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贄の王座と侍るもの  作者: 伊空 路地
第十章 愛が為に
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287 呪いを終わらせるには


 全ての発端は、【大いなる邪悪】と呼ばれる存在が現れた事だったという。


 【大いなる邪悪】はこの世全てに死と終わりをもたらさんとし、【神】たちがそれに抗った。しかし【神】たちは大きな犠牲を払ってなお、【大いなる邪悪】を封じる事が精一杯だったのだ。


 【贄の王座】とは封の要。贄捧げは封の維持で、【神託の剣】はいつか【大いなる邪悪】が復活したときの対抗策。


 人類は【神託の剣】が完成する時まで、ひたすらに時間稼ぎをしてきたのだ。何百年か、何千年か、気の遠くなるほどの時間を。


「――そして、封の維持を使命としてきたのが教会という訳だな。人々を動かすために、信仰というものは都合が良かったのだろう」


 語る贄の王の手には一冊の本がある。それこそは教皇文書。古い時代から代々の教皇によって繋がれてきた、真実の本。


 教皇の最初の仕事は、これを現代の言葉に直し写本する事だという。


「教皇という立場に登り詰める為には時間がかかる。必然、教皇は老いた者となり、子や孫、富や名声を守りたくなっているだろう。変革を嫌いやすくもなっているかもしれない。今更よりによって自分の代で世界を終わらせるなんて、と。その結果が、現代まで世界を維持してきた。忌まわしい繰り返しを生み、しかし確実に世を守った。良く出来た現状維持の仕組みだ」


 サンは教会が嫌い、だった。


 今は、よく分からない。


 ずっと教会は私欲の為に動いていると思っていた。だが真実は違うという。彼らは彼らなりの正義で動き、彼らなりの正義の為に戦っていたのだ。


 その正義が正しいかは分からないが、少なくとも欲や悪意の類ではない。彼らは彼らのやり方で人類を守ってきたのだ。


 もちろん人の組織だ。綺麗な話ばかりでもあるまい。


 しかし憎むべきか、と聞かれれば――どう答えればいいのか、今のサンには分からない。


「教会はよくできた現状維持のための存在。しかしたった一人、教皇が抗うだけで破壊出来る危うい仕組みでもあった。またそれを防ぐ何かしらも様々あったろう。私も全ては分からん。ただ今代の教皇は、終わりを願った。二度と孫娘の悲劇を起こしたくないと。彼女の無念を、致し方ない喜劇の一幕にはしたくないと」


 教皇の孫娘――サンダソニア。ターレルの都にて、ヴィルの代わりに贄となった娘だ。


 直後に彼女は【聖女】と呼ばれた魔物と化し、ターレルの都に甚大な被害をもたらした。ある意味で、誰よりも哀れな犠牲者かもしれない。


「孫娘は死に、失うものを失くした教皇は【贄の王】に本を託した。遥かより続いてきた壮大でくだらない悲劇は、私で終わる。私が、終わらせる」


 そう語る贄の王の瞳には、確かで固い決意が宿っていた。


 だが――。


「……その為に、主様の命が必要なのですね」


「……そうだ」


 何の感情も見せなない、静かな声。


 “見せない”という意思から見える、奥底の本心。


 見せまいとする程に伝わってしまう心の、皮肉なジレンマ。


 贄の王はふと目をそらす。何気ない風を装って、サンを見ないようにする。


「結局のところ【大いなる邪悪】を封じ続けるが為に呪いは繰り返されねばならない。ならば、封を解き放ってしまえばいいだけのこと。この仕組みを作った者たちの本来の望み通り、【神託の剣】で【大いなる邪悪】を討ち滅ぼす。それだけでいいんだ」


