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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第二章 敵の名は宿命
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32 再びのファーテル


「とは言っても、唐突にラツアに現れるわけではあるまい。ファーテルからラツアまでの道のりのどこかに今はいるはずだ。後を追うように探すのが良い筈だ」


「分かりました。では……まずはファーテルですね」


「そうなる。まず神託者が剣の位置をどうやって知ったか。それが尋常の手段であれば、例の神官騎士団の団長を当たるべきだったのだが……」


「私の顔を見られています。危険ですね」


「分かっているならいい。もし街の中で神官騎士団による我々の捜索が行われていた場合はすぐに私を呼べ」


「分かりました。指輪に魔力を込めるだけですね」


「うむ。それで私に周囲の音と視界が伝わる。状況に応じて私が対応出来るだろう。……もし、危険な事が起こりそうであれば予め魔力を通しておけばいい」


「主様、私も子供ではありません。もう少し信用なさって下さい」


 サンが呆れ気味にそう言えば、贄の王には何かしら”刺さった“らしく、何故かダメージを負っていた。


「そ、そうだな……。気を付けよう……」


「もちろん、心配なさって下さるのは嬉しいのですが……」


「リーフェンのような事が起こらないとも限らない。頭では分かっているつもりだが、どうしてもな……」


 サンはコートについている大きなフードを深く被る。


「それでは、そろそろ参りましょう。お手数をお掛けします」


「あぁ。では、転移する」











 サンと贄の王は再びファーテルの都に降り立った。そこは大通りを一つ外れた路地で、人気は無い。


「では気をつけろ。私もすぐ動けるようにしておく」


「はい。ありがとうございます。では、行ってまいります」


 そう言って主と別れるとサンは街の中央、宮城を臨む広場まで向かう。道すがら周囲を見渡すが、特に兵士や警ららしき者が増えている様子は無い。捜索が全くなされていないことは考えづらいため、既に打ち切られた後かもしれない。


 前回ファーテルの都で神官騎士団を襲撃したのは既に一月前に近い。目的地がファーテルの都に無いと分かっていれば、少々早いが打ち切りはありうる。


 ――それに、あの騎士団長なら、あるいは……。


 実際贄の王にも言われたことだが、荒事を起こしているファーテルの都を再度訪れるのは非常に危険なのだ。サンは顔を隠しているとは言え、背格好は見られているし顔を完全に隠している人間自体珍しい。


 顔を隠しているという時点で身柄を疑われてもおかしくないのだ。


 それでも反対する主を押し切ってここに来たのは、神官騎士団の団長にもう一度会ってみたいからだった。


 サンの方に面識は無いが、あの男はまだ何かを知っている。それに、突然斬り捨てられたりもしないだろうという予測があった。


 サンは再び宮城前の広場まで辿り着く。その様子は先日と大差無い。広場の端にある神官騎士団の建物を見れば――。


 入口にはドアを挟んで二人の見張りが槍を持っている。流石に、襲撃を受けただけに警戒が高まっている。姿を見られてはまずい、と物陰に入る。






 ――さて、どうしよう。


 用事があるのは騎士団長のみ。この街では顔を晒す訳にいかないが、顔を隠したまま神官騎士団を訪れる訳にもまたいかない。それに、不審がられなかったとしても騎士団長に会わせてもらえるとも思えない。


 ――忍び込めるかな……?


 サンは大きく迂回して神官騎士団の拠点の裏手へ近づく。姿を見られないよう気を付けつつ建物をのぞき込むが、裏口にもしっかりと見張りは立っている。


 夏の暑さ対策だろうか、窓はいくつか開いているものの軽業師でもないサンでは登りようが無い。


 前回は主の転移であっさりと忍び込めたが、やはりアレは便利だった。右手人差し指の指輪をそっと撫でて主に頼りたい気持ちを抑える。何故わざわざ神官騎士団の建物に近づいているのか、言い訳が浮かばない今、主には頼れない。






