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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第一章 世界の敵たる孤独な主従
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4 主従の誓い


 二人は広間からほど近い応接間らしき一室にて向かい合うソファに座っていた。見せつけるような豪勢さは天井にまで見事な絵を描き、財をアピールするそれらはどうにも“外向き”らしい。


 部屋を見回す少女を見て贄の王にも考える事は伝わったらしく、口を開いた。


「謁見まで客を待たせる部屋だったのだろうな。見事だが、私としては落ち着かない」


「仮にも“王”であらせられるのに、庶民のような感覚ですね?」


「あぁ、偉大な”王“だとも。謁見に来た客が一目で腰を抜かすので、金銀を見せつける必要が無いのだ」


「おや、お生憎ですが立派な王座しか目に入っておりませんでした。人が座っておられたのですか」


「人でないものなら立っていたさ。影が薄いとはよく言われたものだ。……さて」


 贄の王はそこで一息をつくと少女の目を見た。


「私が思ったよりもお前は活発であるようだな。……夕暮れに訪れると言ったが、まぁ、今でもいいだろう。まずは……そうだな、お前にはこれからここで暮らしてもらう。先に目覚めた部屋でも使えばよいだろう」


「あの“お姫様”の部屋ですか」


「お姫様……? あぁ、恐らくそこのことだ。魔法はどの程度使える」


「でしたら、先にお話することがあります。……私の、身体についてです。」


 少女はそこで、己の身体が贄にされた友のものであること。自意識は自分だが、記憶に曖昧さがある事を伝えた。


「身体が、別人……?それも、贄として捧げられた者……?」


「はい。付け加えると、『彼女』の名前も思い出せません」


「ふむ……。調べる事は多いが、方針くらいは立ったかもしれんな」


「続きますが、私は魔道の知識は多少ありましたが魔力は人並みでした。対して、彼女の魔力は王族ゆえか膨大なものでした。まだ何も試してはいませんが魔力を多く感じています」


「肉体がその友人のものならば、魔力も友人のもの……か。実験しておくべきだな」


 贄の王はどこからかノートらしきものを取り出して何やら書き込む。


「この城は見ての通りだが、現代の生活向きではない。魔法が使えるならば色々と楽になるだろう。……ファーテルの王都が育ちか?」


「えぇ。王都より離れたことはありません」


「ファーテル王国に足を運んだ事は無いな。……水道は分かるか」


「すいどう、ですか。確か、聞いたことはあるような……」


「そうか、少し前にエルメアで考案された都市技術だな。ファーテルでは少し遠いか。……ここで水を汲むのは骨だぞ。ポンプも水汲み機も無く階段は長い。魔法が十分に使えないなら、私が水を作れる」


「昔話のような井戸ですか。……後の実験で試すことにしましょう」


「そうだな、後は火か。あの燭台はどこから持ってきた」


 そこで少女は気づく。燭台がない。


「……あれ? 私、燭台をどうしたかご存じですか?」


「落としていたので私が消した。それで」


「……壁から外して、部屋にあった道具で火をつけました」


「火は何とかなる、と……。その服も部屋からか」


「えぇ、いくつかはありましたが……。足りないものも」


「人の町まで転移が出来る。不足はそこで補うとしよう……。それぐらいか」


 魔法を知る少女だからこそ、その言葉に驚きを隠せない。


「――転移……ですか……」


「贄の王は飾りではない。この権能は世界を揺るがすに足る。転移くらいなら造作もない」


 少女は転移などという現実離れした力に驚きと畏怖を覚えるも、贄の王はひどく淡々としていた。


 いつの間にか伝承の中の【贄の王】と、目の前の男を別物のように認識しかけていた少女も、やはり目の前の存在は伝承に謳われる超常の存在なのだと気づかされたような気分になる。


 話は終わりといった雰囲気でノートになにやら書き込んでいる贄の王に向かって少女は口を開く。


「ところで……」


「なんだ」


「何とお呼びすればいいでしょうか」


「好きに呼べ」


「名前は無いのですか」


「無い。人だった頃はあったが、贄の王になると同時に失った。思い出せもしない」


「では、思い出せたら教えていただけますか」


「……あぁ、最初に教えてやる」


 そういって、贄の王はノートを閉じて再び少女を見た。






「……贄の王とは、人だった存在なのですか」


「あぁ、そうだ。私もかつては人だった。贄の王として選ばれ、名前と人間であることを失いここに来た」


「……そう、ですか」


 少女は、家族はいなかったのか、と聞こうとしてやめた。踏み込み過ぎのように思えたし、不幸な返答では互いに困ると思ったからだ。だが、何となく少女には目の前の男が自分と同じ類のような気がしていた。つまり、家族がいないか、疎まれていたか。似たような孤独に慣れた者の匂いとでも言うべき何かを感じていた。






 そして少女はこれから先の己の振舞い方を決めた。理由は、良く分からない。でも、そうするべきだと思った。いや、そうでなければならないと思った。それも、ただ成り行きに任せるのでは無く、自分の意志で――。


 着ている服のせいではないが、()()()()形が一番似合うと思ったのだ。僅かに、呼び方だけを迷い……決める。


少女は立ち上がり、贄の王と視線を合わせる。


「――では。私はこれから貴方を『主様』とお呼びしましょう」


「待て。私は……」


 贄の王は意表をつかれたらしく、困惑を顔に浮かべる。


「――配下の一人もいない王様なんて、寂しいでしょうから」


 ――何となく、目の前の孤独が不愉快だったから。


「配下など……」


「好きに呼べとおっしゃったでしょう?なにがしかの形は、決めるべきだと思うのです。“主様”」


 ――多少強引でも、気に食わないものは壊してやりたかった。


 ――それは、自分でも知らぬ魂の底から湧き出る渇望だった。






『主様』は頭の内で様々に言葉を転がすが、やがて少女の様子から翻意を諦めた。大きく息を吐くと、何となく拗ねたような視線を少女に送る。


「……分かった。これからお前は、私の配下だ」


少女はそこで初めて大きく表情を変え、にっこりと笑う。


「ありがとうございます、主様」


「……慣れんな……。――なら、分かった」


 贄の王はソファに深く腰掛け直し佇まいを正す。刹那に纏う空気が引き締まり、あてられた少女も背筋が伸びる。


「私の配下になったお前に、最初に名前を与える。――お前の名は、サンタンカ。サン、と呼ぼう」


「サンタンカ……。サン」


 名前の無い――無かった少女は、与えられた名を確かめるように口にする。


「私は、――サン。確かに、頂きました。ありがとうございます。――主様」


 そう言って、少女は古き“(しゅ)”に唾を吐くと、新しき“(あるじ)”に向かって臣下の礼を取った。


 そうして、呪われた魔境の中心で二人は主従となる。神の大敵贄の王は主人に、神を呪う少女サンタンカは従者に。世界中の光から忌み嫌われる主従の誕生を、ただ神だけが、きっと見ていた。静かに、その時を待ちながら。





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