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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
34/292

34 人として


 ばん! と銃声が響く。弾丸は目に見えない速度で空を飛び、騎士団長の横を通り過ぎる。彼は軌道を呼んでいたか、避けもしない。


 騎士団長が駆け、一気に間合いを詰めに来る。


 ばん! ――当たらず。


 更に間合いが詰まる。


 拳銃を持つサンの右手が震える。騎士団長の剣の間合いまで、撃てて一発。一拍、狙いを定め……。


 ばん!


 銃弾は騎士団長の腹へ向かう。しかし、彼は構えた剣でそれを弾く。


 サンは左手に隠していた魔法を詠唱で完成させて放つ。


「『雷よ!』」


 雷撃が騎士団長の身体に向かって走る。だが先ほどと同じ。騎士団長は剣で受け、地面にそれを流し――。


 突如、雷撃がその軌道を変える。剣を伝う光が踊る蛇の如く空中に弧を描き、その顎が騎士団長の身体を貫いた。


「……ぐぅ……!?」


 受けきったはずの魔法だった。騎士団長の身体が衝撃と驚きで縫い留められる。


 サンは”狙い“が決まったことを知るとすかさず拳銃で追撃。


 ばん!


 銃弾は騎士団長の額へ。だが軌道が悪かった。頭蓋骨に滑った銃弾は騎士団長の首を傾けさせたが、致命傷を与えられない。


 銃弾を額に掠らせながら、戦士は雷の抜けた体で剣を振るう。


 銃も、魔法も間に合わない。サンが纏う闇はもうその身を守ろうとはしてくれない。






 刹那、サンが消える。


 騎士団長が振るった一撃は空を切り、その頭は無理解に混乱する。


 だが背後に気配を感じた騎士団長は身体を翻し、剣を――。


 ばん!


