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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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35 残されたもの


 ぼーっと、熱を帯びた目でサンは鍵を眺める。


 それは随分と大きな鍵で、サンの手のひらでちょうど収まる位のものだ。ブルートゥが間際に「だいせいどうの」という言葉とともに残したそれには、一体どんな意味があるのだろうか。


 もう一度、眠るブルートゥを見つめる。その顔を笑みに歪ませた彼に、苦痛の色はまるで無かった。


 こんな小娘に負けて死ぬなんて、戦士として名誉なはずが無いとサンは思う。それなのにひどく満足げなその顔は、ならば”戦士“として死んだわけでは無いのだろうか。


 ならば彼は、”何“として死んだのだろうか。


 ――ひとりの女として、幸せに。


 彼はその最期にあってサンを止めようとはしなかった。その命を奪ってまで止めようとしていたのに、最期の時に願ったのはサンの幸せだった。


 その矛盾しているような願いが、“何”として死んでいったかの答えなのだろうか。


 ぎゅっと、手の鍵を握る。忘れまい、と誓った。この男を。


 エルザの、”サン“の、幸せを願って死んでいったこの男を。


「私の中身が、エルザじゃないって知ったら、どんな顔をしたんでしょうね……?」


 ――騙された、と怒るだろうか。


 ――それとも。











 サンは心の中で最後の別れを告げると、立ち上がる。


「主様。……ありがとうございます」


「……もう、よいのか」


「はい。そろそろ、前に進まなければ」


「……そうか」


 サンが贄の王のもとへ歩くと、贄の王はサンに黒い剣を差し渡す。先の戦いで吹き飛ばされたままのサンの剣だった。


 礼を言ってサンがそれを受け取る。それから、いきなり手袋の右手の方をダメにしてしまったことを謝罪する。ブルートゥに手を落とされた時、手首の部分で一緒に斬られてしまっていた。


「構わん。無事なら何よりだ。――何があったかは城で聞く。いい加減、壁の外の輩共がうるさいしな」


「壁……。ここに、誰も来られないように、ですか?」


「ここをぐるりと半球状に囲んでいる。無粋な邪魔者は不要だからな」


 では、転移する。贄の王のその言葉を聞きながら、最後にもう一度だけブルートゥの亡骸を見た。


 当然、僅かも変わりの無いそれに、「ありがとう」と呟くと、次の瞬間には見慣れた城の自室だった。
















 サンは自室の居間で贄の王と向かい合うと、ファーテルの都で別れてからの事をほとんど包み隠さず話した。前回剣の地図を渡された時のやりとりも真実を話すと、贄の王は静かに頷いた。


「――なるほど。褒められた事では無いが、お前の気持ちも分かる。話さなかったことは責めまい」


「ありがとうございます。繰り返さないよう、気を付けます」


「うむ。そして、あの男――ブルートゥ。お前の『友人』の知り合いだったのだな?その、身体の元の持ち主のことだ」


「話しぶりから、間違い無いかと。私との面識はありませんでしたが、どうやら幼い頃のエルザと知り合いだったようです」


 ――なるほどな、と贄の王は繰り返す。


 その様子はサンも分からない何かを分かっているようで、何だか不思議である。


 しんみり、とした空気が二人の間に落ちる。


 不思議だった。サンとブルートゥは会って間もない間柄だったのだ。


 ブルートゥの方はサンを『エルザ姫様』だと思っていたが、それは外見だけの事だった。なのにどうして、こんなにも悼む思いが強いのか。


 まるで、この身体に今もエルザが残ってでもいるような――。


 そこまで考えて、以前この身体にはエルザの無意識が宿っていると贄の王に言われたことを思い出す。


「主様、以前この身体にはエルザの無意識が宿っているとおっしゃられましたよね」


「そうだな。あくまで魔力の核としての魂の話だったが、今も間違い無い。お前の魂の無意識の部分には混じり物がある。上手く説明しがたいが、それが元の身体の持ち主の方と考えて間違いあるまい」


「では、その無意識の部分がブルートゥを悼んでいるのでしょうか……。エルザが今も、この身体で……」


「そうかもしれん。だが、お前――サン自身、あの男の死を悲しんでいるように私は見える。それは、おかしなことでも恥ずべきことでもない」


「……そう、でしょうか」


 サン自身が、ブルートゥの死を悲しんでいる。そう言われれば、そんな気もしてくる。何より、あの男はエルザを想ってくれていた。


「……そうかも、しれませんね……」


 サンにとって、エルザを想ってくれる人が居たというのは本当に嬉しいことだったのだ。知る限り、エルザは本当に孤独だった。


 自分以外、その心を慮る人間など存在しないと思っていた。


 だが、それは間違いだった。エルザの死を嘆いてくれる人が居た。エルザの幸せを願ってくれる人が居た。もし、“生前”に出会っていたら、『私』のこともそんな風に思ってくれたのだろうな、とサンは思う。


 ――ちょっとだけ、羨ましいかも。エルザ……。


 それだけに、その男と避けられぬ戦いになってしまったことが悔やまれた。もし、サンがブルートゥに会いに行かなければ。もし、会話の中でもっと上手いように話せていたら。誰も死ななくて済んだのだろうか。


