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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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38 追跡


 その後、サンと贄の王は広げた地図の前で話し合う。すなわち、神託者の居場所を探るためだ。


「単純にファーテルの都からラツア、と言ってもいくつかのルートが存在する。陸路は東と西。ファーテルの都から川を下り、内海を船で行くルート。大きく三つだ。既に【神託の剣】が持ち去られてから10日以上が経過している。魔境からの距離だけであれば転移の可不可で測れるが、ルートまでは分からん。まずは神託者がどのルートを選んでいるかだ」


「川を下るルートは……。あのリーフェンを横切るのですか」


「そうだな。川港が破壊されリーフェンには降りられないだろうが……川を下り通り過ぎるだけならば可能なはずだ」


「とはいえ、交通は混乱しています。さらにリーフェン復興のため、水運は国が占有しつつあるとか。円滑に旅を進めるならば、陸路を選ぶかと」


「あぁ、私もそう思う。神託者がどのような人間かは分からないが、私が魔境に導かれた時と同じような状況にあるなら遠回りはしない。理由がある訳では無いが、急ごうと思わせられるのだ。つまり川を下るルートは捨てて良さそうだ」


「では陸路。東と西とおっしゃいましたが、中間の山岳地帯を迂回する方向の事で違いありませんか」


「その通りだ。この山岳地帯を縦断するのは遅い上に危険でまずありえない。迂回路は道も整備されている。乗合馬車の類もあろう」


「では、東か西か、ですが……。どう思われますか」


「さて、断言はしかねるが、東の迂回路が通過するゼーニア高原は戦争が続いている。普通に考えれば避けたいと思うはずだが……」


「神託者になるほどの人間であればやはり信仰篤い者なのでしょうか……。介入とまでいかずとも、何か戦災に助力など考えたりもするやもしれません」


「熱心な信徒どもがよくやりだす口だな。あれは却っていい迷惑なことも多いが……。東の方が道のり自体は短い。どう出てくるか」


 そこで二人の相談は一時止まってしまう。東の戦争地帯を選ぶか、西の遠回りを選ぶか、決めてが見つからなかったためだ。終着点のラツアで待ち伏せ、というサンの案は贄の王に否定される。顔も背格好も分からない現状、待ち伏せは無意味だと。その上、そもそもラツアには転移が出来ない。ファーテル・ラツアの道のりは一度魔境に背を向ける形になり、ラツアよりも神託者の方が魔境に近い。転移で追い越す事は出来ないのだ。






 結局、サンの追跡は東の陸路で行われることになる。神託者が主と同じ超常の力を持つのであれば、人類の戦争など大きな障害にならないのでは、というサンの意見が否定しきれなかったためだ。


 実際のところ、神託者の持つ力は不明だ。かつての【贄の王】たちが皆敗北していることからも常識外の戦闘力を持つと予想される。一方で、権能に可能な転移などは出来ないか、出来ても短距離に限られる。でなければ只人と同じ旅路など辿らないからだ。何が出来て、何が出来ないのか分からない以上、最悪を常に想定する必要がある。最短距離を行ける東のルートはサンたちにとっても有益なのだ。


 その日は一日サンの旅支度にあてられる。うっかり神託者を追い越してしまったりすると、転移が使えないからだ。指輪での連絡自体は可能なはずなので、過保護な主も安心である。


 服装は主の用意してくれた特製の一式と、普通の衣服一式。肌着類は数着。身なりの良さを隠すための大きなマントを上から被る。


 武具類は主のくれた剣と拳銃。魔法と権能を持つサンならば十分である。


 その他、保存食や油、ナイフやロープなど野外用具たち。主の作り出す無尽蔵の金銭にモノを言わせ、馬も買う。幸い、馬の扱いは心得があるサンだった。


 随分多くなってしまった荷物を見ると、しみじみ現代の旅は楽だと思わされる。これがもっと昔であれば便利な道具も無く、少女の一人旅など命知らずどころか物理的に不可能だったのではないか。文明に慣らされた現代人たるサンはそう思わずにいられない。まぁ、サンの場合は転移などというズルがあるのだが。




「それでは、主様。行ってまいります」


「あぁ。気をつけろよ。如何に権能を持ったお前と言えど、不意をつかれれば人間とそうは変わらん。なるべく、指輪に魔力を通しておけ」


 その言葉を鬱陶しいと思うほどサンは子供では無かった。事実、これだけ主に守られながらも、ブルートゥの一撃には反応出来ず致命傷を負わされた。権能の闇が目覚めなければ間違いなく命を落としていただろう。


「はい。気を付けます。転移がずっと可能であれば良いのですが……」


「それが理想ではあるが……。神託者のすぐ傍が転移可能かどうか、不明でもあるからな……」


「ただの愚痴でした、失礼を……。では、そろそろ」


「あぁ。ではな」


 主の見守る中、サンは転移を行う。途端、世界は全くの闇に閉ざされる。永遠のような一瞬が経ったのち、サンの姿はどことも知れない平原の只中にあった。周囲を見渡すが、長々と続く道の後にも先にも人影は無い。