 仕方ない、また手を考えよう――とサンが引き上げようとした時だった。


「――動くな」


 サンはしまった、と唇を噛む。見つかっていた上に、近づかれるまで気づけなかった。即座に主を呼ぼうと魔力を込めかけ――その声に思い当たる。


 神官騎士団の建物の方から見えないよう気を付けつつ、ゆっくりと立ち上がって振り向く。そこにいたのは、予想通り白髪と髭の男。神官騎士団の団長だった。


「動くな、と言ったんですがね……。姫様」


「やはり、貴方ですか。いつから見つかっていたのです」


「最初に広場に出てきたでしょう。たまたま窓の外を見ていましてね」


 するとほぼ初めからである。サンが建物に回り込んだり考え込んだりしている間、ずっと見られていたことになる。誰にも見られていないと思っていただけに結構恥ずかしい。


「趣味が悪いですね。ずっと見ていたのでしょう」


「可愛らしいお姿でしたよ。昔を思い出していました」


 男のにやりとした笑い方が実に気に食わないサンだが、物理的に敵いようも無い相手だけに何も出来ない。


 昔という単語が気にかかるが、中身がエルザでないボロを出したくない。声に若干怒りを乗せながら問う。


「それで、私に何の用ですか」


「何の用、とは。用事があるのは姫様の方では?恐れ知らずにも街に来たのは俺目当てでしょう」


「……やはり捜索の手が無かったのはあなたの仕業ですか」


「剣は見つかりましたか?見た目には、ただのぼろ剣でしたでしょう」


 サンがこの男が全くの敵でないと思っているのは、剣の洞窟に追手が来なかったからだ。贄の王相手では無力と諦めた線も無いでは無かったが、何となくわざとな気がしたのだ。


「聞きたいことがあります。大人しく答えて下さい」


 騎士団長はこれはこれは、と苦笑する。


「優位なのは俺のはずなんですがね。お一人でしょう。逃げられるとお思いで?」


「えぇ。逃げるのも簡単ですし貴方も障害にはなりません」


 全くの嘘ではない。右手人差し指の指輪に魔力を込めるだけだ。主頼りで情けない限りだが、サンの独力ではどうにも詰んでしまっているので仕方ない。


 淀みないサンの答えに何かの手を持っているらしいことを察したか、騎士団長は笑みを引っ込める。


「……流石に、無策でこんなところまでは来ませんか。ただ、お転婆な姫様に忠告です。手がある事は匂わせない方が良いと思いますよ。反応する間も無く意識を奪われては流石にどうしようもないでしょうからね」


 その通りである。眠ったままでは指輪に魔力を込めることも出来ないし、拘束されて指輪を奪われては為す術が無くなる。


「……お転婆なつもりはありませんが」


「まぁ、姫様の境遇を思えば……必然だったやもしれませんがねぇ。それで、聞きたいことってのは何です」


「剣の場所を示すものはあの地図だけですか。他に、あの場所を記したものは?」


「俺の知る限りはありませんが、どっかにはあるでしょう。教会のお偉方とか持ってるでしょうしね」


「では、あなたはあの場所を誰かに教えたことはありますか」


「いいえ。団長就任と一緒にあの地図を渡されて、以来誰にも教えてませんよ」


「では、この街で剣の場所を知る者は?」


「恐らく俺だけですな。大聖堂の爺さんも……多分、知らないんじゃないですかね」


 つまり騎士団長の言葉を信じれば神託者は剣の位置を知る術が無かったことになる。では、どうやってあの場所まで辿り着いたのか。特別に隠されてはいないとは言え、目印も無しにたまたま見つけられるような場所でもない。


 ――あるいは、常識的な手段では無かったのか。


「誰かがあの場所を知ったとしても何も出来んと思いますがね。それは、姫様たちもそうだったんじゃないですか」


「……さて、それはどうでしょうか」


 サンの返答を聞いた騎士団長は大げさにやれやれ、といった態度を見せる。


「昔は素直で何にも隠し事なんて出来ない子だったのになぁ。……まぁ、その後の姫様の境遇を思えば……。俺がもっと、遊んでやれれば良かったんですがねぇ」


 中身がエルザでないサンには何の話か分からないが、親友たるエルザの自分も知らない過去には少し興味を惹かれる。


「……そんな風に思っていたのですか」


「そりゃ、表には出せませんがね。普通の人間なら姫様には同情するでしょうよ。――誰も、生まれなんて選べないって言うのにねぇ」


 サンの親友にして、この都の姫にして、春に贄捧げの贄として命を奪われた少女エルザ。彼女の母は王の側室であり、エルザを産むとすぐに亡くなってしまった。その後正妃に疎まれ、王には関心を抱かれなかった彼女は宮城で居場所を無くしていたのだ。


「どうせなら、助けてくれても良かったのですよ」


「それは無茶を言いますな。ただの神官騎士には何も出来ませんでしたよ。今の立場がもっと早くあれば、違ったかもしれませんが……。まぁ、無理でしたでしょうな」


「……そう言えば、何故あなたは団長に?」


「お上さんらの政治の都合ですよ。神官騎士団は腐りすぎた。子供だって知ってるくらいに。多少方針転換するのに、俺みたいなのは都合が良かったんでしょうな」


「……今更、敬虔な騎士団にでもするのですか」


「それだと俺が敬虔みたいではないですか。まぁ、遠からずです。傭兵業なんて時代じゃありませんのでね」


「……それは意外です。また、贄でも捧げるのですか」


 サンのその言葉に、一時騎士団長は沈黙する。悼むようにゆっくりと瞬きを一つして、再び口を開いた。


「俺は、あの日王都にはいませんでした。だからって、言い訳がしたいんじゃありません。居たとして、どのみち何にも出来やしなかった。贄は教会と国の都合で選ばれる。それにこう言っちゃなんですが、姫様の立場は好都合に過ぎた。王族で、でも死んでもだーれも困らない。ショーには最適でしょう?王族自らが民草の為に命を捧げる。教会だって大歓迎です。自分らの”お友達“が安泰なら、自分らだって得ですからね。――姫様のお友達くらいでしたでしょうよ。俺とは、面識もありませんでしたが……」