「ですが、それはその……可能なのでしょうか? 【神託の剣】を完成させる為の仕組みなのですよね?」


 剣を完成させる為の仕組みを破壊しては、剣で【大いなる邪悪】を討つ事もかなわないはずだ。それか、もしくは。


「私が思うに、剣は――」


 そこで贄の王は奇妙に言いよどむ。たっぷり一呼吸ほども間を置くと、再び口を開いた。


「――剣は、既に完成している。本来であれば、戦いはとうに始まっているはずだったんだ」


 剣が既に完成しているなら、剣を育てる仕組みも必要無い。


「既に、完成している……? ならば、どうして……」


「恐れた、のだろうな。【大いなる邪悪】と戦うとなれば、少なくない犠牲が出る事は想像に難くない。教会や国家は力を失うかもしれない。そもそも、勝てる確証も無い。時の教皇がせめて次の代に、などと考えるのもある意味では自然だ。誰であれ、自らの手で引き金など引きたくはない。世の滅亡がかかっているとなれば、尚更」


「では、その“恐れ”のために……そのためだけに、続けられてきたというのですか? 今日まで、ずっと?」


「そうなる」


 端的で、明瞭な答え。


 ならば、人類は本当に意味も無く繰り返してきた事になる。贄捧という名の人殺しを、ずっと。何年なのか、何十年なのか、あるいは何百何千という年月なのか――それは、分からないが。


「なんて……馬鹿馬鹿しい話」


 思わず、サンは吐き捨てるように呟いた。


 引き金を引くのが怖い。一人の人間がその恐れに勝てないが為だけに、人々の命が消費されてきたのだ。エルザも、ラインファーンも、イキシアも、シキミアも、皆死んだのだ。たった、それだけの為に。


 そしてそれだけの為に、その引き金を代わって引いてやるが為に、今贄の王は死にゆこうとしているのだ。


 知らず、奥歯を強く噛みしめていた力を意識して抜く。許しがたい程に下らない悲劇に怒ったとて、何かが変わる訳ではない。


 そこでふと疑問を抱く。贄の王は先ほどから代々の教皇たちが仕組みを終わらせなかったと話しているが、裏を返せば彼らならいつでも終わらせられたという事だろう。


 とすると、教皇文書からそのやり方を学んだであろう贄の王が今すぐにそれをしない理由はなんだろうか。


 いや、そもそも。ここまでの話を聞く限りでは仕組みを終わらせるのに贄の王の命が必要なようには聞こえない。なら、贄の王が死なねばならないのは何故なのだろうか。


 内に沸いた疑問をそのまま主に投げかけてみれば、贄の王は一つ頷いて教えてくれる。


「呪いを終わらせるにはその根源すなわち【大いなる邪悪】の封を解けばいい。具体的には、封の要である【贄の王座】を破壊するんだ」


「破壊……出来るのですか、あれを?」


【玉座の神器】とも呼ばれたらしい、人の理を超えた存在。通常の方法では傷一つつかないと実証済みだ。


 ――つまり、通常でない方法なら。


「……いえ、もしかして。……【神託の剣】なら?」


 通常でない、つまり【贄の王座】と同じ超常的な存在ならあるいは。


「あぁ、お前の考えは正しい。完成した【神託の剣】ならば【贄の王座】を破壊出来る」


 なるほど、だから贄の王は待ちに徹しているらしい。【神託者】が剣を持って現れねば、そもそも何も出来ないのだ。


「そして私が死なねばならないのは少し別の理由だ。確かに封を解くだけなら私の命など必要無い。私の命が必要なのは、その後――封が解けた後の世の為だ」


「後の世、ですか」


「そうだ。もしただ封を解いただけならば、まず【大いなる邪悪】がいつ蘇るのか分からない。即時その場でなのか、数年程度は持つのか。いつに備えればいいのかも分からなくては、戦いの不利は必須。そこで私の魂を使い、時間を稼ぐ。人類が戦いに備える時間を、十年。私で稼ぐ」


「そんな、……」


“そんな事の為に”。その言葉は、飲み込んだ。


だが態度か何かに出ていたらしい。贄の王はゆるゆると首を振って否定する。


「必要なことだ。そうでなければ、人の世が滅びかねない。それに――いや、これは言うまい。とにかく、必要なことだ」


 何か、サンには言えない理由もあるらしい。なんにせよ、贄の王の決意は固いようだった。


 ならばこそ、サンの覚悟もまた強まる。


 絶対に。


 例えどんな手段を使うとしても、どんな犠牲を払うとしても、絶対に。


 サンは、贄の王を死なせはしない。







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