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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
33/292

33 譲れない


「――俺は、物事には理由があるって思うんですよ」


「……?理由、ですか」


「えぇ。理由、です。世の中ってのは意外と必要なことばかりで出来てるもんでしてね。【贄の王】なんてのが本当にいるなら、いるだけの理由がきっとあるんです。そういうのをうっかり壊してしまうと、結構取り返しのつかないことになったりしてね」


「だから、贄の王も大人しく贄になるべきだと?」


「【贄の王】のおとぎ話ってのは必ずわるーい【贄の王】が殺されて終わります。そうなってる理由を考えたことはありますかってことです。もし、【贄の王】が殺されないせいで、もっと沢山の姫様みたいな犠牲者が出ちまうとしたら、どうです」


「そんなものが出ると、どうして分かります」


「分かりませんよ? もし、って話です。それでも、【贄の王】が殺されるのを止めますか、姫様」


「……止めます。それは、目の前の犠牲者を諦める理由にはなりません」


「……そっか。そうかもしれませんね。でも、俺はそう思いません」


「どういう意味です」


「姫様。俺は姫様が嫌いじゃありません。その境遇には同情するし、もし後に残したやり残しがあるって言うなら、なるべく変わりますよ。でも……。それ以上はいけません。俺は人です。姫様も、今は違うそうですが、人でした。俺らは、人の世界から出るべきじゃないし、関わるべきじゃない。人として、生きて死んで、消えていくんです」


「何が言いたいのです……」


「――ここで、俺の手で眠ってください」






 それは一瞬の事だった。


 騎士団長がサンの瞬きよりも早い動きで剣を抜き、サンの胸を一突きに貫いた。


「……っ。ぁ……」


「姫様が人の世の災厄になるって言うんなら、俺はこうしてでも止めなきゃいけない。恨んでくれて構いません。でも、それはあの世でやるんです。……それが人なんですよ」


 それは熱だ。熱い、どうしようもない熱さが身体の中心にあった。


 サンの口から血が零れるが、それを拭おうと腕を上げることすら出来ない。


 サンは右手の指輪に魔力を込めようとする。だが、それは叶わない。剣の煌めきが走り、サンの右手首から先を斬り落としたからだ。


 胸に刺さった剣の支えを失い、サンが崩れ落ちる。


「……残念ですが、姫様じゃ俺には勝てない。魔法の()()()ってのは、慣れると読めるんです。何を狙ったかまでは、分かりませんがね」


「ぁ……。ぐっ……ぅあ……」


 力が入らなかった。腕にも、脚にも、身体中の筋肉が鉛にでもなったみたいに力が入らない。何とか動いた顔と目で、騎士団長を見上げる。


 彼の頬には伝う雫があった。


「すみません。苦しめちまいましたね……。次で終わりです。友達もきっと、姫様のことを待ってますよ。人の世の事は人に任せて、二人仲良く安らかに。――せめて少しでも安らかに、眠ってください……」


 彼の剣が振り上げられる。その煌めきが、サンの首を――。






 ――大丈夫。


 え?