 『姫様のお友達』というのはサンの事で違いない。エルザに他の友達など居なかった。


 悔やむような演技でもしようか、と思ってやめる。自分は役者では無い。下手な演技ならしない方がきっとマシだろう。


「……彼女は……」


「驚かないって事はご存じなんですよね?今、言ってから知らなかったらどうしようかと……」


「知っていますよ。……もちろん」


「残念、とすら言うべきではないんでしょう。主のもとで安らかに、ってのもダメだ。間違いなく、神様なんて嫌いでしょうから」


「えぇ。嫌いですよ。――間違いなく」


「ん、ご存命の時からでしたか。まぁ、聞くにその娘も幸せな身の上じゃあ無かったそうですし、ね……」


「私と『彼女』は、唯一の友で、家族でした。『彼女』の無念は、『私』の無念です。『わたし』は……っ!」


そう、サンが神を呪う全てのきっかけ。『彼女』の無念を、忘れまい。絶対に。






「姫様。大声はまずい。落ち着いてください」


「……っ! そう、でしたね……」


 危なかった、とサンは一人ごちる。少し熱くなっていたらしい。


 改めて騎士団長の顔を見れば、その顔は今度こそ痛ましさに歪んでいた。


「そうか。……そういう、ことですか。姫様……」


「……何が、です」


「姫様の、目的と言うか……。何であんなぼろ剣の場所を知りたかったのか、疑問でしてね。【贄の王】のおとぎ話、ですか」


「……おとぎ話では、無いかもしれませんよ」


「そうかもしれませんね。前はあんなの信じちゃいなかったが……、こうして姫様を見ると、もしかしてと思いますよ。――しかし姫様、悪いことは言わない。あんなのに縋るべきじゃない。あなたの無念、想像しか出来ませんが、それでも……」


「それでも、何だと言うのです」


 騎士団長は言いよどむ。そのうえで、むしろはっきりと口にした。


「あなたは、死人です。もう現世にいるべきお人じゃないんです。もう、お眠り頂けませんか」


「……私に、眠れと?このまま、全てを置き去りにして、土の下に転がっていろと?」


「言い方は……あるかもしれませんが……。どうか、頼みます。あなたの無念、せめて俺が覚えています。俺に出来ることならやってみせる。だから、もう……」


「それは出来ません。私にはやることがあります」


「姫様。お願いです。……あの剣を見たでしょう。ただのボロにしか見えないのに、明らかにこの世のものでは無い力に触れたでしょう。それはきっと今姫様がここにいる事にも繋がってる……。触れるべきじゃないんです。あの剣も姫様も、静かに眠っていなければ」


「……いいえ。そういう訳にはいきません。私は、あの剣を……」


「壊すか、持ってくつもりでしょう。確かに姫様が殺されたのは【贄の王の呪い】とやらのせいです。事実、空は晴れた。尊い犠牲がとか言うつもりも無い。――でも、ダメなんですよ。【贄の王】なんているかも分からない何かに縋っちゃダメです。それは、人のやりかたじゃない」


「ならばこの思いを捨てろと言うのですか。死んだ『彼女』も『私』も、ありふれた不幸の犠牲者で終われと?」


「――そう……です。そうです。無念も復讐も全部捨てて下さい。貴女は人だ。人だったんだ。人として死んで、人として眠らなきゃいけないんです。それがどんなに苦しくても、触れちゃいけない世界があるんです。そのままにしとかなきゃいけないんです」


「……そういう意味なら。――手遅れです。私は既に、人ではありませんから」


「……! 馬鹿な……」


「本当ですよ。見た目には変わりないでしょうが。それから、贄の王は実在します。私は、この目で見たのです」


「まさか……あの真っ黒は……」


「私は神託の剣を、【神託者】を止めます。もうこれ以上、世界に贄なんて要らない。それが贄の王だとしても同じことです」


 騎士団長は目を見開き、息を呑んだ。サンの言葉の何が意外だったか、口を開くも言葉が出ない。


 二人の間に、また一時の沈黙が降りた。






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