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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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36 大聖堂の秘


 サンと贄の王は夜を待ち、ファーテルの都の大聖堂へと転移する。昼間と違い、人の姿は無かった。


 大聖堂の採光は内部に神秘的雰囲気をもたらす為に計算され尽くしており、日の明るい時間に訪れた信徒たちは皆その美しさに感動する。


 この夜の月明りにあってもそれは効果を発揮し、別世界のような幻想的空間を作り出していた。当然内部は暗いのだが、むしろ暗いからこそ月光が映えるのか。神様嫌いの少女もそれはそれとして、その美しさに暫し見とれていた。


「奇麗……」


「あぁ。確かにな。光の差す角度、反射する方向――。何れも緻密な計算の成果だ」


「主様……。もうちょっとこう、素直にというか……」


「む。素直な感想を述べたつもりだったのだが」


「そうですか……」


 若干無粋な主だったが、そういう部分に美しさを覚える人種であるらしいので仕方ない。


「では、この鍵で開く場所を探しましょう」


「あぁ。とは言っても広い。今夜だけでは見つからないかもしれんな」


「では、まずぐるりと外周を見ていきましょう。奥まったところとか、怪しいと思うのですが……」


 そう言いつつ、二人は大聖堂の廊下を歩く。ちなみに、この大聖堂に限らず教会の建物は中央の祭壇から伸びる大きな空間を挟む二つの廊下、という構造が基本である。部屋などが必要である場合、廊下から外や地下に向かって進むように建物が広げられる。部屋を設けずに仕切りなどで区切った空間を部屋とすることもある。


 まずは1階の外周を回っていく。途中通りすがる扉や箱のひとつひとつに鍵をあててみるが、正解らしきものは見つからない。


「やはり何か見れば分かるようなものの鍵なのでしょうか……。そもそも、この辺りのものでは鍵穴からして入りません」


「『大聖堂の』としか言わなかったことは気になる。それだけで分かるのか、言い残す余裕が無かったのか」


「どちらとも言い難いところですね……。入口の鍵だったりしないと良いのですが……」


「そうであれば困ったものだ。忍び込む術には困らんのでな」


「そういえば私は神官騎士団の拠点に忍び込めないか考えて、ブルートゥに見つかったのでした……。主様の権能の便利さを思い知らされたと言いますか……」


「話を聞けばお前も転移を使ったと言ったな。お前の身に宿った権能についても、試してみる必要があるかもしれん」


「私にも、よく分からないのです。あの時はただ必死で……」


「私の場合は、権能を得るとともに扱いも覚えていたからな……。すまないが、教えてはやれない」


「いえ、お気持ちありがたく頂いておきます。色々と、試してみるつもりです――」


 話ながら歩いていれば、入り口からちょうど半周。大聖堂中央正面の祭壇のすぐ近くまで来ていた。


 祭壇は金銀で飾られ、月明りを反射して煌めいていた。正面の大窓から溢れる月光は、美しい静謐さを描いている。


 サンはほう、と息を吐いてそれをぼんやりと眺める。思わず立ち止まった足に、主も同じように立ち止まってくれる。


「神も教会も嫌いですが、この光景にだけは罪も無いような気がしてきてしまいますね……」


「分からなくも無いが、飾る金銀も教会の腐敗の証と思えばな……。それに、所詮は無知なるもの達を信仰に引きずり込むための道具だ。お前も気を付けた方がいい」


「主様……。美しいものは美しいのですから、仕方ないのです。それに、私は間違っても信仰などに惑わされませんよ。私の(しゅ)は主様お一人です」


「そうか。私などの従者になる変わり者も、お前だけであろうな」


「……。もちろんです。私だけが、主様の従者ですから」


「……そうだな。それに確かに、こうしてみれば月明りも悪くないものだ」


「そうでしょう。……私、太陽よりも月が好きです。ずっと、優しい気がするんです」


「……あぁ、そうかもしれんな」


 サンは歩き出すと、祭壇の上に上がってみる。見渡す限り静寂の大聖堂は、時間に置き去りにされたような寂しさを思わせた。サンはここに昼間の、人が多くいた光景を重ね合わせてみる。


 彼らは一様に、陽光が照らす大聖堂の中で祈りを捧げている。ある者は熱心に、ある者は義務的に。そしてまたある者は、ただ無垢に。サンの心に映る彼らの姿はまるで一枚の絵画の登場人物のようにさえ見えた。


