒は、怠りません――」


 静かに馬に跨ると、フードを深く被り直す。マントの中で銃と剣の柄を確かめてから、馬を歩かせて音色の元へ近づいていく。人影はこちらに背を向けており、気づく様子は無い。


 もう少し近づいてくれば、サンには人影が自分と同じようなマントを被っており、荷物は傍らに置かれていることまでが分かる。注意深く荷物と周囲を見渡すが、【神託の剣】らしきは見当たらない。だが、見えないだけかもしれないと警戒を緩めない。


 しかし、さらに近づいたところでサンはおや、と思う。人影はマントのフードを下ろしているのだが、その後ろ姿には何となく見覚えがあったからだ。まさか、と思いつつも近づいていき――。


「……そこの人。良い音色ですね」


「え? ……あれ、いつの間に……。ありがとうございます」


 果たして、振り返ったその顔にサンは驚く。


 それはかつてエルメアで出会い、サレッジの海で別れた少年、シックであったからだ。


 「……そんな趣味があるとは知りませんでした。お久しぶりですね、シック」


 そう言いつつ、サンはフードを下ろす。


「え、サン!? 本当に、サンなんですか? まさかこんなところで」


「間違いなく、私ですよ。驚いたのは、こちらもです。こんな道の只中で会うとは……」


 まさか追っていたのが知り合いだったとは思わず、サンは気が抜ける。あんなに警戒していたのが馬鹿らしいようで、少し恥ずかしくもある。もちろん恥に思うようなことは何も無いのだが、何となくそう感じざるを得ない。






 シックのすぐ横まで来ると、サンは馬から降りる。シックの方も立ち上がって岩から降りると、サンと目線を合わせる。


「それにしてもサン、本当に何故こんなところに? サンのご主人様はどうしたんですか?」


「まぁ、色々とありまして……。今は、一人で旅の身の上です。とりあえずラツアまで行くつもりでした」


「そうですか……。俺も一旦ラツアを目指しているんですよ。まぁ、この街道をまっすぐだから同じで当然かもしれないですね」


 そう言ってシックはにこやかに笑う。その顔に邪気も警戒も無く、シックの素直な人柄で単純にサンとの再会を喜んでいるようである。


「しかし、嬉しいですよ。サンに会えるなんて全然思ってなかったから。これも――あぁ、いえ、何でもありません。とにかく、とっても幸運な日ですよ」


「そうですね。とても不思議な巡りあわせに違いありません……」


「よければラツアまで旅の供になりませんか、サン。あと、一月くらいの旅路ですが」


 その返答にサンは考える。先の村人たちが嘘や間違いを口にしたのでなければ、ここより先にはしばらく誰も居ないはずだ。


 となると、神託者はこのルートを通らなかった、という事になるだろうか。あるいは、目の前のシックが神託者という可能性だが……。


 流石に、高くはあるまい。荷物にもそれと思しきものは何も無いし、偶然と言うには出来過ぎである。


 神託者の追跡はルート選びから外していたということならば、次の手を考える必要がある。シックと行くのでは神託者の情報は探せない。断るべきか。だとすると、断り方をどうするか……。


 いや、シックから得られる情報も何かあるだろうか。信仰心豊かなシックのことである。教会やどこかで、神託者にまつわる情報を手にしていないだろうか……。


「あの、サン? 迷惑、でしたか……?」


「ぇ、あ、いえ。少し考えてしまって」






 ――どうしよう、私。


 ――と、とりあえず……。






「ええと……。そうですね。予定と照らし合わせてみますが、少なくとも今日は共に行きましょう」


「本当ですか。それは嬉しいな。ありがとうございます、サン」


「いえ、お気になさらず……」


 これで明日に分かれる事も出来る、かもしれない。咄嗟の返しにしてはまずまずである。サンは指輪に魔力を込める。


「では、取り敢えず今日は共に行きましょう、シック。あなたは急ぎの旅ですか?」


「いえ? 特に急ぎという訳では。サンはどうなんですか?」


「私も、ひとまずは気にしなくて大丈夫です。少し余裕を持って旅程を組んでありますから。――それにしても、エルメアからこんなに離れた場所で会うとは奇遇です」


「本当に。なんだか、随分昔のことのような気がしますよ。エルメア、懐かしいですね」


「えぇ、気づけば随分遠くまで来たものです……」


 これでいきさつは贄の王に伝わった筈である。また夜に休む頃指輪で会話を通せば心配もさせないだろう。サンは今夜は城に帰れないな、と胸の内で呟く。


 流石に一晩くらいで寂しくなったりはしないが、日課を果たせないのが気になる。ちなみに、最近は贄の王を起こすのもサンの日課だったりする。


「では、そろそろ行きましょう。急ぐ旅ではありませんが、無駄にする意味もありませんから」


「そうですね。サンは馬に乗っていていいですよ。せっかく連れているんだし」


「いえ、見下ろし続けるのも疲れますから。シックこそ、多い荷物なら馬に乗せましょうか」


「ありがとう、でも大丈夫ですよ。そんなにありませんから」


 そう言って荷物を担ぎあげるシックを注意深く見るサン。無いとは思うが、万が一剣のようなものがあれば――。


 幸か不幸か、シックの荷物にそういうった類のものは無かった。


 ただ、治安の悪いこの辺りを非武装で歩くとも考え難いので、マントの下に何か武器を隠している可能性は高い。


 まだ、可能性を捨てきる訳にはいかないな、とサンは判断する。


 そして、シックと並んでサンは歩き出す。道の先、遠くラツアを目指して。







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