 銃弾がその胸に吸い込まれる。――直撃、であった。


 がくりと騎士団長の膝から力が抜ける。その目に映るのは、拳銃を両手で構えているサンの姿だった。





















 サンにとっては賭けだった。


 一つ。騎士団長が避けた銃弾と自分の雷の間に立ってくれること。


 二つ。【転移】が成功すること。


 贄の王がその権能と知性でもって作り上げた拳銃は文明を追い越した性能を持つ。だがその最大の特色は『弾丸がサンの魔法を引き付ける』という点にある。


 サンの雷は自然の法則を外れ、既に放たれて避けられた弾丸を追った。その途中に人間の身体があったことなど、雷には知らぬことだったかもしれない。


 それから、サンは既に致命傷を負っていた、はずだった。胸を貫かれ、死にゆくだけだった筈の身が息を吹き返しその傷が癒えたのは何によるものか。


 疑いようも無い。贄の王の眷属となったことで宿っていた権能の力である。


 そうと思い至った時、サンの脳裏に浮かんだのが主の転移であったことは自然だったろう。胸の内、そのもっとも深いところから溢れてくる闇。


 手探りで、不確かで、やけくその”オールイン“だったのだ。


 そしてサンは二つの賭けに勝ち、届かない筈の勝利を手にした――。











 騎士団長の身体が地面に倒れる。口から多量の血を吐き出し、苦し気にむせる。


「……は……はぁ……! な、なぁるほど……。……姫様……」


「はぁ、はぁ、はぁ……」


 二つの荒れた息だけが路地に聞こえる。騎士団長は力を振り絞るように膝立ちになるが、やはりしゃがみこんだ姿勢から動けない。


「ははは……ごほっ……。まさか、俺の最期が……姫様とは……。はっはっは……」


「……っ」






 その時、サンが思ったことは奇妙だっただろうか。目の前の死にゆく男を()()()()と思ったことは。


 男を死の淵に追い込んだのはサン自身だ。


 だが、サンは決して目の前の男が憎かったわけでは無い。むしろ、エルザの過去を知るものとして、自らたちを追い詰めようとしなかった男として、好意的ですらあった。


 それが今目の前で死んでいこうとしている。自分の手で。


 ――それを助けたいと思ったのは、奇妙なことだっただろうか。


「騎士団長……。あなたも、こちらへ来ませんか……?」


「姫様……?」


「主様なら、贄の王なら、まだあなたを助けられます。死ななくていい。まだ生きられるんです。だから……」


 男は、にっこりと笑った。


「昔、から……。そうでしたね……。優しい子、だった……」


「ぁ……」


「そんな、自分の方こそ、死にそうな顔じゃあないですか。姫様……」


「だめ……。ぁ、主様なら……」


「姫様」


 騎士団長は血まみれの顔で笑う。ひどく優しい顔で。慈しむ目で“サン”を見ながら。


「俺は、ここで死にます。それが、人ですから……。ねぇ、姫様……。立派になった……。あの小さな姫様が……。こんなに大きくなって……」


「……!」


「人として、生きた。だから、人として、死ぬんですよ、俺は……。さぁ、早く行って……。もう、すぐに、人が……」


 サンは落とされた自分の右手のもとに走ると、その指から指輪を抜き取ろうとする。


 急いでいるというのに、何故かそれはなかなか抜けてくれない。


「は……っ、ぁぁ……。姫様。一個だけ、お願いを……」


「な、なんです」


「姫様は……不憫だった……。生まれで、苦しんで……友達だって、出来なくて……。その、果てに……殺され、た。だから……」


 サンはようやく指輪を抜き取る。魔力を込めようとして、ぽろりと落としてしまう。






「……やりたい、こと、終わった、後でも……いい……」






 拾い上げた指輪にようやく魔力を込める。






「……どうか、一人、の、おんな、として……。しあ、わせに……」






「そんな、ことを言わないで……。あるじさまなら、まだ……!」


 サンの肩に大きな手がそっと乗せられる。手の方を見上げれば、黒い男が立っていて、サンの方を静かな目で見ていた。そして、そっと首を横に振った。


「ぁ……」


「あんた、たのむ……、ひめさまを……」


「――名を、名乗れ。この【贄の王】にその名を伝えることを許す」


 どしゃ、と騎士団長が倒れこむ。身体をひねり、横向きになりながら。その目は、サンと贄の王を優しく見つめていた。


「……そう、いや、ひめさまに名乗ったこと、なかったな……。おれ、はブルートゥ・シュタイン……。ただの騎士だ……」


 男――ブルートゥは懐から大きな鍵を取り出すと、サンに向かって差し出す。


「これを……ひめさま。だいせいどうの……」


 サンは震えながらもすっと立ちあがり、ブルートゥに近づく。


 決して涙をこぼさないように。はりぼてでも、しっかりとした足取りで。


 この男の前で、この男の最期に、情けない姿はこれ以上似合わないと思ったからだ。


 ブルートゥから鍵を受け取ると、その手を優しく握る。傷とたこだらけのぼろぼろだけど、大きくて暖かな手だった。


 声の震えを必死に殺し、サンは言う。


「……ブルートゥ・シュタイン。その名前、忘れません。……絶対に」


「はは、あり、がたい、ね……。あぁ……。りっぱに、ひめ、さま。りっぱ、に……。――」


 騎士団長、ブルートゥは目を開いたまま、二度と口を動かさなかった。











 ――サン、と贄の王が声をかける。その声もまたひどく優しく、サンは涙が零れるのを堪えようも無かった。


 エルザにも、こんなに想ってくれる人がいたのだ。


 ならば今、サンの目から零れる涙は誰のものか。


「――。いきましょう、主様」


「……焦ることは無い。今、この場には誰も来られない。私と、お前と……、その男以外は」


「……ッ!!」


 サンはそっとブルートゥの亡骸の目を閉じさせた。


 ぽたりぽたりと、熱い涙が頬を伝うのが、どうにも煩わしくて仕方がなくて、サンは目を拭う。


 なのに、拭っても拭っても涙は零れてきて、鬱陶しくて仕方がない。


 不意に、サンの脳裏にあり得ない思い出が蘇る。






 それは、今より少し若いブルートゥが、幼いエルザを捕まえて、抱え上げているところ。


 エルザは逃れようと暴れ、ブルートゥは困ったような顔でそれを抑える――。






 どうしてか、サンの目から、涙が止まらない。“サン”とこの男の間に、悼むような思い出など無いはずなのに。泣く必要など無い筈なのに。


 サンは知らず、目の前の男の亡骸に縋りついていた。


 その口から、不意に言葉が零れた。――『おじさん』、と。


 そんなサンの背中を、贄の王がそっと見つめていた。






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