 サンはマントのフードを深く被ると、転移でともに連れてきた馬に跨る。ちなみに、転移で驚かないように目隠しをしてある。


 太陽で方向を確認すると、南に向かって馬を歩かせる。――ひとり、サンは燃える。この果てもない道のりのどこかに、神託者がいる。贄の王の天敵にして仇敵。姿も名前も知らない。性別も年齢も知らない。信条も瞳の色も知らない。ただ、主の敵である。それだけがサンにとっては全てなのだ。






 神託者を追う、と言ってもその手掛かりはあまりに少ない。目印は、と言えば【神託の剣】だけである。その【神託の剣】も見た目には古びた剣であり、多少過去の美しさを思わせる姿ではあるものの、それだけである。例えば布にでも巻かれていたら分からない。少なくとも目にした範囲では、近づいただけで”悪魔“の苦しむ破邪の剣、なんてこともないからである。


 森から目当ての木一本を探すような気の遠くなる話だが、幸いなのはいつでも城に帰れることだろうか。何か問題が生じても主の元へ逃げかえってしまえばいいのだ。もちろん、無意味に手を煩わせるつもりは無いが。


 仇敵神託者を探す、と言っても人影すら無いのではどうしようもない。野盗や獣にだけ気を付けつつ、サンはややのんびりと道を行く。真夏にコートとマントという余りの厚着だが、主手製のコートは”風”の魔術陣を刻みこまれ、寒暖差を緩和してくれる。難点は一式しか無いことである。こうした旅路ではなかなか洗うに洗えない。


 手慰みに地図を広げてみる。今は、ファーテルの都から徒歩で7日ほど南下した辺りの筈である。本当はもう少し先まで転移出来たようだが、いきなり神託者と遭遇してもそれはそれで困るので、やや余裕を持った形だ。主によると神託者は無意味な遅延を嫌がりはするが、必要以上に焦った旅はしていない筈とのこと。それも贄の王の経験なので、絶対とは言えないが。




 神託者追跡の旅を始めてから数時間。サンは暇だった。何せやる事が無いのである。景色は大差無いので見飽きたし、ただ馬の背で揺られているだけである。しかもやや暑い。朝の内は涼しかったのだが、日が昇るにつれて気温が上がってきた。寒暖差を緩和すると言ってもコートなのである。しかもマントである。やや汗ばむ程度には暑かった。


 ――コート脱いだら、もっと暑いし……。


 コートの寒暖差を緩和する効果は意外と偉大で、コート一枚脱いだくらいでは却って暑かったのだ。これにはサンも困った。その下はシャツと肌着である。脱げない。サンをして、主に薄着の衣装一式を願おうと思うくらいには緩やかな苦行だった。


 暇つぶしに手の中で魔術の練習を始める。サンは特に苦手な魔法は無いが、一つ一つの練度はまだまだの領域だ。勿論同年代と競えばほとんど敵無しの域なのだが、所詮サンはまだ若い少女である。熟練の魔法使いと競って勝つなど無理な話だった。


 手始めに、“雷”の魔法を手の中で走らせる。ぱち、と音がして細い電気が右手から左手へ走る。“雷”の魔法は強力――では無い。戦いに用いて意味のあるレベルまで威力を上げるには、むしろ他の魔法よりも効率が悪い。自然的な雷の持つエネルギー量の大きさゆえである。しかも電流は一瞬で流れる。ではある程度継続した電撃を、となるとその難度と疲労は乗数的に跳ね上がるのだ。


 それでも戦いにおいて”雷“の魔法が大きな存在感を持つのは、”強い“からである。使う魔力も集中力も他の魔法の比では無いし、制御だって難しいが、放たれた雷を避けられる人間など居ない。音よりも速い雷を避けるなど不可能なのだ。そして、やはり大きな威力を出すための負担は大きいが、当たれば相手は絶対にひるむ。これは人体の構造上当然の話で、電撃が筋肉を硬直させてしまうからだ。


 総じて、効率も制御も悪いが、撃てば当たる。当たれば隙が出来る。戦いにおいて非常に重要な存在なのだ。


 ちなみに、そういう魔法だけあって歴戦の戦士は必ず”雷“の魔法への対処を身に着けている。例えばブルートゥは剣で受け止め地面へ流す、という離れ業を披露していたが、他にも何かしらの対策は身に着けているものなのだ。


 サンが手の上でぱちぱちと小さな電撃を鳴らしていると、気になったのか馬が振り返ってみてくる。何でもないよ、という意味を込めてサンが馬の体をそっと撫でる。優しい手には動物への慣れが見て取れ、また動物が嫌いでない事まで分かるかもしれない。


 事実、サンは馬が好きだった。以前の頃から馬の世話はよくやらされていたし、馬は人と違って生まれで誰かを疎んだりはしない。もしかしたらするかもしれないのだが、少なくとも”サン“になる前の少女にはそうではなかった。人間の世界に居場所の無かったサンだけに、動物たちの無垢な瞳に安らぎを見たのかもしれなかった。


 せっかくだし名前でも付けようか、とサンは考え出す。この馬は牝馬らしいので、花々や星々から取るような名前が良いかもしれない。ちなみにサンは名前に凝るタイプで、いい名前が浮かぶまでは暇つぶしにもなりそうであった。







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