 ――神に縋るなど、愚かだ。


 そう信じるサンにあっても、彼らの祈りは、美しさに魅了されただけのその心には、罪も愚かさも無いような気がした。その点にあって、神を愛するものも憎むものも、きっと大きな差は無いに違いないのだから。











 サンが感傷に浸っていたせいか、先に気づいたのは贄の王の方だった。


「サン。ここから見ると、床の模様が剣に見えないか」


「――え?……確かに、見えます。いえ、はっきりと……」


 それはいわゆる“トリックアート”というものだった。特定の位置、距離と角度から見た場合、模様が全く別の姿に見えるようになっているのだ。この場合、大聖堂の床に描かれた模様を祭壇の上から見下ろすことで、切っ先を下にした剣のように見えるのだ。


 剣が見えるとなれば、注目する点は絞られる。柄の根本や柄頭。そして、切っ先――。


 贄の王が剣の切っ先が差す場所へ転移する。サンも慌てて祭壇から降り、主の元へ小走りで近寄る。


 その場からは、辺りの床を見回してもやはり剣など見えない。その場所で、贄の王はしゃがみこんで床に手を当てていた。


「――サン。これだ……。鍵を貸せ」


「はい。どうぞ、主様……」


 贄の王の手元でなにやらガチャリと鍵の開く音がする。そして、床の一部がぱかりと開いて口を開けた。下へ降りる階段が暗闇へ続いている。


「これは……。隠し扉?」


「そのようだ。下へ続いているらしい……。私が先に降りる。呼んだら、お前も降りてこい」


「あ、主様、私が先に……」


 贄の王はサンの声を聞かず、さっさと階段を下りて行ってしまう。途中、“炎”で灯火を浮かべたらしく、遠くにぼんやりと主の影が見える。


 主に何か危険なことなど起こりようも無いが、それはそれとして自分は従者なのだ。未知の場所には自分が先行するべきなのに……と若干不服なサンである。身を案じてくれているのが分かるだけに、文句の言いようも無いのだが。






 しばらくそのままでいると、下の方から主の声に呼ばれる。ついでに隠し扉を閉められるか、と鍵を抜いてから階段の下へ降り、扉を閉めてみる。するとガチャリと音がして、どうやら再び鍵が閉まったらしい。


 “炎”の魔法で灯火を浮かべ、階段を下りていくサン。待った時と同じくらいの時間を行くと、そこに主が待っていた。主に鍵を見せ、扉を閉めてきたことを言っておく。


 周囲は暗いが灯火の灯りで見通せるくらいなので広さはほどほど。注目すべきは、階段から正面奥にある石の祭壇だろうか。


 辺りは本棚が2,3ある他に、箱やら棚やらが乱雑に置かれている。それらは全て埃を被っており、長らくここが開かれていなかったらしいことを示している。


 床や壁、天井は飾り気の無い一様な石造りだが、正面つまり祭壇奥の壁だけに何やら壁画が描かれている。


 サンと贄の王は手分けしてこの部屋を調べていくことにした。文献に明るい贄の王が本棚。サンがその他を担当して、調査していく。


 サンはまず、乱雑に置かれている棚と箱類を端から全て回ることにする。なのだが、棚のほとんどは空だった。床に置かれている箱類も開くものは全て空。開かない物は何か入っているようだが、鍵がかかっているらしい。


 主に許可を得て鍵の部分を剣で強く打って破壊を試みると、古びているせいか案外簡単に開いてくれる。


 その中に入っていたのは、まず古ぼけた装備類。時代を感じる鎧や籠手といったものたち。それから、旅の用品とでも言うべき品々。それらも全て昔を思わせるような物ばかりだった。


 開かない箱は鍵でも紛失していたのか、それとも違う理由で残されていたのか不明だが、然程多くは無かった。


 中に入っていたものたちは全て古いが、実用性を重んじるように無駄な装飾の類は一切なかった。流石にこの古さでは実用に耐えないだろうが、当時は上等の品だったのではないだろうか。


 それから、旅の品々と言うのは雑多なもので、杖やカンテラらしきもの。火打石や矢じりと言った、昔の旅路には役立ったであろう物たちである、これらも実用性重視らしく、装飾の類はほとんど無い。