 それが自分の失態、罪だった――とまでは、思わないまでも。


 『生きていて欲しかった』という想いを、きっと忘れないでいようとサンは思うのだった。


 それは、あるいは残される者たちの共通の想いであるかもしれなかった。


























 サンは目の前の机に置かれている鍵を改めて見る。『だいせいどうの』、何であろうか。


「主様は、この鍵を何だと思われますか?」


「大聖堂、と言っていたな。望みとしては教会の持つ秘密でもあればいいが……。さて、何だろうな」


 サンは鍵を手に取ってしげしげと眺めてみる。


「随分、大きな鍵です。錠の方もやっぱり大きいのでしょうか」


「ドアか、何かか。興味深いのは、何の鍵であれ神官騎士団の団長がそれを持っていたということだろうな。剣に関わる何か――など、あり得そうな話だ」


「早速、大聖堂まで行ってみましょうか?」


「人の多い中でその鍵の錠を探すのも難しいだろう。夜を待とうと思う」


「なるほど、分かりました」


 外を見ると、まだ夕暮れより早い時間である。夜までは少し時間がある。ならば、とサンは閃いた。


「それでしたら主様。夜まで、騎士団長の――ブルートゥの部屋を調べてみませんか」


「神官騎士団の拠点のことか。今でしか手に入らぬ情報の可能性もあるか……。妙案のように思うな。だが、お前は大丈夫か。私一人で行っても構わないのだぞ」


「ありがとうございます。ですが、平気です。それに……、主様一人では、散らかるばかりで調べものが進まないかもしれません」


「……いや、私とて……。うむ……まぁ、否定は出来ない……が……」


 くすり、と笑うとサンは立ち上がる。


「でしたら、参りましょう。主様」


「分かった。――では、行くか」




 主の力で転移し、再び訪れたそこは以前とさして変わり無いように思えた。質素な机とベッド。隙間の多い本棚。板間がむき出しの床。


 幸い窮屈な部屋では無いので、主と二人で居ても狭苦しさは無い。贄の王が出入り口のドアを闇で覆うと、調査を始める。


 言語に明るい主が本棚を、サンが机にまずは取り掛かる。


 質素な机、と言っても案外引き出しの類は多い。いくら誰も入って来られないとは言え敵地の真ん中には違いないので、サンは手早く引き出しを改めていく。


 サンにとっては助かることに、ブルートゥは意外にきれい好きだったらしい。引き出しの中はどれも片付いていて、全部引っ張り出さないと何だか分からないというようなことは無かった。


 といっても出てくるのは神官騎士団の団長としての仕事関連の物ばかりだ。前回のように謎の小箱が出てくると言ったことも無かった。


 流石に書類の類を一枚一枚改める訳にはいかなかったが、目に入ってくる情報によると神官騎士団は想像以上に後ろ暗い組織であるらしい。曰く、どこそこの犯罪組織との約束が、とか。あれこれの貴族と賄賂が、とか。


 一方で多少()()()な騎士団に変えようとしているらしいのもまた事実で、騎士団内での汚職の件数やら、問題のある人物のリストなども出てくるのだ。


 戦士としても一流だったが、文官としてもそれなりに働けていたらしい。優秀なことである。


 結局机周りから大した収穫は無かった。何枚か使()()()書類を頂いて終わる。


 主の方はまだ終わっていないらしく、手に取った本に目を通している。


 他に調べるところなど大して無いので、ベッド周りを漁ってみる。まともに洗っていないらしく匂うのは置いておいて、当然のように何も無い――と思いきや、ベッドの下から数冊の雑誌らしい本が出てくる。


 一体何かと思って開き――即、閉じる。


 サンは悟る。世の中には、触れちゃいけない世界があるのだ。そのままにしておかなきゃいけないのだ。


 でも、どうして、そういう世界はやたらと興味をそそるのか――。






「サン?どうかしたか」


「ぃいえ!?な、なにも!?」


「……そ、そうか……?」


 薄めの本だったので数冊をまとめて懐に押し隠す。自分は何でこんなことをしているのだろうか、と疑問を抱きつつもそっと持ち帰ることにするサン。


 未知の世界への扉を懐に、サンは何事も無かったように立ち上がる。若干顔が熱いが、気にしない。ところで、主も男性だがやっぱりそういう欲ってあるのだろうか。


「こ、こちらには何もありませんでした。まぁ、何かあると思ったわけでもないのですが……」


 何となく言い訳がましくなってしまう。伝わるな、この思い――。


「……あぁ。本棚は数冊、貰っておこうと思う物があった程度だな。……この部屋は、空振りか」


「そうですね。一度、城に帰りましょうか」


「そうしよう。あぁ、フードを被っておけ、ドアの外に何人か居る」


 分かりました、とサンがフードを深く被る。贄の王がドアを覆う闇を消すと途端、ばったぁん!と盛大な音を立てながら数名の男が倒れこんでくる。


 どうやら少し前から部屋の異変に気付かれていたらしく、開けようと奮闘していたところだったようだ。


 突然のことに対処しきれない男たちを横目に、主の力で二人は城へ転移する。


 戻ってきたのはサンの自室。窓の外を見れば、もうじき日暮れだった。






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