 その剣が止められる。突如サンの身体から現れた”闇”が、その煌めきがサンの首に触れることを許さなかったのだ。


 騎士団長は剣を引き、大きく飛びすさる。


「これは……。姫様……?」


 サンがゆっくりと立ち上がる。その身体が、闇を纏う。


「……ぇほっ!けほっ、けほっ!」


 痛みと失血に薄らいでいたサンの意識が明瞭さを取り戻す。胸の傷が塞がり、無くした右手は新たなそれに生まれ変わる。






 ――そうだ、こんなところで死んでいられない。


 ――主様。エルザ。


 ――私は……。もうとっくに、人なんかじゃない。






「はぁ……。はぁ……」


「なるほど……。確かに、もうエルザ姫様は人じゃないらしい……」


 迂闊な手出しは出来ないと見たか、騎士団長は距離を取ったまま用心深くサンを見る。


「いいえ……。私は、エルザじゃない。私は……!」


 ――私には、主様がくれた名前があるのだから。


「私の名前は、サンタンカ……! 贄の王の、ただ一人の眷属にして従者!! ――主様が贄となって終わる物語なんて、私は認めない!!」


 生まれ変わった右手で黒い剣を抜き放つ。その切っ先を騎士団長に向けて。






「この想いは……もう譲れないの!!」






 ――【強化】。サンの身体が軽くなり、全身に力がみなぎる。世界がぐっと遅くなった気がして、まるで追えなかった騎士団長の動きが少しずつ分かるようになる。


 彼は今も油断なくサンを斬り捨てる隙を伺っている。先ほどの“闇”に防がれたため、迂闊な手出しを避けているのだ。


 サンは地面を強く踏んで蹴りだすとともに”土“の魔法で自分の足を押し出し、勢いを強く乗せる。騎士団長へ向けて一気に間合いを詰め、右手の剣で斬りかかる。


 それを驚きの表情を浮かべながら受け止める騎士団長。さらにサンの追撃。左手に“炎”を纏って騎士団長の手元を狙う。


 騎士団長は素早く地面を蹴り後ろに下がってサンの炎を躱す。そこにサンは追撃の突きを放つ。


 それを斬り払って捌く騎士団長に対し、更に追うサン。


 右手の剣を体に戻し、足元めがけて横なぎ。サンの剣にまっすぐ自分の剣を打ち合わせて守る騎士団長。


 サンは強く地面を踏み込んで前進の勢いを殺す。そのまま左の手から”風“の弾を撃ちだす。


 大きく体を捌いて躱しつつ、間合いを離しきる騎士団長。


 サンは更に”炎”を撃ちだすが、これを安々と斬り払って消される。


 ただ魔法を撃つことの無意味さを悟り、サンは追うのをやめる。


 離しきった間合いの外で剣を構えなおす騎士団長。






「驚いた……。どこでそんな武芸を身に着けてきたんです?姫様」


「……私の主様は、厳しい師でもあるの」


「あの真っ黒か……。あれは確かに尋常な実力じゃあ無かった……。話によると、あれが【贄の王】ってことですかね?」


「そう、よ!」


 言葉とともに”雷“の魔法を放つ。騎士団長はこれを剣で受け止め、更に地面まで流す。


「魔法もそうだ。姫様はこんな練度の高い魔法なんて使えなかったはず……。一体何があったんです、姫様」


「教える気はない。あなたは、敵なのだから」


 騎士団長はそれににやりと笑って返す。まるで出来の良い子を見るような目で。


「それで正解でしょうね。……でも、それまでだ」


 騎士団長が素早く間合いを詰めてくる。【強化】されたサンの目ならなんとか見える。


 サンは剣でその剣閃を受ける。本当はいなしたかったが、実力差がそれを許さない。


 受けられた反動で剣を戻し、更にサンの手元めがけて斬りかかってくる騎士団長。


 以前主にされたのと同じように、手の内で剣を横にして受け止め、相手の剣を軸に剣を回し振り上げる。


 騎士団長は勢いままに振り下ろされたサンの剣を足さばきで避け、剣を体に戻す。サンが追撃を放とうとするが、騎士団長の方が一手早い。


 騎士団長は剣先で小突くような軽い突きを放つ。サンがそれを剣の腹で受ける。


 受けられた反動、踏み込みの勢いを剣に乗せ、騎士団長がサンの横腹を切り裂こうとする。


 受けては押し切られて斬られる、と咄嗟に剣閃の下へもぐりこむサン。


 体重の乗った一撃は隙も大きい。しかし騎士団長は思い切り地面を踏み込むことで無理やりに一撃を中断し、切っ先を下のサンに向ける。


 それを見たサンは考えるより先に横へ飛ぶ。鋭い下突きがサンの頭のあった場所を通り過ぎて、石畳に突き刺さる。


 素早く立ち上がろうとしたサンだが、その眼前に石つぶてが迫り――。


 衝撃に目が眩むサン。歴戦の戦士を前に、その隙は致命的だった。


 思いきりの一振りでサンの持つ剣を吹き飛ばす騎士団長。サンは地面を蹴りつつ、”土“の魔法で簡易の壁を作る。間合いを詰めそこなった騎士団長は一歩引き、再びつかの間の静寂が訪れる。






「姫様、いい動きしてますよ。普通の女の子だったら、一振りで終わりです。でも残念ですが、まだ俺の方が強い。――諦めて下さい。さっきは苦しめちまいましたが、今度はそうはしません。一刀で首を刎ねて差し上げます。そうすれば、苦しくはありません」


「いいえ。いいえ……。私は、諦める訳にはいかない」


「そうですか……。ですがどっちにしろ、次で終わりにします。お覚悟を」


 サンは騎士団長から目を離せず、飛ばされた剣の位置がつかめない。指輪があれば主を呼べるが、斬り落とされた右手ごと騎士団長の向こうに落ちている。拾う隙は与えてくれないだろう。


 必死に手のカードで目の前の戦士に勝つ術を求めるサン。そうと察しているはずが、敢えて乗ってくる騎士団長。


「いやしかし、本当に驚いたんですよ。一朝一夕で身に着くような武芸じゃあない。姫様、そんなに運動神経よかったでしたっけかね」


「さぁ、どうでしょう……」


 実際のエルザは特に運動神経に秀でていたわけでは無い。サンは元々何でもそれなりに出来るタイプだ。


「こんなとこで大立ち回りしてるんです。すぐに人が気づいて、姫様は多勢に無勢。どんな目に合わされるか分かりません。だから、せめて俺の一刀で終わりにさせて下さい」


「くどいですよ。私は、『生きる目的』を得ました。簡単に、死んではいられない……!」


 騎士団長はその言葉に悲し気な顔をする。


「……生きる目的、ですか」


「えぇ。主様に、死んでほしくない。それだけです」


 騎士団長は奥歯でぎり、と音を立てる。


「なんて、悲劇でしょうかね。姫様じゃないが、俺も神様を呪っちまいそうだ」


「悲劇だったのは、この世界の方です。私はそれを変えたい。――それに気づいたのは、さっきですが」


「やりきれねぇ……。くそったれ。――もういいですか、姫様。そろそろ万策尽きましたか」

「やってみるだけに決まっています。どうせ死ぬのなら、あがくでしょう」


「はは。……はぁ、確かに、そうですねぇ……。俺は嬉しくないですが」


 じり。


 騎士団長がゆっくりと間合いを詰め始める。サンは懐から拳銃を取り出し、右手で構える。


 騎士団長の目が細められ、拳銃の向く先を掴む。


 拳銃というのは予想以上に狙い通りに当たらないもので、サンの腕前では剣の届かないギリギリの間合いでようやく、といったところか。


 だが拳銃の威力は高い。如何にこの戦士と言えど、当たれば隙を晒す。その隙で剣か、出来れば指輪を拾えればサンの敗北は遠のく。





 じり。じり。じり……。


 間合いが、ゆっくりと詰まっていき――。






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