 サンとしては正直、判断に迷うものたちだった。これらがここにある事自体はともかく、これらの品自体からは何のヒントも得られないと思われるからだ。ひとまず、無駄に傷めないよう気を付けながら並べておく。後で主に見せる為である。






 サンは正面奥にある祭壇へと近づく。こちらは装飾も施され、優美な祭壇になっている。だが、どうにも欠けている。というのも、この祭壇はその上に何かを祀っておくものらしいのだが、それが無いのだ。空の棚や箱と合わせて考えれば、既に持ち去られた後ということになるのだろうか。祭壇の高さはサンの胸程であり、そこまで大きいものでは無い。また隠し仕掛けでも無いかと注意深く見てみるが、この祭壇には何も無いようだった。


 最後にサンは祭壇奥の壁画を見やる。現代美術のような写実性は乏しく、特徴的な部分を強調するような描き方は先ほどの装備類よりも更に昔のもののように見える。


 ほとんど勘ではあるが、彩色の剥げ落ち切ったと思しき様子から的外れでは無いかもしれない。


 まず、この壁画は向かって左から時系列になっているらしい。


 荒れた大地に暗い空。枯れた作物と倒れ伏す人々。


 捧げられた生贄と祈る人々。大地から禍々しい何かが噴き出し、生贄を伝って空に昇る。


 四方から禍々しい何かが集う。その下に王座と座す人間。


 光輝く剣を捧げ持つ人間と、王座の前で倒れ伏す人間。


 一層濃くなった禍々しい何かが王座に集う。一方強い光で強調される剣。


 輝く剣と、それを囲んで祈る人々。空には太陽があり、大地には豊かな作物が実る。






 読み解くとすれば――。


 一枚目はそのままだ。大地が荒れて作物が萎れる。太陽は隠れ、人々が死んでいく。恐らく、【贄の王の呪い】と呼ばれるものか。


 二枚目は贄捧げのことだろう。興味深いのは、大地から禍々しい何か――恐らく”闇“――が贄を伝って空へ上っている事か。


 三枚目は【贄の王】だろう。座しているのは贄の王座か。”闇“と思しきものが集っているのが気にはなる。


 四枚目は【神託の剣】で【贄の王】が討たれた様子。


 五枚目は、分からない。闇が贄の王座に集い、【神託の剣】が光を放っている?

 

 六枚目は大地から【贄の王の呪い】が祓われた様子だろう。人々が”神託の剣“に感謝でもしているようだ。






 サンが壁画の前で首をひねっていると、背後から贄の王が近づいてくる。その手には一冊の本があり、どこかのページを抑えているらしい。


「サン。ここはどうやら、神託の剣を安置していた場所のようだ。――ここを見ろ」


 贄の王はそう言って抑えていたページを開き、ある部分を指さす。


 それは随分古い言葉遣いで酷く読みづらいものの、何とか読み解いてみると、『大聖堂地下の安置場所に剣を戻しに来た。神託を受けるものの役目も終わり――』とある。サンがそのまま読み上げると、贄の王は頷く。


「そこの祭壇が本来は神託の剣の安置場所だったようだ。確かに、あんな洞窟は不自然だったが……」


「では、何故今は違うのでしょう。ここは随分使われていないようです」


「分からん。ここの書籍をもう少し見てみれば書いてあるかもしれんが……。少し時間がかかるな」


「では、先にこちらの報告を致します。よろしいですか?」


「あぁ。頼む」


 サンは発見した物を一通り報告する。多くの棚や箱は空だったこと、入っていた僅かな装備と旅の品々。それから、壁画について。当然のことか、贄の王が興味を示したのは壁画だった。


「簡単に、読み解いてもみたのですが。【贄の王の呪い】と【神託の剣】にまつわる物かと思います」


「うむ。確かにそう読めるが……。疑問も多いな。五枚目のこれは……。王座が闇を吸っている、のか……?」


「私は単に闇が集っていると見ましたが……そう読めなくもありませんね……」


「……気にはなるが、今宵はもう遅い。引き上げ、また後日ここへ来るとしよう」


 その言葉に、サンも確かに疲労を感じていることに気づく。思えば、今日は色々な事があった。


「……そうですね。そう致しましょう」


「場所は分かった。次からは転移で来られるな。――では、帰るぞ」







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