30 剣を手に
シックは一人、野を歩いていた。
ファーテルの都を出てから、三日目になるだろうか。そこはファーテルの都の北、北土山脈の麓だった。
シックは真っすぐ、迷うことも無く歩く。まるで、初めから道も目的地も知っているかのように。――いや、事実知っているのかもしれない。その歩みは、とある崖の前で止まる。そこは何の変哲も無い崖で、周囲と何の違いも無い。
だが、シックは崖に近づいて手を触れる。そこに何があるのか、知らないままに、導かれるままに。
シックの手が触れているところから、崖が突如としてぼろぼろと崩れる。思わず後ずさって顔を腕で庇うシック。土埃にむせながら崖を見れば、そこにはぽっかりと少し屈めば入れる程度の穴が空いていた。
おそるおそる、と言った様子で中を覗くシック。中は真っ暗で、何も見えない。背中のリュックに吊り下げられた小さなカンテラを手に取ると、火を灯す。
おっかなびっくりといった様子で洞窟を進むシック。その歩みは決して速くないが、一度として後ろを振り返ることは無い。
やがて、シックの目に入るのは、石の祭壇と置かれた古びた剣である。シックはゆっくりと、その剣を手にし――。
暗い洞窟の中に、眩い光が満ちる。その中心にあって、しかしシックは眩しさも感じないように剣を鞘から引き抜く。
それは、白銀の美しい刃であった。
曇り一つなく、陰り一つなく、”光“を放つ。
古ぼけた鞘が、柄が、嵌められた宝石が、”光“を浴びてその美しさを取り戻す。
藍色の柄には赤があしらわれ、柄頭の宝石はそれ自体が輝くようである。
同じ藍色に染められた鞘は金の装飾が飾り、ひとつの美術品のよう。
――あなたは、選ばれました。
――宿命の子。シックザール。
そして、シックは知る。
いや、シックザールは”知っていた“。
自分こそが、神に選ばれし【神託者】。
この大地に呪いをもたらす【贄の王】を討つ者。
祝福を操り【神託の剣】を振るう者――。
――おいきなさい。
――宿命を、果たしなさい。




